IBMが今年4月に発表し、6月に出荷を開始したIBMの最新メインフレーム「IBM z17」。開発・生産拠点は米ニューヨーク州のPoughkeepsie(ポキプシー)だ。本稿では、同地で行われたプレスツアーの内容を紹介する。

近年では、国内で何かと話題を振りまくことの多いメインフレームだが、それもそのはず。国内の大手プレイヤーだった日立製作所が自社製メインフレームのハードウェア製造から撤退し、富士通では2030年にメインフレームの製造、2035年にサポートを終了する計画を発表した。

また、経済産業省は「2025年の崖」に関するDXレポートにおいて、メインフレームを含むレガシーシステムが足かせになる可能性を指摘するなど、暗い話題が多いのも事実。しかし、そんな市場において奮闘しているのがIBMだ。同社は4月に最新のメインフレームを発表。レガシーではなく、AI基盤としての先進プラットフォームとも位置付けている。しかも今回だけでなく、同社ではメインフレームの最新機種を2年半~3年のスパンで発表し続けているというから驚きだ。

メインフレームは世間的にレガシーと括られるイメージがある一方で、猛烈な勢いで常に開発を進めている企業がある。こんなにも温度差が異なると、逆に知りたがるのが人間というものだ。

そんなことを考えていると、IBMから一通のメールが届いた。思いもしないメインフレームに関するプレスツアーのものだった。なぜ、同社ではいまだにメインフレームの開発を続けるのか?そして今後のメインフレームビジネスの方向性について探るため、現地に向かった。

3世代を同時並行で開発するIBMのメインフレーム

ポキプシーの拠点は1941年以来、第二次世界大戦中の軍備製造から最新世代のメインフレームコンピュータの開発・製造まで支援。現在は最先端のメインフレームコンピューターを製造し、ニューヨーク州・マンハッタンから車で2時間弱の場所に位置している。

まず、IBM Fellow, Vice President and CTO IBM ZのKevin Stoodley氏は、メインフレームについて、以下のように説明する。

「メインフレームとは、データサービスやトランザクション処理のワークロードを大規模に、安全に、持続可能に、高性能で実行するために設計されたエンジニアリングシステムです。これらの特性は後付けできるものではなく、設計段階から組み込まれている必要があります。2014年からインストール容量は3倍に拡大しています。IBM Zの特徴の1つは、業界で唯一のフルスタック(垂直統合)アプローチを採用していることです」(Stoodley氏)

  • IBM Fellow, Vice President and CTO IBM ZのKevin Stoodley氏

    IBM Fellow, Vice President and CTO IBM ZのKevin Stoodley氏

IBM Zは10年先を見据えたロードマップが存在する。同氏は「自動車メーカーのモデル開発に似ていて、定期的なリズムで新モデルを投入するためには、設計にかかる時間がそのリズムより長いため、3世代を同時並行で開発する必要があります」と話す。

  • 最新のメインフレーム「z17」の外

    最新のメインフレーム「z17」の外観

各メインフレームモデルは、最初のアイデアから市場投入まで約5年かかる一方で、実際の製品リリースは2年半から3年ごとに行われている。その間隔はシステムにどれだけの変更を加えるかによって変動し、開発費は1モデルあたり10億米ドル以上、開発には同社の取締役会レベルで承認される重要な意思決定が必要だ。

  • 2014年からのインストール容量は3倍に拡大してい

    2014年からのインストール容量は3倍に拡大している

すでに次のモデルに数千人、その次のモデルには数百人、さらに次のモデルは数十人のエンジニアが関わっており、同氏は「堅牢で持続可能なプラットフォームに対して戦略的な投資を行っている証であり、世界中の多様な業界の大規模顧客にとっても極めて重要な存在です」と語っている。

  • 「IBM Z」シリーズは3世代を同時並行で開発している

    「IBM Z」シリーズは3世代を同時並行で開発している

開発の過程では、世の中の動向をある程度予測する力も求められる。たとえば、前世代のモデルで「パーベイシブ暗号化(全体的な暗号化)」を導入した際、当時サイバー脅威は世間的に大きく取り上げられていなかったが、犯罪の増加を予測してデータを暗号化で保護する必要性が高まることを見越し、専用の暗号化アクセラレータを設計。これは「もし脅威があるなら」ではなく「いつ脅威が起きるか」という前提で設計されたものだからだという。

AIの台頭も同様だ。同氏は「AIは世間で話題になり、過剰な期待もあります。IBMの役割はその“バズ(話題)”から“ハイプ(誇張)”を取り除き、真の価値を見極めることです。IBMは詩を書くようなAIではなく、クレジットカードの承認トラフィック規模での不正検知など、実用的なAI推論に注力しています。z16と17では、こうしたユースケースに特化したアクセラレータを設計しました。z16は3年前に発表しましたが、設計は8年前にスタートし、当時のAIに関する議論は現在とは比べものにならないほど少なかったのです」と説明する。

AIの処理能力は前世代比で7.5倍のスループットを達成しており、1ミリ秒以内で1日あたり4500億回の推論処理の実行が可能。Stoodley氏は「GPUを使った一般的なAI処理では、応答時間は30~50ミリ秒程度ですが、クレジットカードの承認処理のように、同時に大量のトランザクションが発生する場面では、1ミリ秒以内で処理できなければビジネスモデルが成立しません。IBM Zはその要求に応えられる唯一のプラットフォームなのです」と胸を張る。

  • 「z17」の概要

    「z17」の概要

またもう1つ、差別化要因として垂直統合型の設計アプローチを挙げている。これはイノベーションの重心に縛られることなく、スタック全体で革新を起こせるという利点があるとのことだ。半導体研究からマイクロプロセッサ設計、システム設計、OSやハイパーバイザーの実装、コンパイラ、ランタイム、ツール、ミドルウェアに至るまで、すべての層で最適化を行っている。

一例として、AI推論ではマイクロプロセッサに専用アクセラレータを組み込み、仮想化層やOS層を通じてその機能を公開し、PythonなどAIに不可欠な言語をサポート。AIフレームワークやデータ準備ツールでも最適化を行い、予測AIをシームレスに実行できるようにしている。同氏は「マイクロプロセッサだけを設計していたら、これらすべてを実現することはできません」と断言する。

「メインフレーム+クラウド」でより高い価値を生む

続いて、Principal Product Management GTM Lead, IBM Z SoftwareのPete McCaffrey氏がハイブリッドクラウドにおけるアプリケーションのモダナイゼーション(近代化)について解説した。同氏は「当社のメインフレームは“安全なトランザクション処理”で世界最高の技術を持ちますが、それを実現するにはハードウェアだけでなく、それを最大限に活用するトランザクション処理のソフトウェアが必要です」と強調している。

  • Principal Product Management GTM Lead, IBM Z SoftwareのPete McCaffrey氏

    Principal Product Management GTM Lead, IBM Z SoftwareのPete McCaffrey氏

McCaffrey氏によると、企業では急激な変化を伴うビジネス環境においてアプリケーションのモダナイズが必須になっているという。そして、どのようにアプリケーションをモダナイズしてビジネス目標の達成や収益成長、イノベーションの導入などに貢献するのかということが課題として多いとのこと。

同氏が聞かれる質問の1つに「なぜメインフレームアプリケーションをモダナイズする必要があるのか?」というものがあり、これに対してビジネス的な要因と技術的負債の削減の2つの理由を明示した。

ビジネス的な要因としては、コアとなるビジネスデータそのものがメインフレーム上で稼働しているため変革しようとする場合は、アプリケーションのモダナイゼーションが不可欠になる。

そして、これらのアプリケーションは長期間にわたり開発されてきたものもあり、技術的負債が蓄積されているというわけだ。ここでモダナイゼーションという言葉が登場するが、2つのアプローチがある。1つはAWS(Amazon Web Services)などが定義する「オンプレミスのメインフレームアプリケーションをクラウドに移行する」、もう1つが「メインフレームとクラウドを組み合わせて活用する」というアプローチ。

Gartnerでは、メインフレームモダナイゼーションを「現在のビジネスに合わせて、メインフレームのアプリケーションとインフラを変革するプロセス」と定義し、俊敏性、コスト効率、統合性の向上を目的としている。

IBMの戦略としてMcCaffrey氏は「『メインフレーム+クラウド=より高い価値』という視点です。このアプローチは迅速でリスクが少なく、コスト効率が高いです。なぜなら、何百万行ものコードや何十年もの投資を捨てて、すべてのアプリケーションをゼロから書き直す必要がありません。イチから完全に構築するには10年かかることもあります」と述べている。

通常、アプリケーションコードは新しいビジネス要件がない箇所を書き直す必要がなく、8割はそのままでも問題がないことから、残る2割がモダナイゼーションの対象となる。そのため、メインフレーム+クラウドのメリットである迅速かつコスト効率が高く、リスクが少ないを実現できるという。

IBMはこの領域にフォーカスしている。世界のトランザクション処理の約70%は依然としてメインフレームであり、経営層の80%がメインフレームアプリケーションが自社のデジタル変革に重要だと回答していると、同社の調査結果を引き合いに出す。

  • 世界のトランザクション処理の約70%は依然としてメインフレームにあるという氏

    世界のトランザクション処理の約70%は依然としてメインフレームにあるという

同氏は「多くのビジネスルールが既存のメインフレームに組み込まれています。ここに来て新たな要素としてAIが登場したことは重要です。AIはアプリケーションの理解を深め、リファクタリングや分割を支援し、テストの効率化や新機能の追加を容易にします。つまり、モダナイズすべき20%の部分に集中できるだけでなく、AIを活用したツールで強力かつ効果的に取り組むことが可能になっているのです」との見解を示す。

メインフレームが抱える4つの課題

とはいえ、メインフレームに課題があることもMcCaffrey氏も認識している。それは「開発スピード」「コストの問題」「スキルの確保」「大規模アプリケーションの理解と保守」の4点だ。以下は、その課題点とIBMの現状認識だ。

  • 開発スピードの向上
    パブリッククラウド環境でのアプリケーションと同じくらいの速さで、メインフレーム上のアプリケーションも改善していく必要があり、開発ツールの進化とアジャイル性の向上がカギを握る。メインフレームアプリケーションはビジネスに重要なためユーザーは慎重になりがちで、四半期に1~2回しか変更しないというケースもある。しかし、小さな変更を頻繁に行う方がリスクは低く、管理もしやすいことが分かっており、多くのクライアントがこの考え方に移行している。

  • コストの問題
    数年前であればクラウドへの移行がコストは適しているとされてきたが、真のコスト構造が明確に理解されつつある。特定のワークロードでは、メインフレームの方がコスト効率が高くなっている。

  • スキルの確保
    COBOLやPL/Iのプログラマーの不足に加え、大規模で複雑なアプリケーションがドキュメント化されていないため、退職する誰もアプリケーションを理解できなくなるリスクがある。COBOLなどで開発できる人材は見つけられるが、若手の開発者は古いツールを使いたがらないためVS Codeのような統合開発環境(IDE)ツールを提供すれば、メインフレームでも積極的に活用している。問題は言語ではなくツールとのことだ。

  • 大規模アプリケーションの理解と保守
    メインフレームは強力ではあるものの、管理が難しいという印象を持たれている。そのため「IBM Watsonx Code Assistant for Z」はAIを活用して、何百万行にも及ぶメインフレームアプリケーションを分解・可視化し、プログラム間の関係性やビジネスルールの所在を明らかにすることが可能。ドキュメントの整備やトレーニングマニュアルの作成が容易になり、専門家の退職による知識喪失のリスクも軽減される。

“安全なトランザクション処理”を得意とする「IBM Z」

こうした課題に対応するため、IBMでは「メインフレーム+クラウド」を中核にしたハイブリッドクラウド戦略を採用しているというわけだ。メインフレームは戦略の中でも重要な役割を果たしており、生成AIモデルやデータ共有、プラットフォーム統合、DevOpsなどにおいてオープンスタンダードを活用することで共通の開発環境を構築。

多くの企業ではクラウド、オンプレミス、メインフレームと開発者が分断しているが、共通のツールとプロセスを使えば開発者を柔軟に配置し、リソースを共有することが可能になる。この考え方を同社では「Hybrid by Design(設計段階からのハイブリッド)」と呼んでおり、人材不足の解消、市場投入までの時間短縮、メインフレームデータの安全でコスト効率の良い活用ができるという。

また「Fit for Purpose(目的に応じた最適配置)」も重視。例えば、銀行業務ではオンラインバンキングといったパブリッククラウドに最適なアプリケーションと、決済処理などの安全なトランザクション処理を行うメインフレームに最適なアプリケーションを配置するなど、アプリケーションに関する適材適所の考え方だ。

2つの考え方をふまえ、同氏は「顧客との会話は『どのようにシステムを統合してデータを共有し、AIをアプリケーションに組み込むか?』にシフトします。つまり『アプリケーションをAIに移す』ではなく『AIをアプリケーションに持ち込む』という考え方です。特に不正検知やマネーロンダリング対策などのユースケースでは、AIをトランザクション処理環境に組み込むことが有効です」と述べている。

一方で「クラウドの方がコストは安いのでは?」という声も根強く、クラウドとの対比で何度も議論されてきた話題でもある。この点については“安全なトランザクション処理”という観点が重要だ。

具体的に安全なトランザクション処理とは、先の不正検知やマネーロンダリング対策に加え、銀行のコアバンキング(預金・融資・決済など)、クレジットカードの承認・決済処理、ローン申請の審査と処理、決済のクリアリング精算などに求められる。IBMのメインフレームは、この“安全なトランザクション処理”を従来からの強みとしている。

McCaffrey氏によると、複数の独立系調査では安全なトランザクション処理ワークロードをクラウドに移行した場合、コストが3~5倍に拡大するという結果が出ている。そのため「クラウドに移行すればコストが下がる」ということはなく、安全なトランザクション処理はメインフレームの方が適しているとされている。

同氏は「実際に、ある企業ではすべてをクラウドに移行しようとした結果、5~7年かかり、数億ドルのコストが発生し、最も重要なアプリケーションに影響を与えたということがありました。だからこそ、当社は迅速かつ低コスト、低リスクなハイブリッド戦略を推奨しているのです」と力を込めていた。

「メインフレーム+クラウド」、モダナイゼーションの7ステップ

では、企業はイブリッドクラウドにおけるアプリケーションのモダナイゼーションを、どのように実践すればいいのだろうか?McCaffrey氏は以下の「7つの開始ポイント」を提言している。

1. 既存アプリケーションの最適化
アプリケーションをより効率的に動作させ、ハードウェア投資を最大限に活用することが目的。専用プロセッサの活用や、ミドルウェアの最新バージョンへの移行などが含まれる。

2. アプリケーションのモダナイゼーション
アプリケーションの構造を理解・リファクタリングし、新機能を追加してテストの改善を行う。ここではIBMのAIアシスタント活用が重要。

3. システム統合
ハイブリッド環境では、オープンスタンダードに基づくAPIやKafkaなどのイベント処理技術を活用して、クラウドとの連携を強化。

4. データ共有
リアルタイム性が求められる場合はメインフレーム上で共有し、分析やAIモデル開発のためにはクラウドに複製するなど、複数のパターンを使い分けることが可能。

5. DevOpsの導入
CI/CDパイプラインの自動化やテストの効率化など、開発プロセスの高速化と品質向上を目指す。

6. トランザクションへのAI導入
AI推論をトランザクションに組み込むことで、処理の高度化と複雑化に対応。Z17のような高性能マシンとAIアクセラレーターが必要。

7. ワークフローの自動化
AIエージェントを活用して、メインフレームの運用を簡素化・自動化し、強力なプラットフォームでありながら、開発・運用・データ活用が容易な環境へと進化。

  • 「7つの開始ポイント」の概要

    「7つの開始ポイント」の概要

同氏は「IBMではこれらの取り組みに加えて、メインフレームスキルとコミュニティの育成にも投資しています。大学との連携や若手人材の採用を通じて、世界中に活発な若手メインフレーム開発者コミュニティが形成されています。開発、エンジニアリング、アーキテクチャなど、あらゆるレベルで新卒人材を育成し、コミュニティを通じて知識を共有・拡張しています。スキルというテーマは、顧客がモダナイゼーションを始める際に、社内人材の育成や新規採用にも関わる重要な要素です」と述べていた。

ポキプシーにおける「z17」の製造

最後のパートでは、実際にポキプシーで生産されているz17などの写真を中心にお届けする。

メインフレームの生産は、顧客の要望による完全受注生産でポキプシーは最終のアセンブリ(組み立て)を担っており、各拠点からポキプシーに部品が集積される。現在は最新機種のz17を中心に出荷している。

  • 「7つの開始ポイント」の概要

    部品が集められているヤード兼ブックの組立場

  • 組み立てられた「ブック」

    組み立てられた「ブック」

部品保管の倉庫から顧客専用の部品を取り出して、ラックに搭載するためにプロセッサやファンなどを事前に「ブック(ドロアー)」として手作業(一部ロボット)で組み立て、テストを行い、テストをパスすると本格的なアセンブリに入る。

  • プロセッサが所狭しと搭載されている

    プロセッサが所狭しと搭載されている

  • 実際に部品を組み合わせている様子

    実際に部品を組み合わせている様子

製品にもよるが組み立て後は電源を入れて、3日~1週間ほどの期間で熱耐性など各種のテストを行う。生産能力は時期によりバラつきはあるものの、前四半期で800~900台、多い場合だと1000台を生産している。さまざまなテストを通過したものだけが木箱に梱包されて出荷される。

  • 電源のテストなどがある

    電源のテストなどがある

  • テストを通過したメインフレームは木箱に梱包され晴れて出荷となる

    テストを通過したメインフレームは木箱に梱包され晴れて出荷となる

直近で発表されたグローバルにおける第2四半期の決算では、メインフレームが含まれるインフラストラクチャー事業の収益は10%増、うちIBM Zは70%増と世界的にも強い引き合い・需要があることが読み取れる。今後もIBMを代表する製品として活躍が期待されるところだ。