ダッソー・システムズは6月18日~21日の4日間、アメリカ・ボストンにて”サイエンス”をテーマとした年次グローバルイベント「SCIENCE IN THE AGE OF EXPERIENCE 2018」を開催した。本連載では、同イベントで行われたセッションや、現地でのインタビュー取材の様子をお届けする。
第4回となる今回は、3D人体モデル「CASIMIR(Calculated Sitting Man in Research)」を開発している独Wolfelの取り組みを紹介する。
「SCIENCE IN THE AGE OF EXPERIENCE 2018」
ダッソーが”サイエンス”をテーマとして開催する年次グローバルイベント。
ダッソー・システムズが提供する、シミュレーションソフトウェアの「SIMULIA」ブランド、ライフおよびマテリアルサイエンスの「BIOVIA」ブランドのユーザーを中心とし、エンジニアや研究者、企業関係者、学術関係者などが集い、現代社会において科学が果たすべき役割についての最先端の知見や事例を共有する会で、2018年で3回目の開催となる。
寝たきり患者・車いす使用者の「床ずれ」問題を解消したい
同社が3D人体モデルで目指すのは、寝たきり患者の「床ずれ」問題の解消である。Wolfelでエンジニアディレクターを務めるAlexander Siefert氏は、「少し古いデータではあるがアメリカでは2014年時点で259万人の(床ずれの)罹患者がおり、その治療のために1000億ドルもの費用が掛かっていると報告されている」と語る。高齢化が進む日本においても問題視されている病気の1つで、そのほかにもドイツでは2005年時点で46万人、イギリスでは2005年時点で41万人の罹患者が報告されているとのこと。
床ずれとは、人体がベッドや布団などの面の圧力を長時間にわたって受けたり、抗力が皮膚を横に引っ張るようにかかることによって摩擦やずれなどが起き、皮膚が弱くなってしまう病気だ。寝たきり患者に罹患者や、車いすの使用者が発症しやすい。
ここで特に問題となるのが、DTI(Deep Tissue Injury)と呼ばれる、身体の深部組織の損傷だ。内部で圧力による負荷および虚血による代謝障害から組織の壊死が起こっている状態で、身体の外から見ることが出来ないために、発症していても、すぐに確認することができない。
「そこで現在病院などで行なわれているのが、ダミー人形を用いたテストだ。具体的には、ダミーを天井から吊るしてベッドやソファなどに押し付け、そこに働く力および人体への影響を調査するというもの。しかしこのテスト方法は、”新たなハードウェア(ダミー人形)が出来上がるたびに繰り返し行う必要がある”、ダミーでは(人間と同じ高度ではないために)”人体に直接どのような影響をもたらすのかを正確に判断することが難しい”、”組織の内部の状態を見ることはできない”などといった問題があった」とSiefert氏。
自動車シート設計に用いていた人体モデルを、医療に活用
そこでWolfelは、従来より同社が持つ3D人体モデル「CASIMIR」を活用することで、この問題の解決を図った。
「当社は、2000年から人体モデルを開発しており、骨格、組織、筋肉を含めたモデルを開発してきた」とSiefert氏。同社でもともと、車両シートの設計に用いていた人体モデルを用いたシミュレーションによって、実際にダミー人形を用いた実験に取って代わることができれば、より現実に近いシミュレーションをすることができるようになる。加えて、3Dモデルであるために、通常は見えない体の内部の状態を見ることもできる。
同氏は「しかし、このモデルを床ずれの研究に用いるためには、圧力に対して人体がどのように影響を受けるか、というデータを得る必要があった。実際に人体で実験をしてデータを得ることは出来なかったために、豚の組織を用いた実験の論文データをもとに、それを我々の人体モデルに当てはめ、シミュレーションを行うこととした」と語る。
しかし、豚の身体の組織と人体の組織はその強さや形状が異なる。そこで同社ではより正確に人体の3Dモデルを用いたシミュレーションを行うため、人間を使った簡易的な実験を行った。
その実験とは具体的に、横ばいになった人のMRI画像をとり、その後、でん部にブロックを置いた状態で、再度MRIをとるというもの。その実験によって得た一部のデータと、豚の論文データを掛け合わせ、最適化処理を複数回行うことによって正確な人体の組織モデルを完成させたのだという。
それでは、その3D人体モデルを用いることで、具体的にはどのように床ずれの問題解消に役立てることができたのか?本連載第6回にて、同社が実際に医療用ベッドメーカー協力して行った事例研究について紹介する。