
私は2001年から、植物の胚珠(受精して種子になる部分)研究の最前線にいた米国ユタ大学のGary Drews博士のもと研究を開始し、四半世紀を胚珠研究に費やしました。
そして今日まで、花粉管の誘引に必要な司令塔遺伝子である「MYB98」を皮切りに、胚珠の中で活躍する遺伝子や現象を発見し続けて参りました(松坂屋・名大ハカセの虫めがね https://x.gd/YaZNI)。これらの発見は全て「胚珠の左側」からのものでした。
胚珠の左側、右側という概念は私が定義しました。左側には「胚嚢」という植物の受精に直接関係する細胞を持つ組織があるため、植物生殖学者の研究対象として人気の的です。実はこの「胚珠の左側」はGary先生がパイオニアであり、1990年代に彼が各細胞の観察法を開発し、発現する遺伝子群の解析も世界に先駆けて取り組んでおられ、2020年頃まで私も華やかなりし「左側」の虜でした。
一方で「胚珠の右側」はどうでしょう。こちらは何の機能もなく、研究の価値もないというのが長年の常識でした。しかしある日、他組織の観察中に偶然にも「右側」が染まっており、研究を続けたところ、植物の種子形成に非常に重要な組織が存在することがわかったのです。右側は何もないという先入観で、これまで誰もこの領域を研究しなかったことが、私にとって非常に幸運でした。
この組織は植物が受精する際に胚珠が受精を認知し、栄養の道を塞いでいた「カロース」というのりのような物質を分解し、栄養を種子に送るという2つの独立した働きがあり、「笠原ゲートウェイ」と命名しました。被子植物にとっては160年ぶりの新組織発見となりました。
これまで、植物がどのようにして種子に栄養を送るのかほとんどわかっていなかったので、この組織の発見により種子形成の基礎科学が大きく進展しました。この組織は動物が受精に成功した際に赤ちゃんに栄養を送るへその緒の機能によく似ているため、別名、「植物のへその緒」としても定義しました。
以来、私は「胚珠の右側」のパイオニアとして研究を続けていますが、この組織は工夫して使えば種子を大きくできることもわかっていて、今後も様々な作物の種子肥大に利用しようと考えています。種子が肥大する技術は可食部分が増大するため、食糧不足問題などに対する強力な解決策となります。なお、この発見がきっかけで、また「右側」から新たな組織を見つけることもでき、こちらも農業生産に重要であることがわかり、研究を進めているところです。
さらに、関連する遺伝子を用いた研究により、医学の発展に貢献できる結果を得ることもできました。加えて、前年度からは海中に生息する被子植物である「アマモ」の研究にも着手しており、これらの研究は日本の農業、漁業、医療、また環境問題解決へ大きな可能性を秘めています。
研究だけではなく、私は胚珠の普及活動にも努めております。冒頭で紹介した松坂屋小学校でのイベントや、高校の出張授業も精力的に取り組んでおりますので、お問い合わせ、ご用命いただければ幸いです。
本研究は科学研究費補助金「国際共同研究加速基金(22K21366)」の支援のもと達成されました。また本研究は一部、(一社)カーボンリサイクルファンド、(一財)キヤノン財団、(公財)市村財団の支援により遂行されました。(株)ウィルの坂根勝幸会長をはじめ、この場を借りて厚く御礼申し上げます。