2025年、AIインフラの構築・拡張には、アポロ計画10年分に匹敵する資金がわずか10カ月で投下されました。加熱投資への警戒感が高まっています。これはバブルか、それとも次の技術革命の胎動なのか。歴史が示す投機と革新の関係から、AIバブル論の現在地を前後編にわたり読み解きます。
アポロ計画を超える資金がわずか10カ月で
2025年2月、Googleのスンダー・ピチャイCEOはAI投資について「最大のリスクは取り逃がすこと」と述べました。Microsoftのサティア・ナデラCEOやMetaのマーク・ザッカーバーグCEOも、過剰投資の可能性を認めつつ、投資を避けることでAI時代を生き残れなくなるリスクが大きいことを指摘しています。
こうした強気な投資姿勢に対し、多くの人が「AIはバブルではないか」と懸念を強めています。
経済・技術・文化のトレンド分析を専門とするジャーナリスト、デレク・トンプソン氏は「AIバブルはこうして弾ける(This Is How the AI Bubble Will Pop)」で、2025年に米国の巨大テック企業(ハイパースケーラー)はAIインフラに約4000億ドルを投じるという分析を紹介しています。
これは、企業グループの支出として前例のない規模です。米国を月面着陸へ導いたアポロ計画には、1960年代初頭から約10年間で約3000億ドル(インフレ調整後)が費やされました。AIインフラの構築・拡張には、それと同規模の資金が、わずか10カ月程度で投じられた計算になります。
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Amazon、Google、Meta、Microsoft、Oracleなどハイパースケーラーの設備投資は、ChatGPTのリリース以降に2倍以上に増加。2026年は5社だけで4000億ドルを大きく上回る見通しです(Citi Research)
「現在のAI投資はバブルか?」と問われれば、過熱を示すデータが圧倒的です。そのため、市場には警戒感が広がっています。一般的な経済論として、上昇したものは必ず下降します。急激に膨張したバブルは調整局面を迎え、景気後退や企業淘汰を伴う崩壊につながる可能性があります。
鉄道からITまで - バブルが加速させた技術普及
しかし、すべてのバブルが破壊だけを残して終わるわけではありません。2000年代後半のサブプライム住宅ローンバブルのような有害な例がある一方で、歴史を振り返ると、バブルが技術革新の起爆剤になった例もあります。
技術経済学者のカルロタ・ペレス氏は著書「技術革命と金融資本:バブルと黄金時代の力学」(Technological Revolutions and Financial Capital:2002年)において、蒸気機関と鉄道、鉄鋼・電気、石油、情報技術といった過去の技術革命の多くで、金融バブルが発生してきたと指摘しました。
技術革命には大きく分けて次の2つのフェーズがあると整理しています。
1. 導入期(Installation Phase):新しい技術が誕生し、古い産業を破壊しながら普及する段階。新技術に金融資本が過剰集中し、実体経済から乖離したバブルが生じやすい。
2. 展開期(Deployment Phase):技術が社会の前提として定着し、生産性向上を通じて長期的な経済成長と繁栄をもたらす段階。
バブル崩壊が社会に痛みをもたらすことは事実です。ただし、投機的資本の集中が新たなインフラやシステムの整備を促し、技術変革において通常では考えにくい速度での技術普及を実現させたケースが歴史的に見られます。例えば、ドットコムバブルでは倒産した通信事業者が敷設した過剰な光ファイバー網が、その後の低コストなインターネット普及の基盤となりました。
AIもまた、こうした歴史的な技術革命の1つであるならば、現在の過剰とも見える投資は、次の展開期における社会的・経済的繁栄の土台となる可能性があります。
コンピューティング・デフレと「ジェボンズのパラドックス」
ハイパースケーラーが巨額投資を続ける背景には、AI市場において「ジェボンズのパラドックス」が顕在化している点があります。現在のAI市場では、いわゆる「コンピューティング・デフレ」が急速に進行しています。
スタンフォード大学のAIインデックスなど複数の調査によれば、同一性能のモデルを動かすための推論コストは「モデル・アーキテクチャの効率化」(軽量モデル、量子化、蒸留など)や「ハードウェアの向上」(GPUの性能向上、GoogleのTPUなど専用チップの普及)により、この数年で劇的に低下しています。GPT-3.5クラスのモデルの場合、運用コストは2022年11月から2024年10月の約2年間で、およそ280倍低下したと報告されています。
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ベンチマーク「MMLU」でGPT-3.5と同等のスコア(64.8)を出すAIモデルのクエリコストは、2022年11月の100万トークンあたり20.00ドルから、2024年10月にはわずか0.07ドル(Gemini-1.5-Flash-8B)に下落しました(Stanford University HAI:The 2025 AI Index Report)
通常であれば、これほど急激なデフレが起きれば、計算資源の需要は落ち着くはずです。しかし、AIでは逆の現象が起きています。効率化によって利用可能な用途が拡大し、総消費量がむしろ増大しているのです(ジェボンズのパラドックス)。
効率化によって学習や推論の速度が向上した結果、従来は高コストで現実的でなかった用途が次々と実用化されています。
より長い文章を一度に読み込む「ロングコンテキスト」、自律的にタスクを繰り返す「AIエージェント」、テキストとビジュアル・音声を扱う「マルチモーダル処理」などにより、1リクエストあたりの計算負荷は増大しています。
AIブームの初期は、データセンター需要の中心は学習(トレーニング)でした。しかし、現在は推論コストの低下と利用拡大によって、AIは「より頻繁に、より長く、より高度に使われる」段階に入っています。
学習が将来の収益基盤を作るための投資(CapEx的性質)であるのに対し、推論は日々のサービス提供に伴うランニングコスト(OpEx的性質)です。
OpenAIのGPT-4開発では学習コストが約1億5000万ドルと推定される一方、サービス提供時の年間推論コストは約23億ドル(15倍以上)にのぼるとの試算があります。推論コストが学習コストを大きく上回る構造は、今後さらに顕著になると見られています。
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AIは日常生活にますます浸透しています。FDA(米国食品医薬品局)が承認したAI搭載医療機器は2015年のわずか6件から、2023年には223件に増加しました(Stanford University HAI:The 2025 AI Index Report)
かつては「学習の延長」と捉えられていた推論インフラは、今や推論能力そのものを提供する巨大産業へと変貌しつつあります。その投資規模は企業の収益構造を根本から揺るがす水準に達し、投資の持続性を担保するための「財務のレバレッジ化」と、業界内での資金還流による「循環取引」という2つの構造変化を促しています。
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ハイパースケーラー、NVIDIAのようなチップメーカー、OpenAIのようなモデル開発ラボの間で巨額資金が循環する構造。エバンス氏は「AI Eats the World」の中で、他社の資産を使いながら持続可能なビジネスモデルを構築しようと奔走する「バブル的な状況」と指摘しています
AIインフラの新たな制約:半導体から電力へ
2025年はNVIDIAが躍進した年でした。GPUの供給は依然として逼迫していますが、現在のAIインフラの最大の制約は半導体ではありません。Microsoftのエイミー・フッドCFOは、2025年7~9月期の決算説明会で次のように述べています。
「ここ数年、GPUやCPUそのものが不足していたわけではありません。不足していたのは、それらを設置するためのスペースや電力でした」(フッド氏)
米国では発電能力の伸びが長年にわたり横ばい状態であり、これが現在のAIデータセンター拡張の根本的な制約になりつつあります。GPUやAIチップは不足していても比較的短い期間で増産を実現できます。しかし、電力施設や電力網の整備には長い時間を要します。
現在のAIインフラは、エネルギー史になぞらえるなら、石油が本格的に社会を変える直前の段階にあります。
石油が送電網や変電設備によって初めて実用的なエネルギーとしての真の価値を発揮したように、データも適切な計算資源とネットワークを通じて初めて経済的・社会的な価値を生み出します。この「データを価値に変換するインフラ」の構築が、今後の競争の勝敗を分ける鍵となります。
バブルを伴う技術的変革を引き起こし始めたAIの未来は、もはや「どれだけ計算できるか」ではなく、「どれだけ持続的にエネルギーを確保できるか」という問いへの答えにかかっているのです。
後編では、この「エネルギー・インフレ」という新たな制約が、データセンターの立地、電力調達、さらには国家間競争にどのような影響を与えているのかを詳しく見ていきます。

