乳がんの中でも治療が難しい「トリプルネガティブ」と呼ばれる乳がんの細胞増殖を抑制する化合物を、岐阜大学などの研究グループがコウボウムギという植物の成分から作製した。乳がん組織にある男性ホルモン(アンドロゲン)をつくる酵素を阻害することが分かった。今後、薬剤としての有効性をマウスでの実験などで調べるという。

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    日本海をバックに、鳥取砂丘に生えるコウボウムギ(山陰海岸国立公園鳥取砂丘ビジターセンター提供)

コウボウムギは救荒(きゅうこう)植物という、飢餓の時に食べられる植物の一つで、海岸沿いの砂浜などに生える。岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科の遠藤智史准教授(創薬科学)らの研究グループは、以前から前立腺がんに効く物質を探索。コウボウムギに含まれる「KC-A」という化合物に抑制効果があることを突き止めていた。

前立腺がんはアンドロゲンの働きによって増える。乳がんは主に女性ホルモン(エステロゲン)の働きで増えるが、アンドロゲンも関与しているため、研究グループはトリプルネガティブ乳がんでの研究も始めた。

トリプルネガティブ乳がんはがん細胞の増殖に関係する3つのたんぱく質を持たないのが特徴。いくつかある乳がんの中でもがん細胞の増殖が速く、見つかったときには致命的であることも少なくない。分子標的薬が少なく、近年できた抗がん剤も治験の段階で「有効性が確認できない」などとされ、開発が難しい状態にある。他方で、ゲノム治療の発展に伴い、どのような遺伝子によってがんが増えるか、メカニズムが明らかになりつつある。

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    トリプルネガティブ乳がんの仕組み。アンドロゲンが作用し、がん細胞が増える(岐阜大学提供)

トリプルネガティブ乳がんは、アンドロゲンが過剰に産生され、受容体に結びつくことによって増殖する。KC-Aはこのアンドロゲンの産生と受容体の量を減らすが、天然植物由来であり、効果が強くない。そのため、計算科学の手法を用いて化合物の形状を変え、アンドロゲンを合成する酵素と結びつきやすいように改良した。これを「WH23」と名付けた。

トリプルネガティブ乳がんのヒト由来の細胞に実験室内でWH23を作用させたところ、低い濃度でも効果を発揮することが分かった。また、天然由来のKC-Aは1キログラムのコウボウムギから数十ミリグラムしか取れないが、KC-AやWH23を動物実験などで必要なグラム単位で合成することができるようになった。

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    KC-Aの構造(左)を変えてWH23としたことで、アンドロゲンを合成する酵素により結びつきやすくなった(岐阜大学提供)

続いて、どのようなメカニズムで効いているのかを調べるために、KC-AとWH23をヒトのトリプルネガティブ乳がん細胞に作用させた。その結果、がん細胞にアンドロゲンを供給する経路を断つことに加え、アンドロゲン受容体そのものが生じないように働いていた。これらの2つの効果により、がん細胞の増殖が抑えられていた。

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    WH23がアンドロゲン受容体の発現を抑制し(左グラフ)、アンドロゲンがかかわるがん細胞増殖を絶っている様子(岐阜大学提供)

遠藤准教授は今回の実験結果を基に、マウスでの実験も進めたいという。「マウスの実験は腹腔内や静脈への投与になると思うが、ヒトへの投薬を考えたら、負担を減らすために飲み薬での形状が良いと思う。今回はがんについて調べたが、アンドロゲンが作用して起こる症状には脱毛といったものもある。コウボウムギのエキスにはKC-Aに似た化合物も多数含まれるため、エキスをサプリメントなどにも使えないか考えているところだ」と話した。

研究は日本医療研究開発機構(AMED)、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、松籟(しょうらい)科学技術振興財団などの助成を受けて行われた。成果は2月6日、オランダの科学誌「ユーロピアン ジャーナル オブ メディシナル ケミストリー」に掲載され、同月13日に岐阜大学が発表した。

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