東邦大学は10月10日、精管の過収縮が「射精管閉塞」などに関連して男性不妊の一因とされている中、サバやイワシなどの青魚に豊富に含まれる脂肪酸である「ドコサヘキサエン酸」(DHA)が、その精管平滑筋の収縮を抑制することを発見したと発表した。
同成果は、東邦大 薬学部 薬理学教室の小原圭将准教授、同・吉岡健人講師、同・薬学部 薬化学教室の日下部太一講師、同・高橋圭介准教授、同・加藤恵介教授、同・薬学部 薬理学教室の田中芳夫教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本薬学会が刊行する薬学と健康科学を扱う英文学術誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」に掲載された。
男性不妊治療の新たなアプローチ確立に期待
健康維持に重要な栄養素として広く知られるDHAは、サバやイワシなどの青魚に豊富に含まれる「n-3系多価不飽和脂肪酸」だ。その有益な作用として、疫学・臨床研究では心血管疾患リスクの低減、血圧や脂質の改善、脳機能の維持・認知機能低下の予防などが報告され、基礎研究では抗炎症作用、神経保護作用、血管・消化管平滑筋の収縮抑制などが示されている。これらの作用の多くは長期的な摂取により発現するとされ、DHAは炎症性メディエーター(体内で炎症を引き起こす物質)の産生経路である「アラキドン酸代謝」を抑制し、炎症を鎮めることが知られている。
しかし、摂取直後から現れる急性(即時的)作用については、十分な検討が進んでいなかった。研究チームはこれまでに、DHAが血管や消化管の平滑筋収縮を即時的に抑えることを発見している。この即時的作用の分子標的や作用経路の解明が、新たな生理作用や臨床応用の可能性につながるとしていた。
そこで研究チームは今回、男性生殖機能に関わる精管に着目。精管は、射精時に精子を送り出す重要な器官であり、その過度の収縮は精液の通過障害や運動精子数の低下につながるため、男性不妊の原因となることがある。今回の研究では、雄ラットの精管平滑筋標本を用い、ノルアドレナリン誘発性収縮に対するDHAの即時的効果を評価したという。
今回の検討では、収縮に必要なカルシウムイオン(Ca2+)の流入経路が着目された。平滑筋収縮の主要経路の1つである「L型Ca2+チャネル」は、膜電位依存性のCa2+チャネルで、脱分極により開口して持続的なCa2+の流入を生じさせる。しかし、このチャネルの抑制薬「ベラパミル」でその経路を遮断しても、初期相の収縮の大部分は残存するが、DHAはこの残存する収縮成分を有意に低下させることが確認された。
さらに、陽イオンチャネルである「TRPC3/6チャネル」を選択的に抑制する薬物である「GSK417651A」や「Pyr10」と同様の抑制パターンが示された。この結果から、DHAは主としてTRPC3/6チャネルを標的とし、そこからのCa2+流入を抑えることで、精管平滑筋の収縮を弱めることが考えられるとした。一方、TRPC3/6の発現が低い前立腺では、DHAの抑制はほとんど認められなかったとのこと。つまり、この作用は組織によって異なるということであり、この差は各組織のチャネル発現プロファイルの違いに起因する可能性が明らかにされた。
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精管平滑筋におけるDHAの作用機序。ノルアドレナリン(NA)は、α1Aアドレナリン受容体(α1A受容体)を介し、L型Ca2+チャネルとTRPC3/6チャネルからのCa2+流入を促し、精管平滑筋の収縮を引き起こす。これに対してDHAは、主にTRPC3/6チャネル経路を選択的に抑制。収縮初期に生じるCa2+流入を減少させることで、収縮反応を即時的に抑制することがわかった(出所:東邦大Webサイト)
以上より、DHAはTRPC3/6チャネルを介したCa2+流入を抑えることで、精管平滑筋の収縮を即時的に抑制することが解明された。この成果は、DHAの新たな生理作用の解明に寄与すると共に、精管の過収縮に伴う症状の軽減に向けたアプローチとなる可能性が示唆される。
また、今回の研究で有効だったDHA濃度は、食事やサプリメント摂取後に報告されるヒト血中DHA濃度の範囲とおおむね重なることも確認された。この点は、臨床応用に向けた検討価値が高いことを示唆するものとしている。