プロスポーツの世界では、「勝利」と「ビジネス価値」はしばしば分断されてきた。横浜DeNAベイスターズは、この構造に対し、データを起点に両者を結びつけることで、ビジネス部門もチームの勝利にコミットする新たなモデルを築きつつある。
観客の“量”ではなく“質”をKPIとして捉え、スタジアムの環境そのものを設計する――3月23日~24日に開催されたオンラインセミナー「TECH+データ×イノベーション エキスポ 2026 Mar. データ駆動型組織を定着させるために、活用のその先へ」にて、横浜DeNAベイスターズ 取締役副社長 林裕幸氏が、同球団が進める「勝ちと価値の共創」の具体像と、データを武器に組織を動かす実践が明かされた。
なぜビジネス部門が「勝利」に関わるのか――“Good”から“Great”への転換
横浜DeNAベイスターズは、ビジョンに「“The” STAR」、バリューに「Be Crazy」を掲げ、「唯一無二の星(スター)であり続けること」「過去の常識にとらわれず、想像を超える規格外の熱量で挑み続けること」を組織運営の旗印としている。
2012年のDeNA体制以降、同球団は観客動員・売上とも着実に成長してきた。ホームゲームの平均観客動員数は最多記録を3年連続更新し、約3万4000人収容の横浜スタジアムはほぼ全試合満員。これに連動してチケット、グッズ、飲食、スポンサーなどの事業収益も右肩上がりで成長している。
一方、チーム成績に目を向けると、2024年にリーグ3位からクライマックスシリーズを勝ち上がり日本一に輝くなど確実な強さを見せているが、最大の目標であるリーグ優勝には手が届いていない。
「動員も売上も好調で、チームも強くなっている。いわば”Good”な状態にはなれたものの、まだ”Great”にはたどり着けていないと感じていました。そこで2024年のシーズン終了後、ビジネス部門の部長陣に『我々がチームの勝利に対してもっと果たせる役割があるのではないか』と問いかけました」(林氏)
従来、チームの「勝ち」はチーム側が、事業の「価値」はビジネス部門が担うというように役割が分断されがちだった。しかし、それを組織全体で自分ごと化し、ビジネス部門もチームの勝利に直接的にコミットする。これが「勝ちと価値の共創」という新たなパラダイムシフトの始まりだった。
データで「勝てる環境」をつくる――ホームアドバンテージの再設計る
ビジネス部門がチームの勝利に貢献するために導き出した答えが、横浜スタジアムにおける「ホームアドバンテージ」の最大化だった。ホームアドバンテージとは、自チームの本拠地で試合を行う際、観客の応援や環境への慣れなどによって選手のパフォーマンスや勝率が向上しやすくなる現象のことである。
林氏らは、学術論文の調査やチームのメンタルパフォーマンスコーディネーターとの対話を通じ、ホームアドバンテージを構成する要素(観衆、心理、習熟、ルール、審判、移動)のなかで、ビジネス部門が比較的コントロールしやすい「観衆」にフォーカスを当てた。「これまでは『量』を増やす(スタジアムを満員にする)ことに注力してきたが、すでにほぼ天井に達している現在、観客の『質』の部分に目を向けた」と同氏は説明する。
具体的には、観客の質を測る指標として以下の3つのKPIを設定し、データ収集と分析を行った。
1. 座席の稼働率
「これまで5分でも来場すれば1人としてカウントしていましたが、試合開始から終了までしっかり座席に座って応援してもらったほうがチームにプラスになる」と林氏。試合開始前からの座席稼働率を高めるため、来場者の居住エリアデータを分析。スタジアムから1時間圏内のファンをターゲティングし、早めに来場したくなるようなイベントなどを企画した。
2. ファン比率
独自のチケットシステムが持つ購買データなどを活用し、来場者が自チームファンかビジターファンかを推定。ファン比率が比較的低くなりがちな試合のデータを炙り出し、そこに人気イベントを意図的にぶつけることで、数千人単位でベイスターズファンの比率を引き上げることに成功した。
3. 声援量
1塁側と3塁側のスタンドに集音マイクを設置し、1イニングごとの声援量を数値化した。
「どういう場面で声援が大きくなるのか、逆にどうなると声が出なくなるのかをデータとして蓄積し、それを演出の改善につなげました。また、試合前から声出しのイベントを行うことで、初回から大声援でチームを後押しできる環境を整えました」(林氏)
これらの施策が初年度から劇的にホーム勝率を引き上げたわけではなかったものの、設定した3つのKPIや球場での滞在時間、そして収益面において明確なプラスの効果をもたらした。今シーズンはKPI自体の妥当性も含めて検証を深めるという。
観戦体験はどう変わるのか――アプリとキャッシュレスが生むデータ活用
「勝ちと価値の共創」に加えて、球団が力を入れているのが「観戦体験の革新」だ。その中核となるのが、公式アプリ「BAYSTARS STAR GUIDE」の展開である。
同アプリは、電子チケットの表示、試合のスコア、各選手の応援歌、球場内のグルメマップ、そしてDeNAグループの独自決済「DeNA Pay」などの機能を一元化したものだ。初年度から数十万人という多くのファンにダウンロードされ、各アプリストアでも高い評価を得ている。
さらに、データ分析から意外な事実が判明した。
「ログを分析すると、スタジアムに来場していない日でも、試合中にアプリを立ち上げているファンが多いことが分かりました。そこで『球場で便利なアプリ』から『試合中にあると便利なアプリ』へと目的をピボットさせました」(林氏)
その一環として、選手の対戦データや直近の成績をAIがリアルタイムに解説する「AI解説」機能をシーズン中に追加リリースし、場所を問わないファンのエンゲージメント向上に寄与している。
また、2026年シーズンよりスタジアム内では完全キャッシュレス化も断行した。売店での待機列の緩和という直接的な顧客体験の向上に加え、ID-POSデータの取得により、誰が・いつ・どこで・何を買ったかを分析し、商品開発に活かせるようになった。これに加え、副次的な効果も生じている。
「現金決済ではお釣りの手間を省くために50円、100円単位での値上げをせざるを得ませんでしたが、キャッシュレス化によってより細かな価格改定が可能になりました。昨今の物価高騰のなかでも過度な値上げを防ぎ、お客さまに適切な価格設計を実現できます」(林氏)
データは「目的」ではない――組織を動かすための“打ち手”とはへ
講演の結びとして、林氏はデータ活用の本質について次のように強調した。
「データ分析は決して目的ではなく、打ち手であるべきです。我々も『勝ちと価値の共創』や『観戦体験のアップデート』という明確な目的と仮説があったからこそ、これまで取得していなかった声援量のデータ集音などが必要だと気付くことができました。共通の目的があるからこそ、異なる部門がバラバラにならず、組織が一丸となって進むことができます」(林氏)
そして新たな挑戦として同氏は、横浜スタジアム隣接の旧横浜市庁舎跡地で進む再開発にも触れた。2026年3月に開業したライブビューイングアリーナ「THE LIVE Supported by 大和地所」だ。
幅約18m、高さ約8mの巨大ビジョンとフードホールを備えたこの施設は、ベイスターズの試合中継だけでなく、さまざまなスポーツやエンターテインメントのコンテンツを提供する。「スタジアムでの熱狂を外に染み出させ、365日いつでも楽しい空間をつくっていきたい」と林氏は意気込む。
データを駆使し、ビジネス部門も勝利にコミットする「勝ちと価値の共創」。そして、デジタルとリアルを融合させた「観戦体験の革新」。横浜DeNAベイスターズの飽くなき挑戦は、日本のスポーツビジネスに新たなモデルと可能性を提示している。

