東京大学は、赤外分光法と反射高速電子回折法の組み合わせにより、「不均質核生成」で生じたナノサイズの氷の構造が、ナノ薄膜氷の膜厚に依存してアモルファス氷→立方晶氷→六方晶氷と3段階で変化する、新たな氷の成長メカニズムを発見。7月25日に発表した。
同成果は、東大大学院 総合文化研究科 広域科学専攻・附属先進科学研究機構の佐藤玲央大学院生、同・野口賢太郎大学院生、同・越田裕之 特任研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)、同・石橋篤季特任助教、同・羽馬哲也准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する物理化学を扱う学術誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」に掲載された。
雲の中でも特に謎が多いのが「夜光雲(極中間圏雲)」だ。これは極域の中間圏(高度50〜90km付近の大気層)で、夏の最低気温100K(約-173度)という環境下で、高度80〜90km付近に形成される。夜光雲は中間圏の寒冷化や水蒸気量を反映するため、温室効果ガスの大気分布を早期に検出できる可能性を秘める。しかし、その形成メカニズムや実態が不明な点が多い。
夜光雲の謎の1つに、氷の構造の問題がある。中間圏を含む地球大気では、六方晶氷が最も安定した氷の構造だ。しかし、夜光雲の氷は数nmから100nmほどと極めて小さく、実際に六方晶氷なのかは明らかではない。立方晶氷やアモルファス(非晶質)氷など、準安定状態の氷が存在する可能性も指摘されていた。しかし、中間圏の温度や水蒸気分圧の条件で作製したナノサイズの氷の構造を実験的に調べた研究はほとんどなく、夜光雲の氷の構造についてはその発見以来140年以上の間、不明のままとなっていた。
そこで研究チームは今回、分子構造を調べる赤外分光法と、試料の表面近傍領域の結晶構造を調べる反射高速電子回折法を組み合わせた独自の装置を開発。中間圏の温度・水蒸気分圧環境で生成した氷の構造を調べることにした。
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六方晶氷と立方晶氷の模式図。赤丸と白線はそれぞれ水分子の酸素原子と水分子同士をつなぐ水素結合(水分子の水素原子は割愛されている)。六方晶氷では、水分子の層がABAB…と交互に積層する。立方晶氷では、水分子の層がABCABC…と積層する。図は、Murray et al., Bull. Am. Meteorol. Soc. 96, 1519 (2015)より改変引用されたもの
(出所:東大Webサイト)
まず、120K(約-153度)に冷却した基板へ10^-6Pa(1000億分の1気圧)の低圧力で水蒸気を暴露し、氷を作製。夜光雲の氷の構造分析には、氷のサイズ(膜厚)をナノスケールで制御する必要があるが、赤外分光法により膜厚が5〜65nmまで正確に定量された。作製されたナノ薄膜氷の構造は、反射高速電子回折法を用いて解析され、その結果、膜厚が15nm以下ではアモルファス氷が、15nm超では立方晶氷が、50nm超では六方晶氷が生成することを確認できたという。
一方、基板温度を120Kのまま、暴露する水蒸気圧を10^-5Paに高めると、膜厚に関わらずアモルファス氷が生成された。さらに、水蒸気圧を10^-5Paのまま、基板温度を130K(約-143度)に昇温させると、立方晶氷と六方晶氷が生成された。
これらの結果から、不均質核生成で生成する氷の構造は、(1)氷のサイズ、(2)水蒸気圧、(3)不均質核生成が起きる表面温度の3因子で決まることが示された。特に、(1)の氷のサイズの重要性はこれまで認識されておらず、今回の研究で得られた新たな知見となった。
今回発見された「アモルファス氷→立方晶氷→六方晶氷」と3段階の成長メカニズムは、夜光雲に六方晶氷だけでなく、立方晶氷やアモルファス氷も存在する可能性を示唆する。これら3種類の構造の氷は、密度、熱伝導率、蒸気圧、形状など、それぞれ異なる性質を持つ。つまり、夜光雲を構成する氷の構造によって、その形成条件やメカニズムが異なる可能性も考えられるという。
今後、より幅広い中間圏の温度(100〜150K)と水蒸気分圧(10^-7〜10^-5Pa)条件で実験を進めることで、夜光雲の氷の構造や形成メカニズムについて、より詳細な理解が得られる可能性がある。また、不均質核生成による氷の成長は、地球大気の夜光雲だけでなく、太陽系の惑星や系外惑星の大気における雲の形成、ならびに星間空間に存在する氷の微粒子(氷星間塵)の形成にも重要だ。今回の成果は、それらの構造を解明する上でも有用な知見となるとのこと。
また固体物理学では、多形を有する物質が溶液から結晶化する際に「最も不安定な準安定状態(今回の場合はアモルファス氷)から生成し、その後段階的に熱力学的に安定な状態(今回の場合は六方晶氷)へと成長する」という経験則「オストワルドの段階則」がある。しかし、安定状態と準安定状態が同時に現れるなど、それに従わない物質も存在する。
今回の成果は、不均質核生成による氷について、3段階のオストワルドの段階則が成り立つことを、世界で初めて実験的に示したものだ。この成果は、固体物理学の基礎研究としても意義深いとしている。



