東京大学(東大)は2月6日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症の抗原の遺伝子を組み換えたワクシニアウイルス「r-DIs-S」を搭載し、高い精度で皮内投与が可能な「溶解性マイクロニードルパッチ」を開発したと発表した。
同成果は、東大 生産技術研究所の金範埈教授、同・朴鍾淏助教、同・青柳星見技術専門職員、東大大学院 工学系研究科の荘林幸太郎大学院生、東京都 医学総合研究所(都医学研)の小原道法特任研究員、同・安井文彦プロジェクトリーダーらの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
自己接種や常温輸送が可能になる可能性も
ファイザーやモデルナ製のmRNAワクチンは、超低温での厳格な温度管理が必要な点や、接種から数か月で免疫効果が減退する傾向がある点など、物流や持続性の面で複数の課題を抱えている。
こうした中、mRNAワクチンを用いない次世代ワクチンとして期待されるのが、都医学研の小原特任研究員らが開発した、SARS-CoV-2遺伝子組み換えのワクシニアウイルスをベクターとするワクチン「r-DIs-S」だ。ワクシニアウイルスは、人類が唯一根絶に成功した天然痘のワクチン株として利用された実績があり、「ワクチン」という言葉の語源となった。
同ワクチンは、皮膚の浅い層に高密度で存在する免疫細胞「ランゲルハンス細胞」へ届けることで高い効果を発揮するため、皮下0.5~1.0mm程度の深さを狙う「皮内投与」が求められる。しかし、従来の注射器による皮内投与は高度な手技が必要な上、一度に投与可能な液量が極めて限定的である点がネックとなっていた。
一般的な注射器以外の手法では、1970年代の天然痘根絶計画で標準的に用いられた、先端がフォーク状の「二又針」が存在する。だが、これは皮膚を繰り返し穿刺するため侵襲性が高く、痛みや出血を伴う。さらに投与量や深さの再現性が低いといった課題もあり、現在では世界的にほとんど使用されていない。
そこで現在、低侵襲で痛みを抑えつつ確実に皮内組織へアプローチできる手法として、長さが数百マイクロメートルの微細な針を並べた「マイクロニードル」が脚光を浴びている。中でも、ヒアルロン酸やカルボキシメチルセルロースなどの整体吸収素材で構成され、針自体が体内で溶けて薬剤を放出する「溶解型マイクロニードル」の開発が進んでいる。
しかし、従来の溶解型マイクロニードルは、先端部への薬剤搭載量の制御が困難な点に加え、乾燥工程での「ウイルス力価」(試料中に含まれる感染性を持つウイルス量)が低下や、基板(バッキング)側への薬剤拡散によるロスといった技術的障壁があった。そこで研究チームは今回、これらの課題を解消し、ワクチンの高効率な皮内送達を実現する新たな構造を考案したという。
今回の研究では、3Dプリンタを用いて精緻に作成したバッキングに独自の「柱構造」を組み込んだ、「柱状ガイド付きマイクロニードルアレイパッチ」を開発。そして「r-DIs-S」を搭載し、高精度な投薬を可能にするマイクロニードルワクチンの作製に成功したとする。
新たに考案された製造プロセスでは、マイクロニードルの先端部のみにワクチン溶液を集中して充填できるため、先端充填効率は従来のモールディング手法と比較して約8.3倍となる16.5%が達成された。加えて、製造過程におけるウイルス力価の保持率についても、従来法の40.4%を上回る50.4%を保持していることが確認された。
マウスを用いた免疫原性試験では、パッチ1枚あたり9.4~11.6x106PFU/パッチのウイルス力価を充填して接種を実施。その結果、同パッチによる接種は、従来法と比較して約1.2倍高い抗体応答を誘導することが判明した。さらに、SARS-CoV-2感染モデルにおいて、パッチを適用したすべてのマウスが生存したという。
今回の成果はマウスを用いた基礎研究段階であり、ヒトへの適用には安全性や倫理面を含めた慎重な検討と長期的な研究が不可欠だ。それでも、痛みを抑えた自己接種の可能性や常温輸送への対応により、医療インフラが未整備な地域における貿易体制の強化に大きく貢献できる技術であるとしている。


