
ベネズエラ侵攻、イラン攻撃と米国が覇権を降りたことが明白になってきた。覇権不在の経済的帰結は何か。
第一期トランプ政権が始動した2017年、米中対立が激化する中、政治学者のジョセフ・ナイは、真の危機は「トゥキディディスの罠」ではなく、「キンドルバーガーの罠」だと論じた。「トゥキディディスの罠」とは、歴史家のグレアム・アリソンが唱え、覇権国(米国)とそれを追う台頭国(中国)が戦火を交えるリスクが高いというものだ。
一方の「キンドルバーガーの罠」とは何か。1929年の米国の大恐慌が、なぜ10年に及ぶ世界恐慌につながり、その後、第二次世界大戦に突入したのか、それを問うた国際金融史家チャールズ・キンドルバーガーの「覇権不在論」に由来する。キンドルバーガーは、英国が第一次大戦で疲弊し、覇権国の役割を果たせなくなり、世界経済の安定を維持するための「国際公共財」を供給できなかったからだと結論した。
ナイは、現在の世界が直面する問題は、米国が覇権を降り、国際公共財の供給を停止することだと警告したのだ。キンドルバーガーは、国際経済の安定のために覇権国が供給する「国際公共財」として、国際的に開かれた財市場の維持や安定的な為替相場制の維持、金融危機時の「国際的な最後の貸し手」の役割などを掲げた。
一つ目に関し、トランプ政権は昨年4月に相互関税を導入し、保護主義に向かっている。二つ目は、円安が続いているため、日本人は実感に乏しいが、昨年来、ドルは主要通貨に対し下落傾向にある。将来、米国が不況に陥れば、一方的なドル安誘導を進める恐れがある。
決定的に重要なのは、三つ目の「国際的な最後の貸し手」の役割だ。国際金融危機が起きると、世界で最も安全な資産であるドルの争奪戦が起こり、それが危機を増幅するが、ドル資金を供給できるのはFRB(米連邦準備制度)だけだ。08年のリーマンショック時にFRBは5大中央銀行を経由して、ドル資金を国際金融市場に供給し、20年のコロナ危機では、5大中銀に加え主要新興国を含む9つの中銀にもドル供給し、危機波及を封じ込めた。次に国際金融危機が訪れた際、従来と同じ行動を取るか、主要各国の中銀は疑心暗鬼になっている。
つまり、今後、仮に大きなショックが襲っても、1930年代のように覇権国が不在では、それを吸収できず、世界経済が混乱に陥るリスクが高まっている。覇権国不在では、欧州や日本、中国などの残る主要国が協調しても、国際公共財の十分な供給は容易ではない。協調的な経済政策は取られず、通貨切下げ合戦や、ブロック経済的な要素が強まる恐れがある。
米国が覇権から降りたことは、世界が「キンドルバーガーの罠」に陥り、1930年代のように混乱が長引くリスクがあるということだ。