
社会を動かすジャーナリズムは復活するか
オールドメディアは信用できないという論調は今や、確固たる世論となったようである。ジャーナリズムは凋落し、「調査報道が社会を動かす」などと吠えても時代遅れの寝言と取られかねない。だが、著者はその世相に抵抗して、過去の調査報道にスポットライトを当てて、戦後史の実像を浮かび上がらせた。
著者はジャーナリズムの対象を公権力の監視から、社会の歪んだアンフェア構造や権力者の不作為にまで拡張させ、一人一人のジャーナリストの丹念な裏取り取材に着目する。
「調査報道」に対して、当局者が一方的に公表する広報・宣伝の引き写しを「発表報道」として対極劣位に位置づける。
1945年から80年間にわたる巻末の「社会を動かした150の調査報道」は圧巻である。1949年の日本の調査報道の嚆矢とされた大森実(後にベトナム潜入ルポで有名となる)の浮浪者収容施設への潜入記事を筆頭に、1974年立花隆の「田中角栄研究」、1988年朝日新聞「リクルート事件」報道、つい最近の大川原化工機の警視庁によるえん罪事件まで、石に爪を立てるジャーナリズムの苦闘を描いて余すところがない。
しかし、権力を震撼させる報道は安倍内閣関連の「森友・加計・桜を見る会」以後、「権力に切り込むのは文春砲と赤旗だけ」という世評どおり、政権を揺さぶるスクープは影を潜めた。
ところが、現下の政治状況は一票の格差や小選挙区制度の欠陥から、国民の総意とは無関係に自民党自体が想像もしなかった議席数をもたらした。世界各地で戦争が勃発し、原油高の中、日本経済の行く手は見通せない。今こそ、行政や政党の広報機関に堕さない「調査報道」の出番である。今から80年前に体を張ったジャーナリズムはどこに消えたのか。著者は生命をかけて発現を問うている。