日本HPは10月3日、働く人々の生産性と創造性を高め、企業の変革、ウェルビーイングの向上を後押しする「Future of Work」(未来の働き方)戦略の一環として、「オンデバイスAI」の最前線を紹介するイベントプライベートイベント「HP Future of Work AI Conference 2025」を東京国際フォーラム(東京)で開催した。
本稿では、早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏が、「AI時代の経営戦略と組織進化~創造性と競争力を両立する未来の働き方~」というテーマの下で行った基調講演のポイントを紹介しよう。
After AI企業とBefore AI企業の違いとは
入山氏が最初に語ったのが、After AI企業とBefore AI企業についてだ。After AI企業とは、組織の作り方、人のあり方、戦略、仕事のやり方すべてがAIベースの企業で、最初からAIありきで事業を行う企業を指す。一方、現在多くの企業が該当するBefore AI企業は、現在の業務にAIを活用していこうとしている企業を指す。
同氏がAfter AI企業の例として挙げたのが、AIロボティクスという化粧品の通販の会社だ。同社の昨年度の売上は約70億円で、今年度の売上は約142億円に倍増した。そして、来年度は280億円の売上を想定しているが、従業員数は27名だという。つまり、来年度は一人あたりの売上は10億円を超えることになる。
「今年から出てくる会社は全部After AI企業です。つまり、AIを前提として組織を作ります。そうすると、1人当たりの付加価値は10億円です。だから、(Before AI企業は)After AI企業に勝てない可能性があります。Before AI企業にとってAIはチャンスですが、相当な変革を行わないとAfter AIの会社に勝てないと思います」と、入山氏は警鐘を鳴らした。
競争優位の源泉は会社の中のデータ
では、Before AI企業はどう変革していけばいいのか。入山氏はAI以外のところに競争力の源泉があり、それとAIが組み合わさることで初めて企業の競争優位の源泉となると指摘した。同氏がいうAI以外のところとは、会社の中に眠っているデータだ。
「現在、データの1%しかAIに食わせていません。残りの99%はみなさんの会社の中にあります。つまり、みなさんの会社の中には、まだ非構造化状態でAIに食わせてないデータや情報がいっぱいあります。書類やみなさんの体の中にあるかもしれません」(入山氏)
差別化のポイントは「プライベートAI」
最近は、ChatGPTやGoogleのGeminiなどの生成AIが活用されているが、これらは基本的にネット上に出ているデジタル化された情報だけを利用しており、「パブリックAI」と呼ばれる。しかし、入山氏はパブリックAIを利用しているだけでは差別化できないと指摘した。差別化のポイントは「プライベートAI」だという。
「これからの勝負はプライベートAIです。一社一社がそれぞれのAIを持つようになり、それに絶対外には出てこない会社の中の情報を構造化して食わせると、企業ごとに違うAIになり、そこで初めて差別化できます。今年の後半からこのプライベートAIの仕込みがどんどん始まり、おそらく来年はプライベートAI一色になるというのが私の理解です」(入山氏)
そのため、現在は多くの人がクラウド上のパブリックAIを活用しているが、今後は、自社のサーバやPCで稼働させる「ローカルAI」が重要になる。
「良いAI PCを持って、外に出さない会社の重要な情報をローカルAIに食わせて、それとクラウド上のAIとうまく連携させていく時代です。ローカルAIがプライベートAIの源泉になって、競争力の差別化ポイントになっていくということです」(入山氏)
After AI企業になることを阻む経路依存性
Before AI企業がAfter AI企業になるためには大きな変革が必要だが、入山氏は、それを阻むのが経路依存性と語った。
「全体が複雑だけれど、うまく噛み合っているから会社は回ります。うまく噛み合っているから、どこか1箇所だけが時代に合わないからといって変えようとしても、会社全体は変えられません。これを経路依存性といいます」(入山氏)
では、経路依存性を打破して、イノベーションを起こすためにはどうすればいいのか? それには、既存の知と別のところにある既存の知による新しい組み合わせを探索することが必要だという。
「人間の認知には限界あるので、目の前のものだけを見て組み合わせる傾向があります。創業うん10年という企業は、同じ業界にいて、同じ場所にいて、同じ人に囲まれて、目の前の知と知の組み合わせを散々やっているわけです。そこからは、絶対にイノベーションは出てきません。なるべく自分から離れた遠くの知を幅広く見て、それを持って帰り、自分が持っている知と組み合わせるということが何よりも重要です」(入山氏)
入山氏は、既存の知と別のところにある既存の知の組み合わせで成功した企業として、トヨタ自動車とカルチュア・コンビニエンス・クラブを挙げた。
「トヨタ生産システム(カンバン方式)は、当時のスーパーイノベーションです。あれは大野耐一さんという伝説のエンジニアが、アメリカのスーパーマーケットの仕組みを持ち帰って作り上げたものです。TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブは、創業者の増田さんが消費者金融のビジネスを持ち帰って組み合わせてレンタルの仕組みをつくりました。こうやって離れたものを組み合わせることが重要です」(入山氏)
イノベーションを起こすために重要な両利きの経営
そして、入山氏がイノベーションを起こすために重要な理論として挙げたのが、「両利きの経営(Ambidexterity)」だ。
両利きの経営とは、新たな知と知の組み合わせを探す「知の探索」と、事業を深化させる「知の深化」を両立させていくことだという。
「たくさんの組み合わせを試してみて、これはもうかりそうだと思ったら、今度はそれを徹底的に深掘りして、磨き込んで、安定化させ、歩留まりを上げて、しっかり儲ける。この両方が重要です。この探索と深化が高いレベルでバランスよくできる企業組織、経営者、ビジネスパーソンがイノベーションを起こせる確率が高いと思います」(入山氏)
入山氏は、「知の深化」はAIの得意分野だが、「知の探索」は人間しかできないため、人材を「知の探索」にシフトすべきだとアドバイスして講演を結んだ。
「みなさんの会社の優秀な人材は、人間がやる必要がない知の深化に時間を取られすぎています。経費精算や勤怠管理、これから財務管理もAIがやってくれます。そういうものを全部AIに任せて、人間しかできない知の探索に優秀な人材、リソース、エネルギーを振ってほしいと思います。人材のシフトです。みなさんの会社では、真ん中の仕事をしている人(中間管理職)が多いと思います。その人を、上流(経営)か下流(現場)の、より価値が上がるほうにシフトできるかどうかが剣が峰です」(入山氏)

