開湯1300年の歴史を持ち、小説家・志賀直哉の『城の崎にて』の舞台としても有名な城崎温泉、『青春を山に賭けて』の著者で冒険家・植村直己の出身地(旧日高町)でもある兵庫県豊岡市では、2021年からDX(デジタルトランスフォーメーション)に本腰を入れて変革を進めている。今回、クラウド型入退室管理システム「Akerun」などを提供するフォトシンスの取材協力により、同市におけるDXの現状を紹介する。

  • 旧豊岡市本庁舎。この建物の裏手に新本庁舎を2013年に整備し、旧本庁舎は現在では豊岡市議会議場や市民交流センター「豊岡稽古堂」として利用

    旧豊岡市本庁舎。この建物の裏手に新本庁舎を2013年に整備し、旧本庁舎は現在では豊岡市議会議場や市民交流センター「豊岡稽古堂」として利用

豊岡市が掲げるDX推進方針とは

兵庫県北東部に位置する豊岡市は、2005年に1市5町が合併して誕生し、2025年に合併20周年を迎えた。先に触れたように国内有数の温泉地・城崎温泉や出石城下町を擁し、観光業が主要産業の1つだ。直近では、兵庫県指定重要有形文化財の出石永楽館が昨年に大ヒットした映画『国宝』のロケ地として使用された。また、野生絶滅したコウノトリの復活に取り組み、無農薬・低農薬の「コウノトリ育む農法」やブランド米の生産など、環境と共生した地域づくりを進めてきた。

一方、人口は2020年の国勢調査では約7万7000人だったが、次回の調査では約5000人の減少が見込まれており、高齢化比率は34.3%と年々上昇傾向にある。公共サービスの維持・向上には効率化と新しい仕組みづくりが急務となっており、こうした地域課題への対応として、同市はDXを重点施策に位置づけている。

  • 豊岡市の概要

    豊岡市の概要

豊岡市におけるDXの取り組みは、2024年度~2028年度までの行財政運営の指針である「第5次行財政改革大綱」に盛り込まれている。

この中で目指す姿として掲げているものが「限られた資本と多様性を活かし、市民の視点で公共サービスが持続可能な状態で提供されている」だ。

そして(1)公共サービスが多様な人たちによって創造されている、(2)多様な市民の思い・願いが尊重されている、(3)さまざまな豊岡の資本が効率的に活用されている、(4)デジタル社会を前提とした市役所になっている、(5)すべての職員にとって働きがいのある市役所になっている、の5つの柱を据えている。

  • 豊岡市の概要

    「第5次行財政改革大綱」に盛り込まれた豊岡市におけるDXの取り組み

兵庫県豊岡市 DX/行財政改革推進課の出水翔太氏は「従来は行政コストの削減が中心でしたが、公共サービスの向上も目指す方針に転換しました。市民が『豊岡市で暮らして良かった』と実感できるまちづくりを目指しています。また、人口減少に伴い市役所だけが公共サービスを担うことが難しくなることが予想されることから、“他人事から自分事”として住民自身が担い手となる仕組みを整備できればと考えています」と話す。

  • 兵庫県豊岡市 DX/行財政改革推進課の出水翔太氏

    兵庫県豊岡市 DX/行財政改革推進課の出水翔太氏

5つの柱にもとづく豊岡市のDX施策

豊岡市は、こうした5つの柱に沿いつつさまざまな施策に取り組んでいる。(1)公共サービスが多様な人たちによって創造されていると、(2)多様な市民の思い・願いが尊重されているではデジタルを活用した市民参加型合意形成プラットフォーム「シビックとよおか」とドローン配送についてだ。

シビックとよおかは2025年11月に運用を開始し、多様な市民の声や思いを市政運営に取り入れることを目的に実施。例えば、行政側から「豊岡市の良いところはどこですか?」「豊岡に関することで惜しいな、もう少し頑張って良くしたいな、良くできるのになと思うことはなんですか?」などの意見を募集している。市民が普段感じていることを自由に入力することもでき、集まった意見を分析することを可能としている。

ドローン配送は、人口減少社会における持続可能な物流モデルを構築するために2023年末から実証実験を行っている。2023年度は日本郵便がドローンで配送実験を行い、2024年度には同社と連携して住民が公民館など中間配送拠点から受取人宅まで配送を行う地域内配送を実施。2025年11月~12月には、但東町資母地区で模擬荷物を用いた配送実験を行った。

  • ドローン配送の概要

    ドローン配送の概要

(3)さまざまな豊岡の資本が効率的に活用されているでは「シンTSC」を挙げている。これは、同市におけるスマートコミュニティ施策を担ってきた豊岡スマートコミュニティ推進機構(TSC)が、運営の主体を行政主導から地域主体に移行し、新TSCとしている。2024年度以降、同市と但馬信用金庫が中核となり、市民、地元事業者、外部専門家が参画する共創プラットフォームとして再編された。

まず、事業発掘として「みんな×エール」というイベントで市民が提案する共助目的のプロジェクトに対して、参加者全員でアイデアを出し合い、事業化を検討し、その中で有望なプロジェクトが実行された。

デイサービスの送迎車両の空き時間を活用して、高齢者などを買い物に連れて行く「福祉モビリティ」や、子どもたちが危険と感じる場所を実際のデータと重ね合わせることで、通学路の安全性を向上させる「デジタルを活用した交通安全教室」、子育て情報(アレルギー対応飲食店、イベントなど)を市民が共有・閲覧できるWebアプリ「Toyooka iDO」などとして、具体化した。

  • 「Toyooka iDO」の概要

    「Toyooka iDO」の概要

(4)デジタル社会を前提とした市役所になっているでは、2021年9月に導入したkintoneを皮切りに、2025年11月までにAI-OCR、RPA、くらしの手続きガイド、オンライン申請、窓口書類作成、AI文字起こし、公共施設予約、生成AIなどのデジタルを活用した業務変革を推進。オンライン申請では全件書面申請で処理する場合と比べて業務時間を80%削減し、2028年度末には手続きなどのオンライン化率100%を目指している。

生成AIの活用では会議・文章要約や教育、アイデア、分析などで活用し、職員123人が利用した2025年11月の業務削減時間は617時間に達し、1人あたり5.0時間の削減につなげている。

  • 生成AIの活用で単月で617時間の業務時間削減を実現したという

    生成AIの活用で単月で617時間の業務時間削減を実現したという

(5)すべての職員にとって働きがいのある市役所になっているでは、2023年度から開始している「X meeting」は縦割り組織の課題を解決し、DXを市役所全体に浸透させるための組織横断的な取り組みだ。ウェルビーイングなチーム環境、庁内の知識・ノウハウを共有する「Toyooka Knowledge Bank」の立ち上げ、会議の改革などのテーマを設定し、改革を進めている。

また、勤務時間の5%(週2時間程度)を担当業務以外の創造的な活動に充てる副業制度や 、日本郵便、KDDI、東京海上日動火災保険など都市部に所在する企業の社員を一定期間受け入れ、専門的なノウハウ・知見を活かして、地域活性化を図っている。

公共施設予約の課題とデジタル化への取り組み

このように、5つの柱に沿いながらDXを進めている豊岡市ではあるが、ここからは(4)における公共施設予約の取り組みに関して紹介したい。

出水氏は「地方は都市部と比べて、そもそも民間施設が少ないのが現状です。そのため、人が集ったり、運動したりする施設は公共施設への依存度が非常に高い傾向にあります。また、市役所や各施設の開館時間内に紙で申請書を提出しなければ予約ができず、働く世代や若年層にとっては使いづらい状況でした。また、支払いも現金のみに限られていたほか、夜間や休日など管理者が不在の際は利用者が事前に鍵を受け取り、後日返却しなければならないという課題もありました」と話す。

同市がこのような課題を解決するために実現したい姿として考えたのは、スマートフォンなどから24時間いつでも空き状況の確認・予約確認を行い、気軽に公共施設を利用できるようにすること、さまざまな決済手段を用意すること、鍵の管理をデジタルに置き換えてスムーズな施設利用を可能にすること、無人でも安心・安全に使用が利用できることだ。

出水氏は「施設の利用時間より前の入室や、終了後にも使われていましたし、返却遅れによる鍵が不足、合鍵を作製されてしまう可能性など、物理鍵の運用面での不安もありました。また、破損や紛失のリスクもありました」と物理鍵を運用するにあたり、数々の課題が存在していたことを説明。こうした課題に対して、豊岡市では施設のオンライン予約システムと電子錠の導入で解決を目指した。

そこで、同市ではスペースマーケットの公共施設予約システム「Spacepad」と、フォトシンスの後付けが可能なサムターン付きの開き戸用スマートロック「Akerun Pro」、自動ドアや電気制御ドア、電気錠ドア、フラッパーゲートといった、あらゆるドアに対応したスマートロック「Akerun Ctl」をプロポーザルにより導入。導入にあたってはデジタル庁の「デジタル田園都市国家構想交付金」を活用した。

  • 豊岡市では公共施設の入退出管理に「Spacepad」と「Akerun Pro」「Akerun Ctl」を導入した

    豊岡市では公共施設の入退出管理に「Spacepad」と「Akerun Pro」「Akerun Ctl」を導入した

とはいえ、物理からデジタルに置き換えるうえで利用者や管理者から不安の声があったのも確かだ。

出水氏は「利用者側としては、スマホに慣れていない高齢者の方などの利用者が使えるのか、夜間利用者がうまく開閉できるのか、URLの共有によるセキュリティリスクなどを懸念していました。また、管理者側はシステムが複雑で操作が難しいのではないか、システムや電子錠が正常に開閉できるか不安、予約方法や承認作業が増えてしまうのではないか、遠隔での解錠など急な対応ができるのか、システムの利用説明、サポート不足による不安を抱えていました」と振り返る。

管理者・利用者の不安解消に向けては、豊岡市とフォトシンス、スペースマーケットは、予約システムや電子錠仕様、電子錠操作など説明会を複数回実施したという。

システム導入の成果とオンライン化率の向上

そして、2025年2月から運用を開始し、現在では市内の文化施設や体育施設、学校施設、集会施設、交流施設、社会福祉施設など、導入数はSpacepadで91カ所、Akerun ProとAkerun Ctlは計60カ所にのぼる。

  • 「Akerun Pro」と「Akerun Ctl」の概要

    「Akerun Pro」と「Akerun Ctl」の概要

利用の流れは、利用者登録(氏名、電話番号、メールアドレスなど)を行い、予約システム上で施設を予約すると利用者にメールを送付。予約確定をトリガーにSpacepadがAkerun APIを通じて鍵発行処理を実行し、予約時間に合わせて利用者専用・時間限定のデジタルキーがAkerun側で生成される。

この際、生成した鍵は予約単位で管理されるため、使い回しはされないという。発行されたデジタルキーは解錠URLとして自動通知され、利用者は利用開始時間以降にスマートフォンで解錠URLへアクセスし、解錠して入室できる。

  • 「Akerun」のICカードリーダーとスマートフォン上のデジタル鍵

    「Akerun」のICカードリーダーとスマートフォン上のデジタル鍵

導入の決め手について、出水氏は「SpacepadのUIが良かった点が1つあります。また、自動ドアなど多様な扉があるのですが、他の事業者だと予算内で対応できる提案がなかったことが挙げられます。すべての扉に予算内で設置できる事業者がいませんでした」と語る。 効果に関しては管理者側で賛否両論があったものの、否定的な意見に関してはSpacepadのシステム改善などで対応している。肯定的な意見としては「物理鍵の受け渡しや申請手続きが軽減された」「入退出管理が管理者画面から確認できるため安心」「鍵の開閉が物理鍵に比べて楽になった」など、物理鍵運用時における課題の大半は解消されたという。

  • 「Akerun Pro」とICカードリーダー

    「Akerun Pro」とICカードリーダー

また、申請のオンライン化率は初年度に30%、2年目に50%をそれぞれ目標としていた。この点について、出水氏は「高齢者の方も積極的に活用しており、オンライン予約の比率は2025年2月~7月下旬までの期間で56.2%に達しています。オンライン予約が難しい利用者のことも考えて紙での申請も受け付けていますが、当初計画よりもオンライン化率は高いものになっています。若年層の利用に加え、子育て世代などは雨の日など屋内で遊ぶために利用していますね」と効果を口にする。

さらに、同氏は「一通り、公共施設にはすべて導入しました。現在では、さまざまな自治体から視察依頼も来ています。導入拡大というよりは、運用改善などが当面の焦点になると考えています」との認識を示していた。

公共施設の利便性向上を起点とした今回の取り組みは、住民サービスの質を高めるだけでなく、地方DXの可能性を大きく広げる事例となっている。豊岡市の挑戦は、地域の未来を見据えた持続可能な行政運営への一歩といえるだろう。