日本IBMは2月10日、2026年におけるAI戦略について説明会を開催した。同社取締役副社長執行役員兼CAIO(Chief AI Officer)の村田将輝氏が説明に立った。

IBMの2026年AI戦略と企業が直面する課題

冒頭、村田氏は「1年前にお客さまと会話した際は、AIで何ができるか?という質問が多かったが、年末から現在にかけてはAIで成果を出せるのか?に変化している。AIの能力の問題ではなく、成果についての期待が非常に高まっている」と述べた。

  • 日本IBM 取締役副社長執行役員兼CAIO(Chief AI Officer)の村田将輝氏

    日本IBM 取締役副社長執行役員兼CAIO(Chief AI Officer)の村田将輝氏

IBMにおける戦略の柱は、ハイブリッドクラウド、AI、量子コンピュータの3つの領域だ。ハイブリッドクラウドとAIに関しては、2019年のRed Hatを皮切りに、Instana、Turbonomic、Apptio、HashiCorpなどの買収、昨年末には生成AI用データプラットフォームの構築に向けてConfluentの買収を公表。IBMの既存事業とのシナジーを創出するとともに、事業ポートフォリオの再構築に取り組んでいる。

同氏は「現在、IBMの事業ポートフォリオはインフラストラクチャ、ソフトウェア、コンサルティングの3つ。このうち、ソフトウェアとコンサルティングが売り上げの75%を占めているが、将来的に80%への拡大を目指している。これを実行するうえでの前提はAIによる生産性の改革が必須となる」と話す。

実際、同社は2022年に米IBM CEOのArvind Krishna(アービンド・クリシュナ)氏による「世界で最も生産性の高い企業への変革」として「クライアント・ゼロ(Client Zero)」に取り組んだ。これは、同社においてAIと自動化をフル活用し、生産性の向上を図るもので、2025年には節減効果が45億ドル(約7000億円)、35%の業務において155超のAIユースケースを実装した。

一方で、同社が2000人を対象にした調査では、57%の経営層が2030年までに企業の競争優位が高度なAIモデルによって生まれると考えているが、その収益源を明確に把握している割合は24%となっており、現実と期待値にはギャップが存在する。

こうした状況を背景に、日本IBMにおける2026年のAI戦略方針は“AIを拡大し、お客さまの企業価値を圧倒的に引き上げる”としている。村田氏は「当社のAIによる事例をもとに、ビジネスの専門知識とAIをはじめとしたテクノロジーを融合し、お客さまに信頼されるパートナーを目指す」と強調した。

2026年に向けた日本IBMのAI戦略とIBM Bobの位置付け

その具体的な施策として、日本IBMでは「IT変革のためのAI」「ビジネス変革のためのAI」「統合AI基盤」「IBM AI Lab JapanとAIパートナーシップ」を進めていく。

  • 日本IBMにおける2026年のAI戦略方針

    日本IBMにおける2026年のAI戦略方針

IT変革のためのAIについては、AI駆動開発への支援が説明された。同社ではAI駆動開発を非エンジニア向けのバイブコーディング、高スキルなエンジニア向けのハイブリッド、重要システムを開発・保守するエンジニア向けの仕様駆動開発の3つに区分している。

この中でも、同社が注力するのが仕様駆動開発だ。そのため昨年10月にAnthropicとの提携を発表。同社の「Claude」を活用し、AIエージェント駆動のエンタープライズ向け開発支援を行う「IBM Bob(旧Project Bob)」を開発。すでに9000人のIBM開発者が活用し、平均45%の生産性改善を実現したという。その大きな特徴は「エンタープライズ志向」「ハイブリッド拡張性」「全方位モダナイゼーション」となる。

村田氏は「統制・制御権、安全性、監査性、再現性を備え、オンプレミス、クラウドにまたがり活用でき、APIやMCP(Model Context Protocol)連携など拡張性を持たせている。また、JavaやPythonに加え、COBOL、RPGなどのレガシー言語もサポート、新規開発から現行システムのモダナイゼーション、バージョンアップの領域まで、活用できる」と説く。

利用する基盤モデルはフロンティアモデル(Claude)、オープンソース(Mistral AIの「Mistral」「Devstral」)、専門モデル(Granite、カスタムモデル)の3種類で、利用者が意識することなく、タスクに応じた適切なモデルに自動的に振り分けることで、高い品質を確保しているという。

  • 「IBM Bob」の概要

    「IBM Bob」の概要

同氏は「IBM Bobが得意とすることは、エンタープライズで求められるアーキテクチャの仕様を明確にしたり、文章を把握したりしている点。IBMの思想が現れており、当社が注力するのはエンタープライズ志向かつハイブリッド、全方位モダナイゼーションにより、重要システムを提供するうえで必要な要件をベースに製品を開発している」と述べている。

IBM Bobによる仕様駆動開発の進化 - Claudeとの連携で加速

2026年1月には20年以上のパートナーであるイグアスと、IBM Bobの技術検証を実施したことを発表。イグアスはアプリケーション開発の効率化と、品質向上を両立する新たな開発アプローチの有効性を検証するため、IBM iにおいてRPG(IBM i専用のプログラミング言語)とPythonの2つのプログラム言語でIBM Bobの技術検証を実施。

村田氏は「当社では製造・流通・金融の基幹システム『AS/400』が現在でも稼働中だが、提供開始から30年以上が経過し、基盤上で業務アプリケーションの改修を繰り返してきたことから、技術的負債と人材、スキルの継承をどのようにするか問題を抱えていた。つまり、2025年の崖と呼ばれるものだ。これをIBM Bobで解決できないかと考えた。結果として、従来手法との比較でアプリ開発工数が38%削減された」と成果を明らかにした。

  • イグアスとの技術検証の概要

    イグアスとの技術検証の概要

通常の仕様駆動開発で開発者が求められるスキルは、AIエージェントが生成する設計書やプログラムコード、テストケース、テストデータなどの成果物が重要システムの品質特性を満たすように、品質要件を構造化して明確な仕様とテスト観点の指示を出し、品質観点でレビューと統制を行う。

同氏は「こうした作業に対してエージェントは優秀だからこそ、レビュー項目の増大で人間がボトルネックになる恐れがあるため、AI駆動開発のスケールの壁が存在する」と指摘。

こうしたことから、IBM Bobに同社独自の大規模開発ノウハウを組み込んだエンタープライズ向けのAI駆動開発プロセスツールのアセットを開発。また、進捗管理をはじめとしたプロジェクト管理のためのAIの連携を進めている。

  • IBM Bobに独自の大規模開発ノウハウを組み込んだエンタープライズ向けのAI駆動開発プロセスツールのアセットを開発

    IBM Bobに独自の大規模開発ノウハウを組み込んだエンタープライズ向けのAI駆動開発プロセスツールのアセットを開発

現在、IBM Bobは先行アクセスで提供しており、2026年3月にSaaS(Software as a Service)版、同9月までにオンプレミス版の一般提供開始を予定。2027年以降にシステム開発プロジェクト全体に対する効果目標として、工数を35%、期間を30%それぞれ削減することを目指している。

村田氏は「1980年代にウォーターフォール型開発が提唱され、当社はADSG(開発標準化ガイド)で標準化を推進してきたが、IBM BobによるAI駆動開発でシステム開発の在り方を過去40年で最も変える年になる。そして、多くの企業にとって2025年の崖の架け橋になると考えている」と力を込めていた。

ビジネス変革を実現するIBMの業務特化AIエージェント

次はビジネス変革のためのAIに関して。前述したように、IBMでは35%のワークフローに155種類のAIを実用している。AIで業務を再構築するにあたり、クライアント・ゼロで培ったノウハウとアセットをもとに、ソリューションを構築。

現状では、自社開発した業務特化エージェント型AIのソフトウェアソリューションを160種類以上提供し、うち80弱のプロジェクトが進行しているという。

  • 業務特化エージェント型AIのソフトウェアソリューションを160種類以上用意

    業務特化エージェント型AIのソフトウェアソリューションを160種類以上用意

ただ、AIエージェントの設計は正確性・柔軟性・速度の3要素のバランスが不可欠だが、現在はいずれかの要素を高めれば、他の要素が犠牲になる「トリレンマ構造(3つのトレードオフ)」が存在している。

村田氏は「例えば、コールセンターの対話型AIエージェントに求められる応答の速度は、テキストで10秒、会話で4秒が1つの要件になる。コールセンター業務における対話の通常の流れは、現在のAIエージェントでもトリレンマ構造を解消することができるが、ユーザーからの不意な質問や手順の差戻など逸脱すると都度AIが再推論するため、正確性と速度が失われるということが起きている」と説く。

そのため、日本IBMでは金融業界向けソリューション「Digital Service Platform」に、AIエージェントソフトウェア「watsonx Orchestrate」と、コンサルティングのAIエージェントに関する専門知識と、技術力を活用したソリューションアセット「Voice Agent Kit」の拡張機能として「DSP Voice Agent Kit」を開発。デモでは銀行のコールセンターのAIエージェントに対し、会話の途中で別口座への振込を指示していたが、スムーズに対応していた。

  • 「DSP Voice Agent Kit」を開発

    「DSP Voice Agent Kit」を開発

これにより、逸脱に対して柔軟に速度と正確性を担保するという。同氏は「アプリケーションの知識だけでなく、インフラストラクチャの専門知識も必要になる。こうした技術力を持っていることが、当社のユニークな点であり、今後も事例を増やしていく」と話す。

企業のAI利用拡大に向けた統合AI基盤の必要性

続いては統合AI基盤について。昨今では部門ごとに生成AIシステムやAIエージェントが分散して導入されており、AI利用の状況把握が難しく、ガバナンスやセキュリティの確保、利用コストの把握も困難になっている。

こうしたことから、同社ではオープンな業界標準に準拠しつつ、エンタープライズ利用基準を満たす統合AI基盤を構築。

  • 統合AI基盤の概要

    統合AI基盤の概要

現在、金融業、公営企業、製造業で先行プロジェクトを進めている段階だ。また、AIの利用拡大に伴いソブリンクラウドが「データ主権」から「デジタル主権」に移行できるかが今後の鍵を握るという。

そこで、同社では1月末にデジタル主権に対応する新たなソフトウェアとして「IBM Sovereign Core」を発表。これは、AIを活用したデジタル主権の管理環境を構築・展開・管理するとともに、主権をソフトウェアに組み込み、企業がデジタル主権を検証し、安全な運用管理を実現できるように支援するというものだ。2月から先行アクセスで提供しており、6月までに一般提供の開始を予定している。

  • 「IBM Sovereign Core」の概要

    「IBM Sovereign Core」の概要

デジタル主権とは、データ主権がレジデンシー(保管場所)やプライバシー、アクセシビリティが一般的だったことに対し、これらの視点を拡大させる形で制御権、透明性、認可、認証、技術の切り替え可能性などが求められることを指す。村田氏は「AI時代には主権を持つことが重要になり、主権の評価を求めるケースが多くなっている」との認識だ。

  • AIの利用拡大でソブリンクラウドはデータ主権からデジタル主権に移りつつある

    AIの利用拡大でソブリンクラウドはデータ主権からデジタル主権に移りつつある

IBM AI Lab Japanと企業変革を支えるパートナー戦略

最後はIBM AI Lab JapanとAIパートナーシップだ。IBM AI Lab Japanは、グローバルにおけるIBMの製品開発拠点の1つと位置付けており、東京ラボラトリー内に次世代半導体のAIハードウェアセンター、ソフトウェアのAIソフトウェアセンターを設置。日本の顧客、パートナーとオープンな共創を志向し、Red Hatと協力して開発を促進している。

  • IBM AI Lab Japanの概要

    IBM AI Lab Japanの概要

また、日本IBMの全社プロジェクトとして、上記3つの重点領域と組み合わせて推進し、現状で700人ほどプロジェクトではあるが、将来的には日本IBMグループ全体が関わるようになるという。また、昨年4月にグローバルで実施した「IBM AI Workshop」を編集し、日本の顧客向け(役員が対象)のAIワークショップを提供している。

  • 日本の顧客向け(役員が対象)のAIワークショップを提供

    日本の顧客向け(役員が対象)のAIワークショップを提供

村田氏は「AIを活用する人と回避する人の差が広がっており、組織運営上のリスクになる可能性もある一方で、組織やチームを一体化させれば力にもなる。日本では昨年末から提供を開始したが、20社程度の企業が受講を決めている」とのことだ。

AIパートナーシップに関しては、(1)経営変革の加速と競争優位性、(2)リスクの包括的提言、(3)継続的な価値創出、(4)AI時代の人材・組織変革、(5)競争によるイノベーション、(6)成果コミット型、(7)中長期的な投資と安定性を合意内容に含めている。昨年9月に東北電力、同12月にはJCBとそれぞれAIパートナーシップを締結しており、同氏は「変革に取り組んでいる」と述べていた。

  • AIパートナーシップの合意内容

    AIパートナーシップの合意内容

日本IBMは、AIを起点にした業務とITの両面での変革を加速させる方針であり、2026年は同社にとってAI戦略の実装と成果が問われる重要な節目となりそうだ。