情報通信研究機構(NICT)は2月9日、未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター(CiNet)の沼野正太郎協力研究員と春野雅彦室長の研究グループが、交渉の場面でヒトが不公平な提案を受け入れるとき、脳の背側前帯状皮質が、不公平によって生じる感情を抑えることで不公平な提案を受け入れるという脳内メカニズムを見出したと発表した。なお、研究成果は、2026年2月5日に生物分野の重要研究を掲載する米国の科学誌「PLOS Biology」に掲載されている。
研究の概要
今回、63人の参加者を対象にfMRI(機能的磁気共鳴画像法)実験を行い、解析したところ、背側前帯状皮質が、腹外側前頭前野を介して、不公平によって生じる感情を抑えることが分かったという。
具体的には、背側前帯状皮質と腹外側前頭前野の脳活動の同期の強さ(結合度)は人によって異なり、この結合度がマイナスの大きな値をとるほど不公平な提案を受け入れる割合が高まり、そのときの反応時間が短くなることが分かった。この脳内メカニズムの理解は、交渉での不必要な対立を抑え、納得性の高い分配制度設計にも貢献すると期待されているとのこと。
お金や資源の分配をめぐる「交渉」は、家庭内の話し合いからビジネス、国際関係に至るまで、生活に深く関わる社会的なプロセスであり、こうした場面は不公平を伴うことも多く、たとえ自分の取り分が少ない分配であっても、状況によっては「受け入れる」ことが少なくない。
これまで「拒否」に関しては研究が進んだ一方で「受入れ」に関しては、自分の報酬を最大化する脳の働きによって簡単に説明できる、と考えられてきた。
つまり、相手の取り分に関係なく、1円でももらえれば「受け入れる」と考えられてきたが、感情を持つヒトが不公平な提案を受け入れる脳内メカニズムは、本当にそれほど単純なのか。そこで研究では「脳は不公平に対する不快な感情を抑えることで、不公平な提案を受け入れる」という仮説を立てた。仮説を確かめるために「最後通牒ゲーム」という課題を用い、脳活動を計測する実験を行った。
研究結果
研究では、実験参加者にMRI装置の中で「最後通牒ゲーム」を行ってもらい、この課題では各試行で別々の提案者からお金の分け方が提示され、参加者はその提案を受け入れるか、拒否するかを10秒以内に選択する(図1参照)。
実験の結果、参加者にとって不利(不公平)な提案になるほど拒否率が高くなることが分かった(図2A参照)。
また、極めて不利な提案では、提案を受け入れる人の反応時間が、拒否する人の反応時間よりも長くなることが明らかになった(図2B参照)。このことは、不利な条件を受け入れる際には、単なる「報酬の最大化」以上に、より複雑な意思決定プロセスが働く可能性を示唆しているという。
そこで、分配の受入れ/拒否という行動選択と反応時間の両方から意思決定を分析できる「ドリフト拡散モデル(Drift Diffusion Model:DDM)」を用いて解析を実施(補足資料参照)。
具体的には「不公平な提案に対する不快な感情を抑えることで提案を受け入れる」という過程に関わる脳部位を明らかにするため、DDM解析を用いて、不公平な提案をより受け入れる参加者ほど、不公平に対して強く反応する脳領域を探索した。その結果、背側前帯状皮質が見つかった(図3A参照)。
次に、不公平な条件が提示されたときに、この背側前帯状皮質が抑制的に働くと考えられる脳領域、すなわち負の結合度を示す領域を探索したところ、腹外側前頭前野が見つかった(図3B参照)。
さらに、背側前帯状皮質と腹外側前頭前野の結合度から、各参加者が不公平な提案を受け入れる割合(拒否率、図3C参照)と、反応時間(図3D参照)の両方を予測できることが分かった一方で、報酬に関わる脳活動からは、このような予測はできなかったという。
腹外側前頭前野は、脳内で不快な情動に関わるとされる扁桃体と、解剖学的にも機能的にも強く結びついていることが知られている。今回の研究でも、参加者にとって不公平な提案が示されたとき、腹外側前頭前野と扁桃体の活動が同期していることが分かった(図4A参照)。
以上の結果は、ヒトが不公平な提案を受け入れる際には、背側前帯状皮質が腹外側前頭前野を介して、扁桃体に表現される不公平に伴う感情・情動を抑制する脳内メカニズムが重要であることがわかりました(図4B参照)。
今後は、今回見つかった「不公平な提案を受け入れる際に、不公平に伴う感情を抑える脳の働き」に着目し、その働きを変化させたときに受入れ率が実際に変わるかを検証することで、脳活動と行動の因果関係を明らかにする。さらに、人々が納得して受け入れられる分配制度の設計へと発展させる可能性についても検討していく考えだ。


