複数のデータリソースから情報を収集して分析し、業務プロセスを改善したり新たなビジネスを開発したりする――「データはビジネスを加速させる燃料」と言われて久しい。しかし、さまざまな理由からデータを一元的に集約できない業界も少なくない。その筆頭が金融業界だ。
「Snowflakeは金融業界と“相性”がよいです。理由はSnowflakeが掲げる『Easy(容易性)』『Trusted(信頼性)』『Connected(接続性)』が、金融業界が抱えるデータに関する課題を解決できるからです」
そう語るのは、Snowflakeでインダストリー事業開発本部 金融インダストリー統括部長を務める上原玄之氏だ。その根拠は何か。2025年6月に米カリフォルニア州サンフランシスコで開催された年次イベント「Snowflake Summit 2025」の会場で、上原氏に聞いた。
金融業界が抱えるデータにまつわる3つの課題
現在、金融業界が抱えるデータ活用の課題は、大きく分けて3つある。それは「データのサイロ化」「外部データ連携」、そして「厳格なセキュリティ要件」だ。上原氏は「特に日本の金融機関は、データサイロ化による情報分断が深刻な課題となっています」と指摘する。
例えばグループ傘下に銀行、証券、信託、アセットマネジメントなどを擁するホールディングスの場合、それぞれの会社が独立したITチーム、ITベンダー、クラウド契約を持っており、データ管理は完全に分離されている。翻ってJPモルガンやブラックロックといった海外の金融機関では、グループ企業の各機能を統一インフラで運営しているケースがほとんどだ。
上原氏は「これまで日本では個々のグループ企業や各部門が独自のシステムでデータを管理していました。その結果、企業間・部門間での情報共有が困難で、顧客行動分析や包括的な金融サービス提供が阻害されているのです」と指摘する。
また、外部とのデータ連携も難しさを抱えている。銀行は顧客の給与振込データという「最強の入金情報」(上原氏)を保有しているが、クレジットカードやデジタル決済の普及により、顧客の支出行動は見えなくなっている。例えば、銀行ではクレジットカードや電子マネーの支払いで「カード会社や電子マネーを使っていくら支払ったか」は把握できるが、「いつ、どこで、何を購入したのか」までは把握できない。
「顧客の購買行動を完全に理解するには、POS情報やポイント経済圏のデータとの連携が不可欠です。しかし、これらのデータは別企業が保有しているため、銀行単独では顧客の全体像を把握することが困難です。こうした課題に対し、Snowflakeの『構造化データ・非構造化データを問わず、あらゆるデータを統合的に処理できる』という技術的特性が有用なのです」(上原氏)
非構造化データの壁を越えるSnowflakeの処理力
Snowflakeの優位性は、部門間・組織間・クラウド間をまたぐデータ連携を可能にするアーキテクチャにある。「構造化・半構造化・非構造化データを、クラウド上で統合的に管理できる特性は、データのサイロ化を根本的に解消できるのです」と上原氏は説明する。
現在、世界の情報の約80%から90%は非構造化データで構成されていると言われているが、従来の分析基盤は主にデータベース化された構造化データのみに対応していた。一方、金融業界にはコールセンターの音声ログ、顧客とのメールのやりとり、PDF形式の目論見書や統合報告書といった半構造化・非構造化の文書データが大量に存在する。さらにこれらは日本語・英語・専門用語が混在し、既存のルールベース処理では対応が困難だった。
上原氏は、「生成AIの登場により、こうした複雑な非構造化文書も実用レベルで分析できるようになりました。Snowflake上にデータがあれば、自然言語処理(NLP)と組み合わせることで、意味のある情報抽出や検索が可能なのです」と説明する。
Snowflakeは以前から使われてきたSQLの構文内で、自然言語処理などのAI機能を直接呼び出せる「Snowflake Cortex」が備わっている。例えば、ニュース記事やアナリストレポートといった非構造化テキストから、AI関数を用いて銘柄情報を抽出し、それを商品マスターや株価の時系列データといった構造化データと組み合わせて分析するといった操作が可能だ。
「SQLの枠内でAI処理とデータ統合が完結するため、データサイエンティストだけでなく、一般の業務ユーザーでも投資判断に必要な分析をスムーズに実行できます」(上原氏)
実際、リテール銀行のマーケティング部門では、顧客行動のパターンを分析し、最適なタイミングでのレコメンドや施策展開にSnowflakeが活用されている。また地方金融機関でも顧客属性と取引履歴を掛け合わせた分析により、支店単位での営業支援データの自動生成が可能になっているという。
外部データの統合活用を支えるSnowflakeの連携基盤
今回のイベントでSnowflakeは、「Snowflake Intelligence」と「Snowflake OpenFlow」を発表した。
Snowflake Intelligenceはビジネスユーザーが自然言語でデータに問いかけるだけで、AIがその意図を理解し、最適なSQLクエリを生成・実行して回答を返す対話型の分析支援機能だ。一方Snowflake OpenFlowは、データパイプライン構築を支援する新フレームワークで、あらゆるデータをプラットフォームに取り込む役割を担う。
上原氏は「これまでは、AIを業務に取り入れるにはプログラミングや機械学習モデルの調整が必要で、データアナリストにとってもハードルが高いものでした。しかし、Snowflake Intelligenceを使えば、誰でも自然言語でデータ抽出や要約が可能になります」と説明する。
JPXや三井住友カードなどで進む外部データとの連携
さらにSnowflakeは、金融機関の外部データ連携課題に対し、用途に応じた2つの異なるソリューションを提供している。それが「Secure Data Sharing」と「Snowflake Marketplace」だ。
特定の企業同士のデータ共有を実現する「Secure Data Sharing」
「Secure Data Sharing」は、特定の企業同士が直接データを共有するための機能である。従来の煩雑なデータ連携プロセスを根本的に簡素化し、企業間でのリアルタイムなデータ活用を可能にする。
上原氏は従来の課題について、「金融機関でデータ共有を行う場合、外部FTPサーバの設置、ファイアウォールやVPNの設定変更、受け取ったファイルの変換・取り込み作業など、極めて複雑なプロセスが必要でした。このため、IT担当者や外部ベンダーとの調整が不可欠で、単なるデータ共有にも多くの時間とコストがかかっていたのです」と振り返る。
しかし、Secure Data Sharingを利用すれば、データ提供側が共有設定を行うだけで、受け手側は簡単な操作で相手企業のデータを自社のデータと同様に分析できる。データのコピーや転送は不要で、常に最新の情報にリアルタイムでアクセスできる点が大きな特徴だ。
プロバイダーのデータを活用できる「Snowflake Marketplace」
一方、「Snowflake Marketplace」は、多数のデータプロバイダーが提供する外部データを簡単に調達・活用できるプラットフォームである。金融機関にとって重要な市場データや企業情報を、標準化されたインタフェースで利用できる点が特徴だ。
すでにJPX(日本取引所グループ)、QUICK、FactSet、S&P Globalなど、金融業界で実績のある主要な外部データプロバイダーが多数参画している。金融機関は必要なデータセットを選択するだけで、市場データ、企業財務情報、ニュース情報などを自社の分析環境に直接統合できる。
「従来はデータベンダーごとにファイル転送システムを構築し、データフォーマットの変換やネットワーク設定の調整が必要でした。しかしマーケットプレイスでは、あらかじめ標準化された構造で提供されるデータセットに対し、Snowflake上で直接SQLクエリを実行できます」と上原氏は説明する。
すでに日本では三井住友カード(SMCC)とカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)のSecure Data Sharingを活用し、銀行の取引データとポイントサービスの利用データを統合的に分析しているという。
こうしたデータ連携の簡素化は、金融業界の競争環境においてますます重要性を増している。現在、ポイント経済圏を巡る提携や「データをどれだけ取れるかという勝負」が激化するなか、迅速なデータ統合と分析が競争力の源泉となりつつある。上原氏は「Snowflakeは、各金融機関のデータ活用戦略を支える基盤インフラとして、この競争を下支えする役割を担っています」と強調した。