
日本ワイン「甲州」の良さ
─ 三澤さんは山梨県のワイン「甲州」のブランド力を高め、海外市場を開拓してきました。「甲州」に人生を懸けてきた思いをまず語ってくれませんか。
三澤 「甲州」というワインは、オリジナリティがあって非常に長い歴史もあるワインです。世界に向けて情報発信しないアジア市場では、ブランディングが難しく、レッドオーシャンというともワインのハイエンド市場である世界に入り込んでいかなければなりませんでした。
ワインは文化でもあり、自然からの情報が詰まっています。そういった意味で、受け手側が感動しなければならない。非常に難しいことです。その一方で、デジタル化を世間並に進めねばならない。こうした目標も持ち合わせねばなりません。
─ 世界が認めている「甲州」のよさはどこにあるんでしょうか。
三澤 1つは、世界のワインのトレンドがエレガントな味わいになっているんですが、「甲州」は繊細であり口幅ったいのですが、エレガンスな味わいです。運良くそのトレンドにぴったりハマったということですね。「甲州」の特徴を強みに持っていけたということでしょうか。
─ 日本産ワインが世界で認められるようなところまで来たという実感ですか。
三澤 はい。2009年の1月にロンドンのプロモーションで新しいワインを発表した時に、まず日本でワインをつくるということは世界で知られていませんでした。
今や山梨県全域でつくられる「甲州」はジャパニーズワインということで、高品質なワインと認識されています。
─ 創業102年目で三澤さんは4代目ですね。入社前は三菱商事で世界を眺めながら仕事をしてきましたが、ワイン造りに役立った面はありますか。
三澤 三菱商事時代には物事をある程度広く見るということを勉強させていただきました。例えば為替に対しても常にアンテナを広く張っていることが大事だと。 あとは、お酒を飲む楽しさです。世界中の良いワインを知ることができたというのは、今の仕事に活かせていると思います。
─ ここまでにいろいろなご苦労があったと思いますが、どういう思いで乗り越えてこられましたか。
三澤 1つは家業というのが大きいです。先祖代々、昔から伝わってきたものですから、私自身も最大限の努力はしてきました。もう1つは、世界から見た日本の位置づけ。イギリス、アメリカがワインの評価に大きな力を持っていて、極端に言えば日本人はワインを造る必然性は何処にあるかも感じていました。
ですから、自分でワイン造りをやった時に、品質がどうこうというよりも、商品に込める魂の論理が大事だと考えました。家業の創業は大正12年の関東大震災の頃ですから、最初はみんなの地域を何とか助けようという発想でできたのだと思うんですね。農産物と加工品が一番手っ取り早いだろうということで、勝沼は既にブドウ作りをしてましたのでそこから始まりました。
─ 跡継ぎは娘の彩奈さんになると思うのですが、彩奈さんはフランスへ留学されて醸造学を学ばれたと聞いています。一緒に仕事をしていることについてはどんな思いですか。
三澤 娘はもちろん年はわたしより若いですが、ワインの知識や経験においては娘の方が深いところで経験しているので、私の先生でもあります。
娘さんが醸造家を目指した理由
─ お父さんにとって彩奈さんはワイン造りの先生だということですが、人生をワイン造りに懸けようと決断したものは何だったんですか。
彩奈 1つは「甲州」というブドウのポテンシャル、伸びしろが魅力的に思えたということです。「甲州」というものを掘り下げていくと、日本の魅力が詰まっていると思うのです。ワインとしてももちろん魅力的ですが、日本の美しさを表現していると思うのです。
「甲州」の歴史自体は千年以上と長いのですが、ワイン造り自体は明治時代から始まっていますからそんなに長くありません。醸造家として、まだまだ改善できるところがあるというふうに思っています。
最初に家業に入った時期は父がすごく大変そうだったので、支えになれればという気持ちでした。それは弟も同じだったのではないかと思います。
─ 弟さんもワイン造りに携わっているわけですね。
彩奈 はい。弟は北海道・千歳でワインを造っています。もともと父が北海道で営んでいた醸造所を譲り受けまして、今は分社化しています。弟も、やはり父の思いを受け継いでいます。
─ 小さい頃から両親、あるいは祖父母の方の働く姿を見て、自らもワイン造りに傾いていったんですか。
彩奈 はい。子どもの時からワインづくりには憧れがあって、醸造所で働くのが好きでした。
弟は現場に入らせてもらえていたのですが、私はラベル貼りやボトリング作業が多く、弟が跡取りになると思っていました。初めてブドウが発酵しているシーンを見た時に、すごく神秘的に感じました。
どうして昨日まで甘いジュースだったものが、急にアルコールになっているのかと。それが本当に魔法のようで魅了されたのが、この道に入った原体験です。
─ それから醸造学を学ぶためにフランスのボルドー大学に行かれますね。
彩奈 ええ。ボルドー大学で教鞭を執られていた醸造学者の著名な教授が、日本に来られて、「甲州」を造るというプロジェクトがあったんですね。
その指定醸造所に弊社が選ばれ、教授のワイン造りを身近で見させていただきました。
今まで私が知っていたワイン造りと全然違うものだったので、すぐ教授にボルドー大学に興味がありますという話をして、留学のご縁をいただくことができました。
─ 留学時、ボルドー大学の現地の人たちは、日本産ワインをどう評価していましたか。
彩奈 そうですね。20年前のその頃は、日本酒の酒蔵の娘だと思われていたんですね。ワインというのが日本にあるという概念がなかったのです。なぜボルドー大学に留学したのかと聞かれたときに、家業でワインを造っていることを言うと非常に驚かれました。皆、日本酒(SAKE)のことだと思い込んでいました。
─ 現地で勉強することで、より意欲も高まりましたか。
彩奈 ええ。やはり実際留学して目から鱗のこともありました。その後、世界のワイナリーに修業にも出ていきましたが、世界に行くほど「甲州」への思いが強くなりましたし、同時に自分自身のアイデンティティを突き付けられていたようにも思います。
海外に行くと、女性の醸造家も少なく、アジア人女性の醸造家もマイノリティーですから、自分だからこそできることは何だろうと考えていましたし、自分と、同じようにマイノリティーな品種である「甲州」を重ね合わせることも少なくありませんでした。
─ 昔と比べ、今は女性醸造家も地元の山梨でも増えてきていますね。
彩奈 ええ。私が子どもの頃はゼロだったのが、今は両手で数えるくらいまで増えました。
祖父や父のスピリットを受け継いでいきたいと思っています。ワイン造りというのは、本当に時間がかかります。1代でできることは限られていまして、そんな中で祖父や父たちがワイン造りに人生を懸けてきた姿は、すごくまぶしく感じていました。
今後のビジョンは
─ 今後、日本のワインを世界にどう発信していきますか。
三澤 「甲州」の伸びしろ、可能性は非常に大きいと感じています。醸造家の考え方にしても、日本はあいにく島国であることで良い面と悪い面の両方あるのですが、大陸的な競争をしなくても、独自の優位性を保てるわけです。
地政学的に日本は競争によって勝ち抜くということはなかったですが、その代わり、人間らしい精神的に豊かな人を日本という国は生み出してきたと。
海外の醸造家は国際商人なので、ただ守るということだけでは生きていけないですから、他の地域との交わりの中で文化の広がりを持ってきたんですね。
その中で、われわれは「甲州」をさらに多くの方が認めてくださるブランドに持っていきたいと思います。われわれのつくったものを見て、そこに感動してもらうとか、そういうものにもっていきたい。
─ コロナ禍以降アルコール離れが言われて久しいですが。
三澤 あいにく世界では、WHOがアルコールは体によくないということを言い始めています。また、日本の場合は人口減でマーケットが小さくなっていきますから、未来を考えたときに、より人間にとって大事なものしか残っていかないと思っているんですね。
日本には職人技、クラフトマンシップが強く根付いていて、作り手の人間的な美しさが商品からも見て取れます。そこは日本の強みです。
─ 文化的要素を含め、丁寧にものづくりをしていくということですね。
三澤 「丁寧」「行き届いた」それから、「繰り返しのない潔さ」ともいいましょうか。大げさに言えば、繰り返しながらものを知らしめるものではなくて、繰り返しではない潔さに美しさを見出すのは、日本人のすごさだと思っています。
地方の良さは何といっても自然
─ 東京一極集中が進み、地方創生は日本の課題でもありますが、これについてはどのように考えていますか。
三澤 地方の強みは、自然の豊かさですが、これをもっと活用していくべきですよね。
日本人は自然の中で〝祈る〟という営みを、古来からしてきました。自然に対し、心底畏敬の念を持っています。これが田舎のよさなんですね。
幸いにもワインはブドウ造りから始まります。決して自然は単純ではないですが、人と自然との折り合いの中で、地域の商品を守りつくっていく営みというのは、非常に大事なことだと思います。
─ 今や環境変化がブドウ造りに与える影響も大きいですね。
三澤 気候変動を言い訳にしてはいけないですが、現実には沢山の課題があります。
1つの考えとしては、世界ではオーガニック、有機栽培の動きが出始めていますが、この有機栽培を大きく広げていかないといけないと。
有機栽培の何が良いかを一挙に語るには難しいですが、いつも〝静観〟ですよね。単に除草剤を使わないとか、有機肥料を与えるとか、そういうことではないんですね。自然に抗わずにブドウを栽培するという環境にもっていかないと、長持ちしないだろうと。
─ 新しい生態系を考えるということですか。
三澤 はい。微生物たちがきちんとそこで存続できる環境でなければ、人間も自然界の一部ですから人間にも影響があるわけです。動植物たちと共生していく世界をつくっていけるかが大事です。
人間にとってもよくないもの、例えば殺虫剤などは、人間にもあまり良くないですよね。成分によっては好都合の場合もありますが、そこはもっと極めていかないと怖いと思います。そういうことを含め、規制を和らげ、その一方では更に生態系的視点から捉える世界になれば非常にいいですね。
人間を含め、この地球に生きる生物ですから、生態系をリスペクトする必要があると思います。