九州大学(九大)は2月24日、隕石や彗星などの小天体衝突が初期地球にもたらした極限環境が、生命の起源物質であるリボ核酸(RNA)の前生物化学に与える影響を調査した結果、これまで期待されてきたRNAの主要な構成要素である「アデノシン一リン酸」(AMP)がRNA鎖へ繋がる重合反応を起こす証拠は発見できず、逆に多様な有機化合物へ分解・再編成されることを発見したと発表した。

同成果は、九大 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所のEdalati Kaveh准教授、同・Hidalgo-Jimenez Jacquelineテクニカルスタッフ、同・Nguyen Thanh Tam学術研究員らの研究チームによるもの。詳細は、宇宙生物学を扱う学術誌「Astrobiology」に掲載された。

生命の起源において自己複製と触媒機能を兼ね備えた最初の分子とされるRNAは、「RNAワールド仮説」の中心的存在だ。しかし、RNAのような複雑な生体高分子が、初期地球の過酷な環境下でどのようにしてより単純な有機分子(ヌクレオチド)から形成されたのかは、依然として未解明な部分が多い。

一方、隕石や彗星などの小天体衝突は、初期地球に高圧・高温・高せん断という極限環境をもたらし、前生物的な化学進化を促進した可能性が指摘されてきた。実際、隕石からアミノ酸や核酸塩基が見つかっており、宇宙が生命の材料を供給した可能性が示唆されている。

従来の研究では、衝撃波実験などにより、こうした衝突環境が有機分子を「合成」する役割が主に注目されてきた。しかし、衝突時に生じる巨大な「せん断力」(材料を歪ませる力)の影響はほとんど考慮されてこなかった。せん断力を含む極限環境では、分子の分解や、合成とは異なる経路での化学変換が起こる可能性がある。そのため、RNAの直接の前駆体であるAMPが、衝突のような極限環境下でどのように振る舞うのかは、生命の起源シナリオを考える上で極めて重要な問いだが、実験的な検証方法はこれまで存在しなかったとする。

そこで研究チームは今回、高圧とせん断変形(ねじり)を同時に印加できる独自開発の実験手法「高圧ねじり(HPT)」を用いて、隕石衝突の極限条件を模擬。その衝撃によってAMPがRNA形成に向かうのか、それとも別の化学的運命をたどるのかを包括的かつ詳細に調査したという。

  • HPT法による隕石衝突模擬実験の概念図

    HPT法による隕石衝突模擬実験の概念図。小天体の衝突が初期地球にもたらす高圧・高せん断の極限環境をHPT装置で再現し、RNAを構成するヌクレオチドの化学反応と安定性が調査された。天文イベントが生命の起源に不可欠な分子であるRNAの形成に与えたか影響の解明を目的としている。(出所:九大プレスリリースPDF)

生命の最古の証拠は約38億年前のもので、実際に生命が誕生したのは約40億年前と多くの研究者が推定しており、その時期に起きた隕石衝突の瞬間にこそ謎を解く鍵があるとする。隕石衝突の際に発生する、あらゆるものを押しつぶし、かき混ぜる力を再現できるのがHPT装置だ。同装置にAMPの白い粉をセットし、乾燥と含水、常温と沸点という、原始地球の複数の環境条件で実験は行われた。

まず、深海よりも高い6万気圧をかけながら試料をねじり、隕石衝突の「衝撃」が模擬された。実験の結果、AMPの白い粉は、黒っぽく変色していることが確認された。詳細な分析の結果、AMPがRNAへとつながる「鎖」を一切形成(重合)しなかったことが突き止められた。つまり“生命の材料がつながる瞬間”は起こらなかったのである。

  • AMPの核磁気共鳴(NMR)スペクトル

    AMPの核磁気共鳴(NMR)スペクトル。HPT処理後のデータを分析した結果、AMPがアデニンやリボースリン酸などの断片、脱水アデノシンや酸化アデノシンなどへと分解したことが判明した。一方、重合の第一歩となる反応は確認されず、今回の条件下ではRNA鎖の形成よりも「分解」が優先されることが原子レベルで明らかになった。(出所:九大プレスリリースPDF)

  • AMPの質量分析プロファイルと生成物の分子構造

    (a)AMPの質量分析プロファイルと生成物の分子構造。HPT処理後、特に絶対温度373K(約100℃)での処理後では、このAMPのピーク強度は著しく減少、または消失し、代わりに、AMPの分解・変換によって生成した複数の分子のピークが出現した。これは、AMPがRNAへと成長するのではなく、多様な低分子有機化合物の「混合物」へと変換されたことを直接的に証明するものである。(出所:九大プレスリリースPDF)

だがその一方で、AMPは衝突の衝撃によってばらばらに分解され、DNAやRNAの塩基の1つである「アデニン」やRNAの骨格材料である「リボースリン酸」などの断片という、よりシンプルな有機物のパーツに変換されていることが明らかにされた。そのほかにも、水が奪われた「脱水アデノシン」や、酸素と結びついた「酸化アデノシン」など、分解によって多様な新しい分子が生み出されることが確認された。隕石衝突のエネルギーはAMPをRNAへと合成するのではなく、より小さな分子へと分解することがわかったのである。

これまで隕石の衝突は、生命の材料を「運んでくる」か「合成する」ポジティブな役割だけが強調されてきた。しかし今回の実験から、衝突によってせっかくの材料が分解してしまうという、複雑で逆説的な側面を持つことも示された。これは、初期地球の海や地表で起こった化学進化が、従来考えられてきたよりもはるかにダイナミックで、試行錯誤に満ちたプロセスだった可能性を意味するとした。

RNAのような複雑な分子が誕生するためには、単に材料がそろうだけでなく、それらが「壊されずに」「正しい条件で」「ゆっくりと」つながっていくための特別な環境が必要だった可能性がある。例えば、鉱物の表面や特定の温度が保たれた場所などがその好捕になると推測されている。

研究チームは今後、「どうやって壊されずに、RNAは誕生したのか?」という新たな謎に挑む予定だ。単純なAMPだけではなく、初期地球に存在したかもしれない、より多様な有機分子の混合物や、粘土などの「鉱物」の表面で何が起こるのかを調べていくとした。鉱物は、有機分子を守り、特定の形に整列させる「分子の足場」として働く可能性があるという。また、深海熱水孔のような「ゆるやかな熱」や、紫外線などの「光のエネルギー」が、高圧・高せん断の衝撃とどう組み合わさるのかにも着目しているとした。

さらにHPT手法は、隕石衝突だけでなく、巨大氷天体の衝突や、原始地球の深部マントルにおけるダイナミックな環境など、これまで実験室で再現が難しかった極限環境を模擬する強力なツールとして、生命起源研究に新風を吹き込む可能性があるとしている。