富士フイルムは9月10日、DX推進の戦略と新たな取り組みを紹介する記者説明会を開催した。説明会では人材育成の取り組みの他に、AI活用の戦略と事例などが紹介された。

富士フイルムグループ全体のDX戦略ビジョン

富士フイルムグループはパーパス(社会における存在意義)を「地球上の笑顔の回数を増やしていく」と定めている。このパーパスを実現するために重要なのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)だ。

同社のDXの方向性を決定付けるビジョンが、「イノベーティブなお客様体験の創出と社会課題解決」「収益性の高い新たなビジネスモデルの創出と飛躍的な生産性向上」の2点である。これらのビジョンの下、セキュアで柔軟なITインフラと人材を土台に、製品・サービスや業務のDXをそれぞれ進めている。

  • 富士フイルムにおけるDXの全体像

    富士フイルムにおけるDXの全体像

DXの推進体制は、CEOを議長とするDX戦略会議が策定した戦略を各事業部門が実践するトップダウン型と、デジタル変革委員会やDX実践者コミュニティなど現場が主導するボトムアップ型の双方向。人事・経営企画といったコーポレート部門やICT戦略室がこれらの活動を支援する。

2021年に策定した「DXロードマップ」では、ステージI(機能価値の継続提供)、ステージII(利用価値の継続的な最適化)、ステージIII(ステークホルダーと連携し新たなビジネス生態系を形成)の3つのステージを定めた。これまでに多くの事業でステージIまたはIIを達成し、複数の事業がステージIIIに到達したそうだ。

執行役員 CDO(Chief Digital Officer)でICT戦略部長を務める杉本征剛氏は「さらなるDXの加速に向けて、現在はグループ全体のITシステムの現状やICT共通施策の推進状況、DXの効果を可視化する、ICTマネジメント施策『CDOダッシュボード』の導入を検討中。2025年度中に運用開始予定」だと、紹介した。

  • 富士フイルム 執行役員 CDO ICT戦略部長 兼 イメージング・インフォマティクスラボ長 杉本征剛氏

    富士フイルム 執行役員 CDO ICT戦略部長 兼 イメージング・インフォマティクスラボ長 杉本征剛氏

ダッシュボードで可視化するのは、「ICT共通施策の進捗状況」「セキュリティ情報」「ITプロジェクトの事業貢献度」「IT予算・コスト」の4項目。取得するデータはICT戦略部だけでなく、全従業員が対象となる予定だ。

これにより、全従業員がDXの進捗に関する客観的な情報を入手できるようになり、評価の納得感や事業貢献の実感につながると考えられる。

  • CDOダッシュボードの概要

    CDOダッシュボードの概要

DX人材をどうやって育てるべきか、それが問題だ

富士フイルムはDXビジョンの実現に必要な人材を、「ハイブリッド人材」「DX活用人材」「IT専門人材」の3類型に設定している。このうち、ハイブリッド人材は各事業部から選抜されたDX推進のリーダー的存在であり、事業領域の専門性にITの知識を組み合わせて新たなビジネスモデルを構築できる人材だ。

また、DX活用人材は全従業員が対象となる。各種ツールを使って業務効率化に取り組む人材がこれに相当し、同社では全従業員がAIエージェントを作れるようになることを目指している。IT専門人材はその名の通り、ITに関する専門知識やスキルを用いて事業のDXを支える。

DX人材の育成においては、IPA(情報処理推進機構)が定める「DX推進スキル標準(DSS-P)」を活用。アセスメントにより全従業員がそれぞれ保有するスキルを評価し、DSS-Pと照らし合わせて身に付けるべきスキルを可視化する。

その後、人事など関連部門と連携して必要な教育や研修を提供する。さらなる成長が期待される社員については、ブートキャンプ形式や実務レベルでの研修を実施し、デジタルを前提としたビジネスモデルへ業務変革を図るハイブリッド人材へと育てる。

  • DSS-Pを採用した人材育成

    DSS-Pを採用した人材育成

人材育成においては、意欲のある社員とそうでない社員によって、スキルや経験に差が開いてしまう課題がある。こうした課題に対し、誰も取り残さない人材育成を進めるため、同社ではまずDX基礎知識教育から開始し、マインドセットの定着を図った。

最初に「なぜDXが必要なのか」「DXをどう推進すべきなのか」を伝え、その後に具体的な知識習得へと進む。また、現場業務に理解のあるハイブリッド人材が研修の講師を担当することで、より具体的なDXの進め方や実践のヒントを提供しているそうだ。こうした取り組みが、全社員のDXスキルの底上げに寄与している。

  • DX人材育成

    DX人材育成

また、同社は今後、AIを活用したコーチングを導入する予定だ。これは、上記のDSS-Pと照らし合わせて可視化した各個人のDXスキルに対し、富士フイルムの研修内容やOJTのデータを学習したAIが強化すべきスキルを提案するという仕組み。

各従業員は組織のミッションや自身の目指す人物像に合わせて、AIが提示した研修・OJTの中から適したものを実施する。研修・OJT後の成長状況はAIによって再度DSS-Pに照らして可視化され、次の成長目標へと進めるようになる。

  • AIを活用したコーチング

    AIを活用したコーチング

生成AI、AIエージェントの活用を推進中

AIを中心としたDXが主流となる中で、富士フイルムは「人間中心」「目的重視」をDXの方針としている。MI(Materials Informatics:材料工学)など特定領域の研究者を対象としたAI活用や、LLMおよび生成AIによる汎用的な業務サポートを経て、現在はAIエージェントの活用を進めている。

AIの活用に伴うリスクを低減するため、同社はCEO配下組織となるAI CoE(Center of Excellence)を中心に、リスク管理部門や法務、各地域の本社と連携し、グローバル全体でAIガバナンス体制を強化した。AI利用に伴うリスクを多面的に評価し対策を講じることで、信頼性のあるAI利用を促す。

  • AIガバナンス体制

    AIガバナンス体制

チャット型生成AI「Fujifilm AI Chat」

続いて杉本氏は、AI活用の事例を取り上げた。まず、全社的な生成AIの活用として、「Fujifilm AI Chat」と「Fujifilm AI Hub」を紹介した。

「Fujifilm AI Chat」は自社開発のチャット型生成AI利用環境で、2025年6月にグローバル全体で約7万人が利用を開始した。MAU(Monthly Active Users:月のアクティブユーザー)は約2.1万人。特に非IT職種で利用が拡大しているという。

国内では経理部門や知財部門など専門的な知識や経験が求められる業務においても効率化に貢献しており、中でも翻訳や校正業務で利用効果が顕著で、年間最大1.2万時間の削減が期待される試算だという。グローバルでは年間約40万時間の業務削減が見込まれている。

AIエージェント「Fujifilm AI Hub」

一方の「Fujifilm AI Hub」は新たにリリースしたエージェント型生成AI利用環境。2025年7月に国内の約3.6万人に展開を完了し、年度内にはグローバル約7万人に展開予定だ。このツールは非IT部門など一般の従業員でも必要なAIエージェントを作成でき、すでに1000件を超えるAIエージェントが稼働を開始しているそうだ。各従業員が作成したAIエージェントは組織内で共有可能。

  • 全社的な生成AI活用の事例

    全社的な生成AI活用の事例

ボトムアップ型の生成AI活用の事例

続いて、ボトムアップ型の生成AI活用の事例が紹介された。従業員が日常業務において生成AIなどを活用できる環境を整備した結果、AIを活用したコンテストや勉強会などの活動が活発化したという。

生成AI勉強会は、生成AIの活用を促進するためにAI CoEと連動し、社内技術や最新リリースのキャッチアップをサポートする。2023年から開催しており、これまでに延べ1万人以上が参加した。

また、従業員同士がAIやDXに関する情報共有や疑問解消などを行うAI/DXコミュニティは、各コミュニティにそれぞれ約1万人の従業員が参加しているとのことだ。

  • 生成AIに関するボトムアップ型の活動例

    生成AIに関するボトムアップ型の活動例