
衆院選で大勝を収めた高市早苗首相率いる自民党だが、高市政権は息をつく暇もなく新たな難題に直面している。2月28日に発生した米国とイスラエルによるイラン攻撃だ。最高指導者のハメネイ師を殺害したものの、イランの態勢が今後どうなるのかは見通せていない。国内でも消費税減税と給付付き税額控除のあり方を検討する政府と超党派の「国民会議」が始動したが、結論は不透明だ。異例の短縮日程で2026年度予算案の3月までの年度内成立を目指す高市政権には、まだまだ壁が立ちはだかっている。
前例ないスピード審議
高市による26年度予算の3月中の成立方針は、与党幹部にとっても青天の霹靂(へきれき)だった。高市は衆院選大勝から5日後の2月13日、首相官邸で国対委員長の梶山弘志ら自民幹部と面会し、「年度内成立を諦めていない」と述べ、実現に向けて取り組むよう指示した。ある自民幹部は「最初は口で言っているだけだと思っていたが、首相は全く諦めていなかった」と回想する。
1月の衆院解散と2月の衆院選投開票が決まった時点で、永田町界隈では26年度予算案の審議日程は例年より1カ月程度ずれ込むことが常識となっていた。5月上旬の大型連休前の成立との見立てが支配的で、与党幹部の1人は衆院選の直後、「1月に突然の解散があった時点で与党はみんな年度内成立を諦めていた」と証言する。
それが急転直下、高市のツルの一声で状況が変わった。先の与党幹部は「年度内成立が必要ならば、年明け早々に解散するか、解散を4月以降に先送りすればよかった。みんな振り回されている」と不満を漏らす。
高市が「永田町の常識」を覆した背景には、高市が「国対族」ではないことが挙げられる。国対=国会対策は、与野党が予算案や法案などの審議日程を実質的に協議する場だ。法律に基づく協議体ではないが、各党は「国対委員長」に調整役として有力者を配置する。各党の国対委員長は常に国会日程を頭に描き、調整を進める。国会議員を大きく「政策通」と「国対族」に分けるとすれば、高市は確実に前者だ。
高市は18年10月から約1年間、国対で合意した日程を正式に議決する衆院議院運営委員会の委員長を務めた。しかし、国対幹部の経験はなく、国対の存在意義と役割について「十分には理解していなかった」(与党幹部)という。
高市の突然の指示に戸惑いながらも、与党は予算案の年度内成立に向け急速に動いた。当然、審議時間は短縮せざるを得ず、2月27日に衆院予算委員会で実質審議入りした予算案の審議時間は60時間程度だった。
過去10年間の衆院予算委における本予算案の審議時間は平均79時間で、石破茂政権下で25年度予算案を扱った昨年の審議時間は92時間に上った。当時は自民と公明党が少数与党であり、野党に配慮して丁寧な審議を行ったためとはいえ、今年はあまりにも少ない。
審議時間の短縮は、衆院選の結果として2年ぶりに自民が立憲民主党から予算委員長のポストを取り戻したことが大きい。与党が審議の主導権を握ったからだ。
高市には昨年10~12月の臨時国会で「予算委員会で私ばかりあてられる」との不満があった。予算委員長の奪還は、高市が衆院解散に踏み切った理由の一つとなり、今回実現した。
今年は、高市に対する質問であっても予算委員長の坂本哲志(自民)が、まず所管の閣僚を指名して答弁させ、その後に必要があれば高市が答えるというケースが目立った。必然的に高市が答弁する機会は減り、首相答弁の回数は前年比で4割近く減ったとのデータもある。高市のもくろみ通りだったと言っていい。
「アリバイ作り」加担警戒
与党は予算案の3月13日の衆院通過を目指すため、一時は土曜日の7日まで使う提案をした。休日審議を嫌った野党の反発を受けて引っ込めたが、その後も委員長の坂本が採決の前提となる公聴会などの日程を職権で次々と決めた。「強権的」の印象はぬぐえない。
一方、高市にとって想定通りにはいかない事態も生じている。社会保障と税の一体改革を検討する政府と与野党の「国民会議」のつまずきだ。2月26日の初会合に参加した政党は、与党の自民と日本維新の会以外の野党では、「チームみらい」の1党にとどまった。
高市が正式に国民会議の構想を表明したのは昨年10月24日の所信表明演説だった。政権発足直後の当時は衆参ともに少数与党で、中道改革連合に合流する前の立民や、国民民主党などの協力がなければ何事も前に進まない状況だった。
立民も国民民主も国民会議の趣旨には賛同していた。しかし衆院選を経て状況は一変した。政府は国民会議への参加要件を「消費税が社会保障の貴重な財源であるとの認識を有し、給付付き税額控除の実現に取り組む政党」と定義した。消費税廃止を掲げる参政党とれいわ新選組、一律5%への引き下げを主張する共産党などは「排除」したが、中道と国民民主は問題なく参加するだろうと踏んでいた。
お粗末なのは、初会合の開催前に立民と公明に声掛けすらしていなかったことだ。衆院の立民、公明両党の所属議員の大半は1月に中道に参加したが、将来的に合流する予定の参院の立民と公明は現在、独立した党として存続している。政府としては、中道に声掛けをした時点で立民と公明への打診は不要と判断したとみられる。
立民と公明は昨年9月、自民とともに給付付き税額控除の導入に向けた協議を進めてきた関係にある。翌10月の公明の連立政権離脱と維新の連立入りがあった後の12月も、自民、維新、立民、公明の4党で協議を続けてきた。それを単なる「誤認」(高市)で済まそうとするあたりは政府の本気度を疑わせ、国民会議を消費税減税のためのアリバイ作りの場にしようとする意図が見え隠れする。
結局、警戒していた中道、立民、公明の3党も国民会議に参加する運びとなったが、会議の運営の主導権は政府与党が握る。「結論ありき」の強権を発動すれば、野党の反発を招く可能性もある。
尾を引くイラン情勢
そんな状況の中で発生した米国とイスラエルによるイラン攻撃は、日本にもさまざまな影を落とす。さっそく反応したのはマーケットだ。
イラン攻撃直前の2月27日、東京株式市場の日経平均株価は4日続伸の5万8850円で取引を終え、過去最高値を更新した。6万円突破も時間の問題とみられていたが、週末のイラン攻撃を挟んだ3月2日の日経平均株価は、原油高などへの懸念から一時1500円を超えて下落。その後も乱高下が続き、3月9日には一時4200円超も下がった。
日本に輸入される原油の約9割が通過するホルムズ海峡が事実上封鎖されたことによって今後、ガソリンを含めた物価の上昇が懸念される。高市は国会答弁で原油の調達先の拡大を検討すると表明したが、一朝一夕で確保できるものではない。
高市は、状況によっては26年度補正予算案の編成を排除しない考えを示し、高騰が予想されるガソリンや電気・ガス料金への対策も検討していると明らかにした。
だが、イラン攻撃の意義を強調する米大統領のトランプ自身、戦闘の終結やイランの新体制構築といった「出口戦略」を描けていないとみられている。戦闘状態が長期化すれば、終わりの見えない経済対策が必要になりそうだ。
経済への影響もさることながら、日本の米国に対する立ち位置は、より難しい状況にある。今回のイラン攻撃は核開発を未然に防ぐ効果があったとはいえ、米国やイスラエルの正当防衛とは言い難く、法的解釈では国際法違反が濃厚だ。しかし、日本政府は直接的な批判を控える。唯一の同盟国である米国を非難できるはずもない。
米国は中東に空母をはじめとする戦力を集中させる傾向にあり、その分、東アジアの安全保障体制が手薄になる懸念もある。間隙を縫うように中国、北朝鮮、ロシアが東アジアで軍事活動を活発化させる可能性もあり、イラン情勢は文字通り日本にとって「対岸の火事」ではなくなる。
うごめく「派閥」
こうした内外情勢をよそに、衆院選で急激に議席を増やした自民内では、大勝の余韻に浸るかのような雰囲気が漂う。単独政党として過去最多の316議席を獲得したことで、派閥の復活を彷彿(ほうふつ)させる動きが顕在化している。
派閥パーティー収入の不記載事件で首相(自民総裁)だった岸田文雄が派閥の解消を表明したのは24年1月だった。以後、現副総裁の麻生太郎率いる麻生派をのぞく6派はすべて解散した。
その麻生派には衆院選直後、新人議員11人を含め18人が入会し、計60人に膨らんだ。党本部は新人議員66人に対し座学で「教育」をしているが、形式的な内容にとどまっている。政治家としての具体的な振る舞い、支持者との関係構築、資金調達の方法などを学ぶために派閥入りした議員が多いとみられる。
不記載事件の舞台となった旧安倍派では、幹事長代行の萩生田光一、選対委員長の西村康稔の呼び掛けで2月26日に約20人が集まり、会合を開いた。前々回の衆院選で落選し、2月の衆院選で復活した議員が中心だ。復活組以外の議員にも呼び掛けて、今後も懇親を深める見通しだ。
旧岸田派は、岸田と総務相の林芳正派に分かれた形となっている。今も総裁選出馬への野心を隠さない林が勢力拡大のため新人議員らの「獲得」にいそしむ一方、岸田を政権時代から支えてきた元官房副長官の木原誠二らは防衛相の小泉進次郎とも近く、定期的に懇親会を開催する。岸田、林の両勢力が連携している気配はない。
元幹事長の二階俊博が引退した旧二階派は、今回の衆院選で返り咲いた元総務相の武田良太を軸に連携を深める。3月5日に開いた旧二階派メンバーによる会合には約20人が参加し、武田をトップとする「研究会」を発足させた。
旧茂木派に所属していた参院幹事長の石井準一(参院千葉選挙区選出)は、同じ千葉県選出の政調会長、小林鷹之(衆院千葉2区)を支援するグループの結成を検討し、外相の茂木敏充も旧茂木派の一部と引き続き会合を定期的に重ねる。
政界を引退した元首相の菅義偉を慕う議員によるグループ「ガネーシャの会」も事実上、活動を再開した。菅が目をかけた小泉を将来的に首相とすべく、勢力固めを図っている。
かつて自民は派閥同士が切磋琢磨し、各派閥の領袖が入れ替わるように首相を務めることで、自民勢力による「疑似政権交代」を続けた。それが自民の長期政権を可能にし、活力の源だったともいえるが、今回の動きが派閥復活に直結するかどうか。世間の目を気にしつつ、「自民の春」はしばらく続きそうだ。(敬称略)