東京大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)の両者は、中性子星などの高密度天体内に存在が示唆される、通常の「ハドロン物質」から「クォーク物質」への連続的な変化である「ハドロン-クォーククロスオーバー」の仕組みを説明する理論構築に成功したと、7月24日に共同発表した。

  • 密度変化によるハドロン-クォーククロスオーバー(上)とBEC-BCSクロスオーバーの比較(下)。(上)3色のクォークからなるハドロンの物質は、密度上昇によりクォーク物質へと連続的に変化。クロスオーバー領域では、ハドロンの形成と解離が絶え間なく繰り返されるとされる。(下)2種のフェルミ粒子が2体分子のBEC状態を形成し、密度上昇で分子が重なり合いBCS状態へ連続的に変化する
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

同成果は、東大大学院 理学系研究科 物理学専攻/クォーク・核物理研究機構の田島裕之助教、同・リアン・ハオジャオ准教授、高知大学 教育研究部 自然科学系 理工学部門の飯田圭教授(現・放送大学 教授)、KEK 素粒子原子核研究所 理論センターの古城徹准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

陽子や中性子のようにクォーク3つから成る複合粒子は「バリオン」といい、クォークと反クォークの2つから成る「中間子」と合わせてハドロンと呼ぶ。ハドロン物質を極限まで圧縮すると、互いに重なり合い、ハドロン同士の境界が曖昧になる。やがて、ハドロン内に閉じ込められていたクォークが自由に動き回れる、特殊な「クォーク物質」へと変化すると考えられている。

太陽の約8〜30倍もの質量を持つ大質量星が超新星爆発を起こすと、後に中性子星が残る。これは、太陽の約2倍の質量が、わずか半径約10kmにまで圧縮された天体であり、きわめて強い重力も持つ(大質量星が太陽質量の20倍以上の場合、条件次第ではブラックホールになることもある)。

中性子星の中心部などの深部にはクォーク物質が実在すると考えられているが、その強大な重力は実験で再現できるのは不可能なことなどもあり、最深部でどのようにハドロン物質がどのようにクォーク物質へ変化するのかは未解明だった。

この問題の解決策として注目されるのが、相転移を伴わずに連続的に移り変わるハドロン-クォーククロスオーバーだ。クォークとハドロンが共存するクロスオーバー領域では音速が増大するとされ、現在の天体観測結果ともよく整合するが、そのメカニズムは不明だった。またクロスオーバー領域では、バリオンが持つ運動量分布に特定の特徴が現れると予想されていたが、そのミクロな起源も謎に包まれていた。

  • ハドロン-クォーククロスオーバーの有効モデルにおける音速の計算結果。横軸は粒子数密度を特徴付ける熱力学量(化学ポテンシャル)で、左が低密度、右が高密度。密度上昇に伴い、中間領域で音速が上昇する様子が示されている。横軸と縦軸は無次元化済み
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

高密度物質の性質を知るには、クォークが「カラー(色)チャージ」と呼ばれる量子数(赤、青、緑)を有する「量子色力学」を直接解く必要がある。しかし、量子色力学に基づく高密度物質の精密計算は「符号問題」という難題を抱え、現在のスーパーコンピュータでも非常に困難だ。そこで研究チームは今回、異なるクロスオーバー現象とのアナロジーで考える方針をとることにした。

比較対象となった類似現象は、物性物理学において実験的に観測される「BEC-BCSクロスオーバー」現象だ。クォークや電子のようなフェルミ粒子(パウリの排他律により重ね合わせができない粒子)間に強い引力が働くと、2体分子が形成され、「ボース-アインシュタイン凝縮」(BEC)状態になる。これは、多数の粒子がまるで1つの粒子であるかのように振る舞う、絶対零度近くで現れる特徴的な量子状態だ。

分子数が多くなると、2体分子が互いに重なり合い、やがて「バーディーン-クーパー-シュリーファー(BCS)フェルミ超流動」という状態へと連続的に移り変わる。なお、BCSは超伝導の微視的理論として知られている。BEC-BCSクロスオーバーの中間領域では、2体分子の形成と解離が絶え間なく繰り返されており、この揺らぎがミクロな物理を理解するのにきわめて重要である。

バリオンをクォークの3体分子とみなすと、その形成・解離の揺らぎがクロスオーバー領域の微視的理解の鍵となる。物性系におけるBEC-BCSクロスオーバー研究に着想を得た今回の研究では、物性研究で培われた多体理論を駆使し、世界で初めてハドロン-クォーククロスオーバーにおいて重要となる3体分子形成・解離の揺らぎを考慮した「量子多体理論」が構築された。

  • 有効モデル中のクォーク的粒子と、バリオン的3体分子の運動量分布。クォーク的フェルミ粒子の運動量分布は密度と共に単調に増加するのに対し、バリオン的3体分子の運動量分布の低運動量成分が抑制される。これは、3体分子の形成・解離過程の競合によるもので、音速の増大の要因となる。横軸は無次元化済み
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

高密度物質に類似する有効モデルに今回の理論を適用することで、先行研究で予言されていたクロスオーバー領域における音速の増大や、バリオン的分子の特徴的な運動量分布を、3体分子形成・解離の揺らぎの効果として自然に説明できることが明らかにされた。

物性理論に立脚した今回の研究は、先行研究では容易ではなかった有限温度効果などを取り入れ可能である上、物性物理、原子核物理、宇宙物理を横断する学際的研究発展に大きく寄与することが期待されるという。特に今回の研究成果は、原子核物理に対する物性理論の有用性を示すものであり、今後のさらなる発展が見込まれるとしている。