北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は、次世代高性能バッテリー「プロトン(陽子)電池」の実現に向け、カギとなる「多孔質MXene(マキシン)アノード(陽極)」の開発に成功したと、7月17日に発表した。

  • 今回の研究のプロトン電池の模式図
    (出所:JAIST Webサイト)

同成果は、JAIST 物質化学フロンティア研究領域のLinh Chi T. Cao大学院生、同・青木健太郎助教、同・長尾祐樹教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、触媒作用や環境科学などの化学工学を扱う学術誌「Chemical Engineering Journal」に掲載された。

現代文明を支えるリチウムイオン電池(LIB)は、リチウムやコバルトといった希少資源を利用しており、サプライチェーンや環境への影響という課題を抱えている。また、現状の液系LIBは発火する危険性があり、安全性でも懸念点があった。

そうした中、ナトリウムイオン電池やフッ化物イオン電池、マグネシウムイオン電池、亜鉛空気電池など、貴金属フリーや高エネルギー化を目標とするLIBの代替バッテリーの開発が進む。中でも、資源が豊富で高速充放電が可能、安全性も高く、さらに環境負荷も低いといったメリットを持つ次世代バッテリーとして、水素イオン(H+)を電荷キャリアとして利用するプロトン電池が注目されている。

バッテリーの高性能化には、電解液や固体電解質の性能に加え、アノードとカソード(陰極)の素材も重要だ。プロトン電池のアノード候補として期待されるのが、「Ti3C2Tx」に代表される、優れた電気伝導性や高い表面積を持つ二次元遷移金属炭化物ファミリーのマキシンだ。しかし、従来のマキシンを薄膜状にしたマキシンフィルムは、マキシンのシート間の強い相互作用により、反応が生じるサイトの減少やプロトン輸送の阻害という課題があり、マキシン本来の性能を引き出せていなかった。

研究チームは今回、マキシンアノードの性能向上をめざし、「犠牲テンプレート法」を用いて、細孔密度を系統的に調整した多孔質マキシン(P-MX)フィルムを開発することにした。

犠牲テンプレート法とは、ある物質を鋳型(テンプレート)として利用し、その鋳型を犠牲にすることで目的の物質構造を形成する合成手法のことだ。今回の研究では、「ポリ乳酸」(PLA)とマキシンの質量比が1:8の条件の「1:8P-MX」アノードが合成された。

このP-MXアノードは、1A/g(アンペア毎グラム:電流材料1gあたりに流せる電流の量)で104.8mAh/g(ミリアンペア時毎グラム:電極材料1グラムあたりに蓄えられる電荷の量)という高容量を達成し、2000サイクル後も96.7%の容量維持率が維持された。これは、既報のマキシンアノード研究の中でも最高水準の性能となる。その理由として、電池を繰り返しの使用により電解液が素材のすき間に浸透しやすくなり、さらにプロトンの出入りが素材であるシート同士の凝集を防ぎ、性能低下を抑制した結果、反応サイトの増加につながったことが考えられるとした。

続いて、1:8P-MXアノードと「銅鉄プルシアンブルー類似体(CuPBA)カソード」を組み合わせた「フルセル」のプロトン電池が構築された。分析の結果、1mol/L(1モル毎リットル)の硫酸(H2SO4)電解液中で、1A/g(17C)で57.9mAh/g、そして10A/g(188C)という高速充電レートにおいても53.3mAh/gという高容量が維持された。

バッテリーの充放電におけるエネルギー効率の指標である「クーロン効率」は、200サイクル後も97%と安定して高かった。しかし、容量維持率は65.4%に低下。この低下は、主にCuPBAカソードの電解液中での溶解・分解に起因することが特定され、今後の課題とした。今回の結果は、マキシンアノードにおける細孔設計が、容量とレート性能の両方を向上させる上で、きわめて重要であることを示唆しているとのこと。

  • 多孔質MXene(P-MX)フィルムの走査電子顕微鏡観察
    (出所:JAIST Webサイト)

  • 1:8P-MXフィルムのサイクル特性。電流密度1A/g、電位範囲-0.7〜0.2Vにおける容量(左軸)および容量保持率(右軸)
    (出所:JAIST Webサイト)

  • 今回の研究におけるMXeneベースのアノード性能と論文発表された成果との比較
    (出所:JAIST Webサイト)

今回の研究により、最適化された細孔設計を持つマキシンアノードが、高容量で高速充電が可能な次世代プロトン電池の実現に大きく寄与することが示された。特に、高濃度酸性電解液や追加の活性材料を用いずに、マキシンのみで高性能を実現した点は、環境負荷の低減と、より持続可能なエネルギー貯蔵システムの開発において重要な進歩だという。

研究チームは今後、フルセル電池の長期安定性向上に向け、CuPBAカソードの電解液中での安定性改善に焦点を当てた研究を進め、1:8P-MXアノードの優れた性能を最大限に引き出し、プロトン電池の実用化をめざすとしている。