マインドコンパス代表研修講師・馬場勝男が語る「現場の事故や不祥事の芽を摘み、成果につながるマネジメントを」

部下4名が爆発事故で亡くなった─。

 その日のことを、私は今も忘れられません。中東にある製造プラントで製造課長を務めていた私は、事故後に拘留されました。思い返せば事故の数日前、部下が「あの作業は危険だ」と私に進言していました。

 しかし私はその声を反発と受け取り叱責し、作業続行を命じました。効率・納期を守ることこそがリーダーの役割だと信じて疑わなかったからです。最終的に事故原因は施工会社の責任とされ、私は釈放されました。しかしあのときの判断が4つの命を奪ったのではないか、という思いは今も消えません。

 定年退職後、私はフリーランス研修講師として企業研修や管理職支援を行っています。振り返れば、あの事故こそ私の学びの方向性を決定づけた原点でした。学びを続け、現場で試行錯誤を続ける中で、点在していた知識が一本の線につながったと感じるようになりました。「人は命令では動かない。理解し、納得し、尊重されたときに初めて主体的に動き、責任を引き受けるのだ」。この前提となるのが、近年「心理的安全性」と呼ばれる、安心して意見を言える職場環境です。

 私はこれまでコーチングで数百名の管理職と向き合ってきましたが、多くが同じ悩みを口にします。「強く言えばパワハラと言われる。任せれば誰も動かない」。その二択の間で揺れ動き、疲れています。

 しかし私は、第三の選択肢があると考えています。それは「部下が自ら考え、選び、行動する状態をつくる関わり方」です。これは理想論ではありません。現場の事故や不祥事の芽を摘み、離職を防ぎ、成果にもつながる実務的なマネジメントのあり方です。

 その実践には「知っている」だけでは不十分です。人の行動は理屈よりも感情に左右されるからです。不安・怒り・恐れが大きくなると、人は頭で正しいと分かっていても動けません。

 一方で、信頼されている実感や期待されている手応え、仕事の意味を感じられるとき、人は自分から一歩を踏み出します。だからこそ今、感情に向き合い、扱う力を経営者や管理職が身につけることが、重要な投資になりつつあるのではないでしょうか。

 そのために私は、座学一辺倒ではなく、物語や演劇の手法を使った体験型研修にも取り組んでいます。人が変わるのは正論やスローガンではなく、「心が動いたとき」です。その瞬間に初めて、人は行動を変えます。

 拙著『ニッポンの外で見つけた「新しい働き方」の物語』(日本経営センター)も、その実践の一つです。

 異文化の現場での葛藤や失敗を物語として提示することで、読む人自身が自分の職場を重ね合わせ、気づきを得られるよう意図しています。

 学力偏重の時代が終わり、AIがあらゆる知識を瞬時に提供してくれる今、人と組織を支える力とは何か。それは「人にしか出来ない自分と他者の違いを理解し、対話し、協働し、ともに成長していける力」だと私は考えています。

 知識や学力だけで人材を選び、序列をつける発想は、役割を終えつつあります。これから価値を持つのは、多様な人材が集う組織の中で信頼を築き、対話を重ね、部下や後進を育てられる人材です。

 この提言が、読者の皆様にとって自社の人材観や組織づくりを見直す一つのきっかけとなれば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。