“AIエージェント元年”と位置付けられた2025年。ビジネスシーンにおいて組織内におけるAIの活用が“実験段階”から“ビジネス価値の創出”に本格的に移行した年でもあった。そのような中で日本IBMは同年、企業におけるAI活用の支援を強力に打ち出すとともに、量子コンピュータやメインフレームに関しても相次いで発表を行った。

2019年の社長就任から2026年で7年目を迎えるとともに、同年1月1日付で経済同友会の代表幹事に就任した、日本IBM 代表取締役社長執行役員の山口明夫氏に昨年の振り返りと2026年の展望を聞いた。

山口明夫(やまぐち あきお)

日本IBM 代表取締役社長執行役員

1964年8月29日生まれ、和歌山県出身。1987年に大阪工業大学工学部を卒業し、同年に日本IBMに入社。

技術統括本部ソフトウェア技術本部 第三技術所を経て、2009年7月に執行役員 アプリケーション開発事業担当、2012年5月に執行役員 金融サービス事業担当、2014年10月に常務執行役員 サービス事業統括担当、2016年4月に専務執行役員、2017年7月に取締役専務執行役員(事業本部長)を歴任し、2019年5月から現職。

昨年の年頭所感で山口氏は「社会インフラであるITシステムの安定稼働」「ハイブリッドクラウドやAIなどのテクノロジーを活用したDX」「CO2やプラスチック削減などのサステナビリティソリューション」「半導体、量子、AIなどの先端テクノロジーの研究開発と社会実装」「IT/AI人材の育成と活躍の場」の5つの価値共創領域を定めていた。最初に2025年の振り返りをしてもらった。

日本IBMが定めた「価値共創領域」を総括、ITシステム・DX・サステナビリティの進捗

--5つの価値共創領域を振り返ってみていかがでしょうか?まずは、ITシステムの安定稼働、テクノロジーを活用したDX、サステナビリティから伺えればと思います。

山口氏(以下、敬称略):5つの領域は当社が一方的に売りたいものではなく、企業が自社のシステムや業務の将来を考えるうえで、整理すべき領域として定義しました。そのため、市場と適合したと評価しています。実際、お客さまからは「非常に分かりやすい」「領域ごとに具体的なソリューションが提供されている」といった声が増え、われわれの事業が整理された形で推進できた1年でした。

ITシステムの安定稼働については、周知の通りセキュリティ対策の重要性が年々高まっており、AIを活用した脅威の予防、発生時の影響最小化、将来に向けた対策が不可欠になっています。

そのため、AIとデータを活用し、従来は人手に頼っていたログ分析や障害の事前検知、修正コードの提供までを自動化する仕組みが整い始め、2026年は実装が加速します。オンプレミスとクラウドが混在するハイブリッド環境においては、業務全体のレジリエンス(障害耐性)を確保する仕組みの重要性が高まっています。

テクノロジーを活用したDXについては、AIエージェントは人材・スキル不足を補う有効な手段ですが、その真価を発揮するには良質なデータと明確な経営・事業戦略が必要不可欠であり、この点は依然として課題です。一方で、業務プロセスだけではなく、チップやハードウェアにAIを組み込む「エンベディッドAI」がロボット、自動車、家電などの分野で今後拡大していくことが見込まれます。

サステナビリティに関しては、温暖化対策や資源の循環利用は息の長いテーマだと考えています。状況を可視化するプラットフォームは整備されつつありますが、実データを活用した具体的な運用はこれからになるでしょう。

メインフレーム・半導体・量子の最新動向と、AI人材育成の課題

--次に先端テクノロジー、人材育成についてはいかがでしょうか?

山口:先端テクノロジーでは、耐量子暗号機能を備えたメインフレームや、省電力で高効率なAI推論プロセッサの需要が高まっています。当社では昨年4月に「IBM z17」同7月には「IBM Power11」などを計画通り市場に投入しています。

半導体分野では、Rapidus(ラピダス)との協業で昨年7月に同社の半導体開発・生産拠点「IIM-1」(北海道千歳市)で2nmノードのゲートオールアラウンド(GAA)トランジスタの試作を開始し、動作を確認しています。現在は量産に向けた取り組みが進行中です。そのほか、AI推論処理を効率化するアクセラレータ「AIU(Artificial Intelligence Unit)」の開発を進めています。

量子コンピュータ関連は、5月に東京大学において「IBM Quantum System One」に最新の156量子ビットのプロセッサ「IBM Heron」の導入を発表しました。

また、6月には理化学研究所(理研)の理研計算科学研究センター(神戸市)に量子コンピュータ「IBM Quantum System Two」を設置し、理研のHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)「富岳」との接続を発表するなど、技術開発は想定より早く進んでいると認識しています。さらに、2026年末までに量子の優位性の達成、2029年までにフォールトトレラント(耐障害性)量子コンピューティングの提供を計画しています。

人材育成については、AIを「使いこなす人材」と「作る人材」の育成が急務です。ChatGPTなどのツール利用は一般化しましたが、それを実際のビジネスプロセスにどのように適用していくかが次の挑戦です。作る側では要件定義やテストなどの工程がAIで自動化されつつあり、人材を他の不足している領域にシフトさせるためのリスキリングが重要になります。

--昨年の国内における年次イベント「Think Japan」では、富士通と協業し「ヘルスケア」「AI」「ハイブリッドクラウド」の領域で協業の検討を開始すると発表しました。その後の進捗はいかがでしょうか?

山口:現在、両社で具体的な検討を進めているところです。

ヘルスケア領域では、国内の多くの病院でIBMと富士通の電子カルテが利用されており、病院間のデータ利活用などを進めるうえで両社が協力して共通モデルを構築した方が合理的な側面があります。厳しい経営状況にある病院を支えるためにも協業は不可欠です。

インフラ領域ではOEM提供や、AIに関してはマルチLLM(大規模言語モデル)のAIガバナンスなど、相互に利益のある形で協業を検討しています。今後、具体的な協業案件を見極めて、発表していく方針です。

AI投資のROIをどう出すか?人材再配置と「適材適所」、加速する開発の自動化

--ここからはIBMが注力するAI、ハイブリッドクラウド、量子コンピュータについて深掘りし、2026年の展望を伺いたいと思います。昨年、MIT(マサチューセッツ工科大学)がAIの投資から十分なリターンを得ている企業は5%に過ぎないという調査結果を公表しました。そのため、ROI(投資利益率)が課題になっています。

山口:AIによって30人分の業務が代替可能になっても、100人の組織規模を維持したままでは、人件費とIT投資の二重コストが発生してしまいます。これは人員整理というネガティブな文脈ではなく、慢性的な人材不足を解消するための“人材の再配置(リアロケーション)”の好機と捉えるべきだと考えています。

AIは“魔法の杖”ではなく、その特性に応じた“適材適所”が効果を出す鍵となります。見極めずにAIを導入しても期待した効果を得ることはできません。

そのため、顧客視点でどのように導入し、メンテナンスしていくかを考えなければなりません。大量の定型作業はRPA(Robotic Process Automation)、予測・分類・最適化はAI、文書作成・要約・問合せ対応・開発支援は生成AIなど、適材適所を整理すれば効果が出てくるでしょう。

IBMでは、昨年10月のIT開発者・技術者向けの年次イベント「TechXchange 2025」でAnthropicとの提携の一環でコード生成のためのAIとして、共同プロジェクトの「Project Bob」を発表しています。これにより、要件定義からコーディング、テストに至るまでAIによる自動化が加速し、開発プロセスが劇的に変わると予測しています。

IBMが提唱する「ハイブリッド・バイ・デザイン」

--ハイブリッドクラウドについてはいかがでしょうか?

山口:ハイブリッドクラウドは、日本企業にも深く理解されるようになりました。

かつて分散システムやインターネットが登場した際に「すべてが置き換わる」と言われながらも、結果的に既存システムと共存する形になったことと同様に、クラウドもパブリッククラウド一辺倒ではなく、オンプレミスと組み合わせたハイブリッドな形態が最適解であるとの認識が広がっています。

特に、データ主権や法規制対応の観点から、国内運用・管理を重視するソブリンクラウドやソブリンAIの要件が増しています。

当社は企業の経営戦略や業務要件にもとづき、最適なITインフラを設計する「ハイブリッド・バイ・デザイン」というアプローチを提唱しています。これはITインフラを一度設計して終わりではなく、テクノロジーの進化やビジネスの変化に合わせて継続的に見直していくプロセスです。

--量子コンピュータに関しての考え方を教えてください。

山口:先ほども述べたように、量子コンピュータは商用化に向けて着実に歩みを進めています。2026年末には古典コンピュータと量子コンピュータを組み合わせることで、古典コンピュータ単体では達成できなかった計算能力を発揮する量子優位性の達成を発表しています。

また、エラー訂正技術の課題を2029年までに解決するという明確なロードマップを提示しており、それまでに大きな技術的進展があると予測しています。そのため、実用化への期待が高まっています。

2026年は“正しいと思うことを情熱を持って推進する年”に

--最後に2026年の抱負についてお聞かせください。

山口:これまでの取り組みで明確になった戦略をブレることなく推進し、成長していくことを目指します。

具体的には「システム開発の抜本的な変革」「バイ・デザイン思想の徹底」「次世代技術の組み込み」の3つがあると考えています。

システム開発については、かつてIBMでは1990年にアプリケーション開発のためのアーキテクチャとして「AD/Cycle」を提唱し、日本のシステム開発を変えたようにAIを活用したProject Bobなどが再び開発の効率性と、品質を向上させる大きな波を起こすと見込まれています。これにより、日本全体のDXの進化に貢献することを目指します。

バイ・デザイン思想の徹底では、前述したようにソブリンクラウドやソブリンAIの重要性が増し、ハイブリッド・バイ・デザインの時代が到来すると見ています。また、AIエージェントが自律的に業務を行う世界では、企業全体のAI活用を設計する「AI・バイ・デザイン」が不可欠となり、この設計思想を軸に顧客と価値を創造していくことが当社の役割であると定義しています。

次世代技術の組み込みでは、商用化が近づく量子コンピュータをバイ・デザインの世界に、どのように組み込んでいくかを常に考え、次世代の課題解決に備えたいと思います。

これらの戦略は、技術とデータにもとづいた明確な信念によって支えられています。そのため、“正しいと思うことを情熱を持って推進する年”にしたいと考えています。