業界知識を内包したエージェント群発表 - AI活用を現実路線に

Inforは今年10月、ストックホルムで開催した年次イベント「Infor Velocity Day Nordic」において、クラウド型ERPを提供するAI活用戦略の中心に業界特化型のAIエージェントを据える方針を明確にした。企業が長年取り組んできた自動化の延長ではなく、AIが業務を遂行し、現場で意思決定を支援する段階に踏み出したことを示す発表となった。

  • Inforが新たに提供する業界特化型のAIエージェント群

    Inforが新たに提供する業界特化型のAIエージェント群

基調講演の冒頭で、CMOのカーステン・アレグリ・ウィリアムズ(Kirsten Allegri Williams)氏は、企業のテクノロジー投資が十分な成果を上げていない現状を指摘した。McKinseyの調査によると、世界3,600社のうち75%が「3年以内に20%以上の生産性向上」を期待しているものの、それを実現できた企業は30%に満たないという。生成AIにおいては、投資対効果を得た企業はわずか5%(MIT調査)にとどまる。

  • Infor CMOのカーステン・アレグリ・ウィリアムズ氏

    Infor CMOのカーステン・アレグリ・ウィリアムズ氏

  • テクノロジー投資の効果を得られた企業はわずか5% 引用:McKinsey

    テクノロジー投資の効果を得られた企業はわずか5% 引用:McKinsey

この「期待と現実の乖離」を「価値の空洞」と定義したウィリアムズ氏は、この課題を埋める鍵は「業界固有のプロセス、用語、KPIを正しく理解し、それをAIが実行レベルで支援すること」にあると述べた。これこそが「価値を生むAI」への第一歩だと強調した。

AIエージェントを管理する新製品「Infor Agentic Orchestrator」

InforのAIエージェントは、製造業、流通業、サービス業といった主要産業向けに設計され、各業界のチームと並走しながら、重要なワークフローの管理と自動化を担う。Amazon Web Services(AWS)上にネイティブに構築され、Amazon Bedrockを利用して高性能な大規模言語モデルに柔軟にアクセスできる点も特徴である。

基盤となるのは、同社コンサルティング部門が管理する業界別プロセス実装手法群のIndustry Process CatalogsおよびValue Maps。これらの知識体系をもとに、業界固有のベストプラクティスを理解したうえで業務を支援することが可能となる。

AIエージェントを管理するのは、Infor Industry Cloud Platform上に実装された新製品「Infor Agentic Orchestrator」である。これはInforおよび外部システム、データ、モデル間の連携を調整する仕組みで、Amazon Bedrockによるモデル選択、LangChainによるマルチステップ処理、セキュリティ・監査性・説明可能性を担保するガバナンス機能などを組み合わせている。

これにより、「単一タスクをこなすエージェントから、複数のステップを伴うプロセス全体を自律的に処理するエージェントまでスケール可能となり、すべての工程を可視化したうえで人の管理下に置くことができる」とCTOのソマ・ソマスンダラム(Soma Somasundaram)氏は説明した。

  • Infor CTOのソマ・ソマスンダラム氏

    Infor CTOのソマ・ソマスンダラム氏

また、既存のProcess MiningツールのAI強化も同時に発表された。AIを活用して業務プロセス全体を分析・可視化し、非効率な箇所や遅延を特定するだけでなく、生成AIによる自動要約で改善提案を提示する機能を追加した。これにより、業務の流れをエンド・ツー・エンドで把握し、継続的な最適化につなげることが可能となる。

このプロセスマイニングとAIエージェントを組み合わせることで、「将来的にはAIが自律的に問題を検知・修正する“自己修復型AI”を目指す」と、CEOのケヴィン・サミュエルソン(Kevin Samuelson)氏は述べた。「現時点では人の承認を前提とした運用だが、将来的にはAIが継続的に業務を監視し、改善サイクルを自動化する仕組みを視野に入れている」(同氏)

  • Infor CEOのケヴィン・サミュエルソン氏

    Infor CEOのケヴィン・サミュエルソン氏

クラウド移行支援プログラム「Infor Leap」発表

課題は、多くの企業がいまだERPをオンプレミス環境で運用していることだ。

Inforが重視するのは、AIを単なる概念やデモンストレーションにとどめず、確実に価値を生む仕組みとして業務に組み込むことである。そのためにも、ERPのクラウド移行は欠かせない。Forresterの調査によれば、ハイパフォーマンスITリーダーの74%がERPモダナイゼーションを優先課題と位置づけていると、ケヴィン・サミュエルソン氏は指摘した。

こうした背景を踏まえ、Inforは新たなクラウド移行支援プログラム「Infor Leap」を発表した。これは、AI活用を見据えたクラウドシフトを促進するための提案であり、移行を妨げてきた「実装の遅延」と「コスト超過」という2つの障壁を直接的に解消するものだ。

Infor Leapは、固定料金と納期保証(On-Time、On-Budget)を採用し、スコープの拡大によるコスト膨張を防ぐ。さらに、既存業務を分析し、標準化されたテンプレートに基づく実装を行うことで、移行期間を短縮する仕組みを整えた。顧客がリスクなく移行に踏み切れるよう、“Love it or leave it(納得できなければ離脱可能)”というオプトアウト条項も導入している。サミュエルソン氏は「AI導入においてこそLeapの価値が発揮される。業務を移行してから再構築する必要はない」と述べ、AIとクラウドを一体で進める現実的な道筋を示した。

成果を生むAIの現実的条件とは

AI導入の効果は、すでに一部の顧客で表れ始めている。英国のフォークリフトメーカーCombiliftでは、AIエージェントを導入してアフターサービス業務を自動化し、サービスコストを40%削減、初回修理成功率を30%向上させた。さらに、部品供給や在庫管理の最適化により、1件あたりの売上が30%増加したという。AIが業務のどの領域で実際に価値を生み出せるのかを示す具体的な事例である。

サミュエルソン氏はインタビューで、日本企業が慎重であることは正しいとしつつ、変化を恐れず段階的にAIを取り入れる企業が次の競争力を得ると述べた。Inforは製造、流通、食品など複雑なバリューチェーンを持つ日本市場を重点領域に位置づけ、AWS東京リージョンでのデータ主権対応や現地パートナーの拡充を進めている。

AIは単なる自動化をもたらすわけではない。意思決定をAIに委ねる段階へと移行しつつある。どこまでをAIに任せ、どこからを人が統制するのか。その線引きを設計できるかどうかが企業の成熟度を左右する。Inforの取り組みは、AIの未来像を語るものではなく、AIをどう扱い、どのように責任を共有していくかという現実的な問いを提示している。