日本IBMは12月4日、11月12日~14日の期間で米ジョージア州アトランタで開催された年次イベント「IBM Quantum Developer Conference」で発表された量子コンピュータ関連の最新動向に関する説明会を開催した。2026年末までの量子優位性の達成と、2029年までのフォールトトレラント(耐障害性)量子コンピューティングの提供に向けた取り組みについて、同社 IBM Quantum Japan統括部長 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバーの堀井洋氏が説明に立った。

IBMが取り組む量子コンピュータのシステム、ソフトウェア、エコシステム

まず、堀井氏はIBM Quantumについて「当社は『実用的な量子コンピューティングを世界に提供する』をミッションとしている。そのための2つの前提条件として『古典計算を超えてスケールする量子プラットフォームの開発』と『アルゴリズムの発見の加速に向けた企業や学術機関のネットワークの活性化』を軸としている」と述べた。

  • 日本IBM IBM Quantum Japan統括部長 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバーの堀井洋氏

    日本IBM IBM Quantum Japan統括部長 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバーの堀井洋氏

そして、同氏はシステム、ソフトウェア、エコシステムの観点から説明を始めた。システムについては、これまで同社ではグローバルにおいて、60台の量子デバイス(100量子ビット未満)と25台の量子コンピュータ(100量子ビット超)を提供し、量子コンピュータは5000以上の2量子ビットゲート(量子コンピュータで2つの量子ビットに同時に作用する演算)を含む回路を実行できるという。

堀井氏は「2量子ビットゲートが多く実行できればできるほど、より複雑な計算領域を表現することができる。そのため、5000以上の2量子ビットゲートによる100量子ビットの量子コンピュータは一般的なコンピュータ(古典コンピュータ)が計算することが難しいものでも計算することを可能としている」と話す。

また、同社の量子コンピュータはクラウド上でも提供し、全体の稼働率は平均97%だ。昨年のカンファレンスで発表した156量子ビットの量子プロセッサ「IBM Heron R2」の1台は稼働率が99%となっているほか、ユーザーにおける量子回路の実験ではジョブ成功率は99.4%超となっている。

現在、量子データセンターは同社のニューヨーク州ポキプシーの拠点と、ドイツ・エーニンゲンで稼働していることに加え、今後稼働を予定しているものも含め米国、日本(東京大学理化学研究所)、韓国、インドで計9台の量子コンピュータがオンサイトで稼働。

  • ニューヨーク州ポキプシー内のデータセンター

    ニューヨーク州ポキプシー内のデータセンター

ソフトウェアに関しては、2017年に提供を開始した量子SDK(Software Development Kit)「Qiskit」が鍵となる。堀井氏は「量子ビットの操作をサポートし、例えばどのような操作を定義したり、量子コンピュータの結果を後処理し、アプリケーションが求める値に変換したりするなど、ソフトウェアライブラリになっている。各社でさまざまなSDKを提供しているが、量子アプリケーションを開発するうえでのデファクトとなっている」と説く。

エコシステムについては、IBM Quantum Networkに産業から50以上、商業パートナー・スタートアップが65以上、学術・研究機関が170以上の計300以上の組織が参画している。最新の量子コンピュータ「IBM Quantum System Two」は米国以外で初めて理研に設置されているほか、東京大学のIBM Quantum ハードウェアテストセンターはTDKやフジクラ、キーコム、I-PEXなど、量子コンピューティングのコンポーネントの開発に取り組む企業を支援している。

  • 理研に設置されている「IBM Quantum System Two」

    理研に設置されている「IBM Quantum System Two」

同氏は「現在、量子ビットの増加に伴い量子ビット間の接続も増えてきていることから、外部からケーブルを経由してマイクロ波を送らなければならないが、ケーブルの数が膨大であり、マイクロ波の集積化が1つのテーマになっている。集積すればするほど熱もあることから、どのように正確にマイクロ波を届けるかが重要であり、計算結果を量子コンピュータの外に出すことも難しく、今後の量子コンピュータの発展に必要なため、東大で取り組んでいる」という。

量子優位性の定義とIBMの取り組み

ここまで、3つの側面から同社の量子コンピュータの変遷をたどってきたが、ここからはIBM Quantum Developer Conferenceで発表された内容を紹介する。冒頭、触れたように同社は2026年末までの量子優位性の達成と、2029年までのフォールトトレラント(耐障害性)量子コンピューティングの提供に向けて、各種の施策に取り組んでいる。

量子優位性とは、量子コンピュータで実行される情報処理タスクが「分離性」と「検証性」の2つの条件を満たすことだ。分離性は、古典コンピュータ単体では不可能な高い計算効率と精度を低コストで実現することを指し、検証性は出力の正確性を厳密に検証可能であることを指す。

現在、量子コンピュータ業界では量子優位性達成の論文が多いが、IBMはその達成度と検証性を追跡するための「Advantage Trackers」、高性能な量子ソフトウェアと補完し合うアーキテクチャを採用し、量子優位性の実現を目指す最新の量子プロセッサ「IBM Quantum Nighthawk」を発表している。

  • 量子プロセッサ「IBM Quantum Nighthawk」

    量子プロセッサ「IBM Quantum Nighthawk」

特徴としては120個の量子ビットを四角格子状に配置して搭載し、218個のチューナブルカプラーで4つの最近傍と接続され、IBM Quantum Heronプロセッサと比較してカプラー数が20%以上増加。

従来のプロセッサと比べて30%複雑な回路を高精度かつ低エラー率で実行を可能とし、最大5000の二量子ビットゲートを実行でき、分子の基底状態エネルギーを求めるなど、分子の内部構造解明に不可欠な高度な計算も可能だという。

さらに、量子優位性を追求するためには、開発者は回路を高度に制御でき、計算中に発生するエラーを緩和するためにHPC(スパコン)を活用する必要がある。そのため、既存のHPC環境上で量子プログラミングをネイティブに実行できるように、C-APIを基盤としたQiskitのC++インタフェースの提供を開始している。

フォールトトレラント量子コンピューティングへのロードマップ

一方、フォールトトレラント(耐障害性)量子コンピューティングの提供に向けては、ポキプシーのデータセンターにおいて実装を進めている。2029年に200量子ビットの「IBM Quantum Starling」、2033年に2000量子ビットの「同Blue Jay」の提供を予定。

  • 「IBM Quantum Starling」

    「IBM Quantum Starling」

そのために必要なプロセッサコンポーネントをすべて実証したことを初めて示す、実験的な112量子ビットのプロセッサ「IBM Quantum Loon」を発表している。同プロセッサは、実用的かつ高効率な量子エラー訂正に必要な構成要素を実装・スケールするための新しいアーキテクチャを検証する予定だ。

  • 「IBM Quantum Loon」

    「IBM Quantum Loon」

すでに、複数の高品質・低損失の配線層を導入し、近傍カプラーを超えて同一チップ上で遠く離れた量子ビットを物理的に接続するための長いオンチップ接続(c-coupler)の経路を提供する技術や、計算の合間に量子ビットをリセットする技術など、プロセッサに組み込まれた機能を実証している。

さらには、ニューヨーク州のAlbany NanoTech Complexにある300mmウェハ製造施設で量子プロセッサウェハの主要な製造を行うことを発表し、最先端の半導体製造装置と常時稼働の環境で量子プロセッサの性能向上・改良・機能拡張のサイクルを迅速化。

  • ニューヨーク州のAlbany NanoTech Complexにある300mmウェハ製造施設

    ニューヨーク州のAlbany NanoTech Complexにある300mmウェハ製造施設

これにより、量子ビットの接続性、密度、性能を向上させることが可能とし、各新プロセッサの製造に要する時間を半分以下に短縮し、研究開発スピードを2倍に向上したほか、量子チップの物理的複雑さを10倍に拡大しているという。

最後に堀井氏は「このように当社は2026年の量子優位性の達成、2029年までのフォールトトレラント量子コンピューティングの提供に向けて、着実にステップを踏んでいる。ハミルトニアン・シミュレーション(量子コンピュータで物質のエネルギーや動きを再現する技術)や最適化、機械学習、微分方程式など、さまざまな適用領域において量子コンピュータを実用的に利用するため試みを進めている」と述べていた。