本連載ではこれまで、ソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、ソニーセミコン)のイメージセンサーがコンシューマー向けのデジタルカメラ、スマートフォンのカメラ、そして自動車の先進運転支援システムの一部にまで広く使われていることを紹介してきた。

今回は、産業領域の最前線でイメージセンサーが果たす役割に注目したい。AIテクノロジーとの融合により、イメージセンサーの新たな価値を創出するエッジAIセンシングプラットフォームの取り組みも含めて、社会課題の解決に貢献するソニーセミコンの最先端技術に迫る。

  • ソニーセミコンダクタソリューションズが手がける産業用イメージセンサーのラインナップ。左がグローバルシャッター方式、右がローリングシャッター方式や非可視光などのもの

    ソニーセミコンダクタソリューションズが手がける産業用イメージセンサーのラインナップ。左がグローバルシャッター方式、右がローリングシャッター方式や非可視光などのもの

あらゆる産業分野に拡がる、ソニーのイメージセンサー

ソニーのイメージセンサーが活用される産業分野は、実に幅広い領域に及ぶ。わかりやすい例としては、工場の製造ラインにおける製品検査や、組み立て工程の自動化が挙げられる。近年では、農業分野での作物の生育状況モニタリングや、商業施設における配膳ロボットの自律走行支援など、その用途は少しずつではあるが着実に広がっている。

  • イメージセンサーによる産業機器の課題解決の可能性

    イメージセンサーによる産業機器の課題解決の可能性

同社イメージングシステム事業部の羅敏(ルオ ミン)氏は、「今後、世の中のあらゆる場面でイメージセンサーが利用される可能性がある」と語る。

  • 今回の取材に応じた、ソニーセミコンダクタソリューションズの羅敏(ルオ ミン)氏

    今回の取材に応じた、ソニーセミコンダクタソリューションズの羅敏(ルオ ミン)氏

現在、多くの産業では人手不足やコスト上昇、さらには後継者不足といった課題が深刻化している。こうした状況の中で、イメージセンサーにはそれらの問題を解決し、社会全体のデジタルトランスフォーメーションを後押しする役割が期待されている。

産業分野ではイメージセンサーへのニーズがとても多様性に富んでいる。そのため、ソニーセミコンがラインナップする産業機器向けのイメージセンサーは現行製品だけで100種類を超える。

産業機器向けのイメージセンサーは、モバイル向けのようにサイズの制約にとらわれることが少ない。「むしろイメージセンサーの性能を最大限まで引き出すことが優先される」のだと羅氏は語る。大型の産業機器に載せられることからセンサーサイズも大きく、非常に高性能であったり、あるいは特殊な機能を持っていたりと、さまざまなイメージセンサーが存在する。

  • 産業機器向けのイメージセンサーの特徴

    産業機器向けのイメージセンサーの特徴

  • 指で示しているのが、産業用イメージセンサー「IMX811」(4.1型)のサンプル。左は1/2.3型のモバイル機器向けイメージセンサー

    指で示しているのが、産業用イメージセンサー「IMX811」(4.1型)のサンプル。左は1/2.3型のモバイル機器向けイメージセンサー

なかでも、可視光グローバルシャッター方式のイメージセンサー技術「Pregius」(プレジウス)は中核的なシリーズだ。ソニーセミコンが2014年に市場投入して以来、現在の第4世代まで進化を遂げてきた。従来の表面照射型Pregiusシリーズに加え、裏面照射型センサーを採用して受光効率を高め、同じ画素サイズでも高感度かつ低ノイズな撮像を可能にした「Pregius S」シリーズも展開されている。

主力3製品その1:2.5億画素の圧倒的画質「IMX811」

ここではソニーセミコンの産業機器向けイメージセンサーの中から、代表的な3つの主力製品を順に取り上げていく。今回は同社のラボを訪れ、デモンストレーションを交えながらそれぞれの特徴を紹介してもらった。

  • ソニーセミコンが手がけるイメージセンサーの代表的な製品

    ソニーセミコンが手がけるイメージセンサーの代表的な製品

「IMX811」は中判サイズのローリングシャッター方式を採用するイメージセンサーで、2.5億画素という超高解像度を誇る。センサーチップの上に別ウェーハで形成した回路チップを接続するChip on Waferプロセス技術を採用し、画質特性を高めながら生産の安定性も確保している。

このセンサーは超高解像度を活かし、ドローンによる空撮地図の作成や天文台の望遠鏡など、極めて高い解像度が求められる被写体の撮影を得意としている。

  • IMX811の製品コンセプト

    IMX811の製品コンセプト

  • IMX811搭載カメラのレンズを外したところ

    IMX811搭載カメラのレンズを外したところ

今回のデモンストレーションでは、IMX811を搭載したカメラで液晶モニターの画面を撮影し、製造工程におけるばらつきを検出する事例が紹介された。

IMX811搭載カメラを使えば、人間の目では判別が難しい微細な画素欠陥も確実に捉えられる。こうした技術は、ディスプレイの局所的な明暗差(ムラ)の発生を防ぐことにつながる。高画質なディスプレイデバイスを実現する上で不可欠であり、その検査をソニーセミコンのイメージセンサーが支えている。

  • IMX811搭載カメラで、液晶モニターの画面を撮影したところ。画面左側に注目

    IMX811搭載カメラで、液晶モニターの画面を撮影したところ。画面左側に注目

  • 拡大してみると、ごく一部の画素に欠陥が見られることが分かる

    拡大してみると、ごく一部の画素に欠陥が見られることが分かる

  • IMX811搭載カメラ(レンズを装着した状態)

    IMX811搭載カメラ(レンズを装着した状態)

主力3製品その2:産業領域の期待から生まれた「IMX900」

産業領域の現場では、製造ラインを高速搬送される部品や荷物のタグを読み取ったり、組立ロボットがコンベア上で動く部品の位置を正確に把握してつかむ動作を実現する際など、グローバルシャッター方式のイメージセンサーが活躍する。

  • IMX900を搭載したカメラ

    IMX900を搭載したカメラ

  • こちらもレンズを外してみたところ

    こちらもレンズを外してみたところ

従来のローリングシャッター方式では、画面を上から下へ順にスキャンしながら露光・読み出しを行うため、被写体やカメラが高速で動いている場合に撮像されるイメージに歪みやブレが発生する。

これに対し、グローバルシャッター方式はイメージセンサー内にメモリを搭載し、全画素を同時に露光した後に一括で読み出す。高速で動く被写体でも歪むことなく鮮明に撮れる。

  • グローバルシャッター方式の仕組みと、従来のローリングシャッター方式との違い

    グローバルシャッター方式の仕組みと、従来のローリングシャッター方式との違い

ソニーセミコンではこのグローバルシャッターの技術を産業機器向けのイメージセンサーでいち早く実用化し、Pregiusシリーズとして展開してきた。グローバルシャッター方式の場合、各画素(ピクセル)のすぐ近くに露光を制御・保持するためのメモリを載せる必要があるため、センサーが光を受け取る面積が小さくなり、感度も低下する。羅氏は「産業領域の場合は高速撮影のニーズとのトレードオフから、当初は感度を犠牲にしてでもメモリーを搭載することによって得られるメリットを優先した経緯がある」と振り返る。

その後、感度低下の課題を克服するため、裏面照射技術を採り入れたPregius Sシリーズが誕生した。このPregius Sでは、画素の下にメモリを配置する積層型構造を採用したことで、高い感度を維持しつつ、歪みのない高速読み出しを両立させている。これにより、小型でありながらも高感度で高解像、そして最大120fpsの高速撮影にも対応するイメージセンサーが実現し、産業用機器の性能向上にも寄与している。

Pregius Sシリーズの技術要素を盛り込んだ「IMX900」は、グローバルシャッター方式でありながら、あえて小型化を図ったイメージセンサーだ。開発背景には、物流現場のDXや自動化を支える狙いに加え、ヒューマノイドロボットのように、可能な限り小型で高性能なイメージセンサーが求められる成長市場の用途にも、省スペースで組み込めるメリットを活かす意図がある。小型のIoTデバイスが多く採用するSマウント(M12)方式のレンズを採用しているため、カメラモジュールを設計する際の自由度も高い。さまざまなアドバンテージが提案できるイメージセンサーだ。

  • IMX900の開発背景とターゲット市場

    IMX900の開発背景とターゲット市場

ソニーセミコンダクタのラボで行われたデモンストレーションでは、グローバルシャッター方式の優位性を実証するため、IMX900搭載カメラで、高速回転する台上のバーコードをすばやく正確に読み取る様子を体験した。

  • IMX900搭載カメラを使ったデモの様子

    IMX900搭載カメラを使ったデモの様子

  • 高速で回る台の上に貼られたバーコードを、歪みなく正確に読み取れている

    高速で回る台の上に貼られたバーコードを、歪みなく正確に読み取れている

  • 一般的なスマートフォンのカメラでもバーコードの情報を何とか読み取れているが、歪みが目立つ

    一般的なスマートフォンのカメラでもバーコードの情報を何とか読み取れているが、歪みが目立つ

主力3製品その3:注目のSWIR(短波赤外線)センサ「IMX992」

SWIR(Short-Wave Infrared:短波赤外線)とは、波長帯0.9~2.5マイクロメートルの光のことを指す。ソニーセミコンのSWIRイメージセンサーでは、このうち0.9〜1.7マイクロメートルの光を捉えることで、人間の目や可視光カメラでは確認できない被写体の特徴を可視化できる。

  • SWIRイメージセンサーのIMX992を搭載したカメラ

    SWIRイメージセンサーのIMX992を搭載したカメラ

  • SWIRイメージセンサーの概要

    SWIRイメージセンサーの概要

ソニーセミコンのSWIRセンサーは、画素層と回路層のウェーハを独立して製造した後に、銅(Cu)の電極で貼り合わせて電気的に接続する、独自の「Cu-Cu接続」の技術を用いている。さらに、光を捉える化合物半導体の「InGaAs」(インジウム・ガリウム・ヒ素)を用いたフォトダイオード層と、信号処理のロジック回路を微細なピッチでつなぐ。従来の方式である「はんだバンプ接続」よりも大幅な小型化が図れることから、SWIRセンサーの小型化と多画素化を両立させ、引いては産業用途への適用を加速させた。

  • SWIRイメージセンサーの仕組みと、ソニー方式(Cu-Cu接続)の特徴

    SWIRイメージセンサーの仕組みと、ソニー方式(Cu-Cu接続)の特徴

ソニーセミコンは2025年、約532万画素の超高解像度SWIRセンサー「IMX992」の量産を開始した。筆者はこの最新センサーのデモンストレーションも体験している。

弁当のご飯とおかずの中に、細くて色の目立たない毛髪が混入しているのを見分けるデモでは、肉眼ではいくら弁当に目を凝らしても確認できなかった。ところがSWIRセンサーが出力する映像では、その毛髪が一目で判別できた。

  • IMX992搭載カメラを使ったデモの様子

    IMX992搭載カメラを使ったデモの様子

  • 弁当のご飯やおかずを目でよく見ても、奥に薄緑色の何かが付着していることしか分からない

    弁当のご飯やおかずを目でよく見ても、奥に薄緑色の何かが付着していることしか分からない

  • IMX992搭載カメラを通した画像(左側)を見ると、毛髪が2カ所で見つかった

    IMX992搭載カメラを通した画像(左側)を見ると、毛髪が2カ所で見つかった

食品は水分を多く含む一方で、毛髪やプラスチック片、木片といった異物は水分をほとんど含まない場合が多い。SWIRセンサーは水分の吸収帯を鮮明に分離できるため、このような異物検出が可能になるのだ。

  • ご飯のほうに混入していた毛髪を拡大したところ

    ご飯のほうに混入していた毛髪を拡大したところ

  • コロッケの衣の上にも毛髪が見える

    コロッケの衣の上にも毛髪が見える

SWIRセンサーが使えると、これまで複数回の撮影が必要だった検査工程を一度で済ませることができ、生産性を高めることにも寄与する。

たとえば半導体の材料であるシリコンは、SWIR領域の非可視光を透過するため、ウェーハの内部にあるクラックや貼り合わせの精度を非破壊で検査できる。IMX992を産業用カメラに組み込むことにより、ラインの自動化・高速処理への応用も図れる。引いては人手検査の負担を減らし、品質保証のレベルアップに結びつくことも期待できる。

SWIRセンサーは天候など外部環境や光の反射などの外的要因による影響を受けにくいことから、可視光を利用するイメージセンサーに比べて遠方観測にも強い。農業用途としての人工衛星や、ドローンによる地表観測、科学的な天体観測などで、新たな活用の道が拓けるだろう。

「IMX500」を中核とする、エッジAIビジョンセンシング基盤も展開

産業用イメージセンサーの取り組みとは別に、ソニーセミコンでは先端のAIテクノロジーを結び付けた新たなビジネスとして、2021年からエッジAIセンシングプラットフォームを提供してきた。エッジAI処理機能を載せたインテリジェントビジョンセンサー「IMX500」を中核とするソリューションの開発・導入を提案するものだ。

  • ソニーのインテリジェントビジョンセンサー「IMX500」を搭載したカメラモジュール。屋内外対応のAIカメラ(左)や、PoE対応の有線モデル(中央)、無線Wi-Fiモデル(右)など、さまざまなタイプを取りそろえる

    ソニーのインテリジェントビジョンセンサー「IMX500」を搭載したカメラモジュール。屋内外対応のAIカメラ(左)や、PoE対応の有線モデル(中央)、無線Wi-Fiモデル(右)など、さまざまなタイプを取りそろえる

このプラットフォームの大きな構成要素はふたつある。

ひとつは、ソニーのIMX500を搭載したカメラモジュールで構成される、ハードウェアのエコシステムだ。IMX500は「目」(センサー)と「頭脳」(AI)が一体になったCMOSイメージセンサーで、消費電力や発熱の課題にも対処しつつ、カメラモジュールとして商品化。PoE対応の有線モデルや、Wi-Fi対応の無線モデルのほか、特定のユースケースを想定したモデルまで幅広く取りそろえてきた。

もうひとつは、エッジビジョンAIソリューションの効率的な開発、展開、管理を可能にするツール群だ。高度なAIの専門知識がなくても、IMX500上で動くAIモデルを制作するための開発キットやデバイスの制御・管理ツールなどが含まれる。

IMX500が記録した情報は画像そのものではなく、意味のある情報だけをテキストベースのメタデータに変換して送り出す。この仕組みは、近年の「物流2024年問題」対策の一環として、トラックのナンバープレート認識やタイムスタンプを管理し、荷待ちや積み下ろしの時間を効率化するソリューションに採用された事例がある。トラック積載率を正確に把握するシステムを構築することで、配送計画を最適化したり、共同輸送を促進したりする、といったことに役立てられてきたという。

  • ソニーが展開してきたエッジAIセンシングプラットフォームの概要

    ソニーが展開してきたエッジAIセンシングプラットフォームの概要

ソニーの先進技術と知見が、社会を変えていく

ソニーセミコンの羅氏は、産業機器向けイメージセンサーにおいても、直近のトレンドは「多画素化」と「高速化」であると語る。広い範囲を一度に、より速く、正確に捉えたいというニーズは産業界においても普遍的であり、まさにソニーセミコンがめざす方向性とも一致する。

前出のエッジAIセンシングプラットフォームが示すように、イメージセンサーはもはや「電子の眼」としてだけでなく、AIと結びついた「知性を持つ電子の眼」に変貌を遂げつつある。今後も、センサーが生成したデータをAIが即座に解析する高度なソリューションが産業領域に革新をもたらすだろう。

ソニーセミコンにはモバイルから産業、車載まで多岐にわたる事業で培った先進技術と幅広い知見がある。それぞれが有機的に連携しながら、社会の「安心、安全、高効率」をたぐり寄せる世界的なモデルケースが誕生することを楽しみに待ちたい。

  • ソニーセミコンダクタソリューションズ 厚木テクノロジーセンターの外観

    ソニーセミコンダクタソリューションズ 厚木テクノロジーセンターの外観

【お詫びと訂正】初出時、画像1枚目の説明に誤りがあり、正しくは「左がグローバルシャッター方式、右がローリングシャッター方式や非可視光などのもの」となります。また、ソニーセミコンダクタソリューションズ製のSWIRイメージセンサーで捉えられる波長帯の説明について、数値の一部に誤りがあり、正しくは「0.9〜1.7マイクロメートル」となります。お詫びして訂正いたします(10月17日 21:10)