AIはもはや、「使う、使わない」ではなく、「いつ、どのように、どこで使う」かが問われる時代になった。Appleに買収された音声アシスタント「Siri」の共同創業者であるAdam Cheyer氏は、「次の14年はAIエージェントがUIになる」と話す。
Cheyer氏はファインディが6月18日にオンラインで開催したイベント「AI Engineering Summit」の基調講演に登場し、Steve Jobs氏との出会いから企業のAI戦略まで語った。
UIパラダイムは約10年周期で訪れる
まず、Cheyer氏はUIの変遷とパターンに触れた。「約10年ごとに、人間とコンピュータの相互作用における新しいパラダイムが登場する」と同氏。過去を振り返ると、1984年のWindows(マウスとGUI)、1995年(11年後)のWeb(ハイパーリンク、URL)、2007年(12年後)の「iPhone」登場+2008年の「AppStore」によるモバイル革命と、UIは変遷してきた。
そして、数年前よりAIアシスタントの時代に入っている。
そこに至る流れには、Cheyer氏が2007年に共同創業したSiriも含まれる。Cheyer氏らがSiriをAppStoreで無料アプリとして公開したのは2010年2月4日。「音声、タッチ、タップで50のサービスを制御でき、質問に答えるだけでなく、レストランの予約から映画チケットの購入まで実際に行動できるアプリだった」(Cheyer氏)
ローンチするや、Siriは多くのユーザーにダウンロードされる。その中に、Steveという名の人物もいた――そう、当時AppleのCEOを務めていた故Steve Jobs氏だ。Cheyer氏らがそれを知るのは、ローンチしてから2週間後のことだ。
Steve Jobs氏がSiriを買収した理由
「突然オフィスに電話がかかってきた。電話口の人物は”やあ、スティーブだ。明日僕の家に来ないか?”と誘った」と、Cheyer氏は振り返る。
Cheyer氏を含む3人の共同創設者は翌日、Jobs氏の家を訪れた。「3時間ほど、テクノロジーとAI、そして未来について語り合った」とCheyer氏。帰ろうかというころ、Jobs氏は「君たちの会社を買いたい」と申し出たという。しかし、「ありがとう。光栄だが、興味はない」というのがCheyer氏たちの返事だった。
だが、Jobs氏はそれから30日もの間、毎日電話をかけてきたという。「Steve(Jobs氏)は粘り強い。最終的に“Appleと共に世界を変えるほうが、Appleなしでやるより良い”という言葉に説得された」(Cheyer氏)
そうやって、SiriはAppleの下に入った。そしてiOSに組み込まれ、搭載した初の機種となる「iPhone 4S」が2011年10月4日に発表された。Jobs氏が亡くなる1日前のことだ。Cheyer氏によると、Jobs氏はAIに対し先見の明を持っていたという。
「Siriの買収後、SteveはAll Things DigitalというカンファレンスでWalt Mossberg(注:米国の著名なITジャーナリスト)から“なぜ検索会社のSiriを買収したのか?”と問われた。Steveの答えは、“Siriは検索の会社ではない。AIの会社だ”だった。当時、誰もその意味を理解していなかった」
というのも、当時、AIは冬の時代だった。「AIは1980年代に注目を集めたものの、90年代から2000年代の20年間、商業企業でその言葉が使われることはほとんどなかった。Steveは、時代の流れを見抜いていた」とCheyer氏は断言した。
なお、Cheyer氏は別なエピソードも教えてくれた。「Steveの秘書が(Jobs氏の死から)約10年後に手紙をくれた。そこには、SteveはSiriをとても大切に思っており、Siriのローンチを見届けるために生き続けていた、と書かれていた」
さらに、Cheyer氏は「SteveはこれからAIの時代になると予測しており、AppleはSiriで先手を打った。これで10年間は安泰だ。もう逝ってもいいと思ったのかもしれない」と語った。
Watson、Siri、AlphaGo、そしてChatGPT
そのころから、時代はAIに向かって進み始めた。2011年にIBMの「Watson」がクイズ番組『Jeopardy!』で人間のチャンピオンに勝ち、先述のように2011年10月に「Apple Siri」が登場。キャッチは「Your wish is its command」(あなたの望み通りに)。Appleはその後、技術ビジネス史上最大の利益とマージンを記録し、株価は2倍近くに達した。「世界で最も価値の高い企業となった。AIが初めて企業の収益に巨大な影響を与えた瞬間だった」(Cheyer氏)
2013年には、GoogleがBoston Dynamicsなどのロボット企業を買収した。2015年にTeslaが自動運転機能を追加。2016年には、GoogleのDeepMindの「Alpha Go」が世界トップ棋士だった柯潔氏を破った。
2017年には医療分野に応用された。マサチューセッツ工科大学(MIT)、マサチューセッツ総合病院、ハーバード・メディカルが共同で、乳房の病変が良性か悪性かを検出する機械学習モデルを構築。AIを使うことで人間の医師が30%以上優れた性能を示し、良性か悪性かの検出において97%の精度に達したのだ。
「人間とAIが組み合わさることで、人間のみの場合を大幅に上回る性能を発揮し、(命を救うという)真の利益を初めてもたらした」
そして、GPTが出てくる。2020年6月に公開された「GPT-3」は、「“超単語予測器”として訓練されており、現在の生成AIや大規模言語モデルの先駆けとなった」と、Cheyer氏は説明した。そうやって、われわれの記憶に新しい2022年末の「GPT-3.5」が放たれた。
「言語モデルが重要な理由は、その汎用性にある」とCheyer氏。それまでのAIは、自動運転、チェス、囲碁などタスク特化型だったが、言語は人間の思考の基盤であり、コミュニケーション、学習、思考のすべてに使われる。言語を予測できれば、翻訳、要約、数学の問題まで、あらゆる応用が可能になる」と、Cheyer氏は説明した。
ChatGPTは躍進したが、人間は特別
実際、ChatGPT-3.5はシンボリックなものとなった。リリースされるや世界中に広まり、「技術史上最も速く普及したテクノロジーとなった。Netflixが1億ユーザーに達するまで3500日かかったのに対し、ChatGPTはわずか2カ月で達成した」とCheyer氏は紹介した。
ChatGPTの登場により、AIの普及が始まった。一方で懸念もある、シンギュラリティだ。発端は、Ray Kurzweil氏が2005年の著書で「2029年にはAIが人間よりもあらゆる面で賢くなり、人間はもはや地球上で最も知的な種族ではなくなる」と予想したことに遡る。
だがCheyer氏は、「人間は特別だ」との考えを示した。「われわれは(AIのように)数兆もの例を必要とせず、経験から学ぶ。意識、価値観、直感、道徳を持っている。我々は、これらのシステムとは非常に異なる回路で思考している」と強調する。
その証拠として、GPT-4は単語の数を正確に数えられないという例を示した(スクリプトは、英語で”how many words does this question plus your answer total? ”(この質問とあなたの答えを合わせて全部で何ワードになりますか?)、これに対して不正確な回答を返す)。
Cheyer氏はネクタイの位置に粘着テープを貼って見せた。遠くから見るとネクタイに見えるが、現在のAIはそれと同じだとする。「SiriやChatGPTなどとやりとりしていると、インテリジェンスを感じるかもしれないが、AIは単にシミュレーションをしているに過ぎない」。人間はネクタイで粘着テープがAI。粘着テープはネクタイではないし、ネクタイになることはない。
このようなことから、「少なくとも私が生きている間に、人類より知能の高いコンピュータは登場しないだろう」と述べた。
従業員にはできるだけ多くAIを使ってもらう
最後にCheyer氏は、企業のAI活用について現在と将来の2つの視点から分析と提言を行った。
現在については、企業のAI戦略について以下の3つの要素があるとした。
社内でAIを使って生産性を向上させる(学習や研究、コード・設計、マーケティング、採用など)
Cheyer氏は、この要素を説明するにあたり、Boston Consulting Groupの実験を紹介した。
750人のコンサルタントを対象に、AI未使用、AI使用(訓練なし)、AI使用(訓練あり)の3つの条件で比較したところ、AIを使用したグループ(訓練あり)は、25%速く、40%高品質な作業を行ったという。特に興味深いのは、初級レベルのコンサルタントが最も大きな改善を見せたこととのこと。
社外向けの製品で活用する(顧客サービス、法などの専門ドメイン)
業界変化への対応
業界変化への対応の例として、検索トラフィックが紹介された。過去6カ月で小売のWebサイトはPerplexity、OpenAI、GeminiなどAIサービスからの流入が1,200%増加し、旅行分野では1,700%増加している。これまでの行動パターンが変化しつつあり、自社の競合環境にどのような影響を与えるのかを考えなければならない。
一方で、今日のAIには課題もある。Cheyer氏は、ハルシネーション、非決定論的、データ漏洩、コスト性能比、データ品質とバイアス、ガードレイル、規制などを挙げる。
Cheyer氏の考えるベストプラクティスは次のようなものだ。
- AIに関するガバナンスを設ける
- 社内のAI開発について、柔軟性と適応性を持つ(モデルは日々変わっている)
- ベストなユースケースでAIを使う(要約、翻訳など)
「従業員にできるだけたくさんAIを使ってもらうこと。社外ではガードレイルや規制遵守の心配があるが、社内のAIの適用は比較的容易だ」とCheyer氏。
AIと人間は協働の関係に
将来はどうだろう? 「AIアシスタントの時代が到来し、これから14年にわたって全てを変えていく」とCheyer氏。
予測として、Cheyer氏は現在のAIに欠けているものが3つあると話す。
1つ目に挙げたのは、「適切な体験設計」だ。
「現在、AIとやりとりは主にテキストチャットだが、それが最適とは限らない」とCheyer氏。例えば、旅行のような分野では視覚的、感情的、グラフィカルなインターフェースの方が適しているという。
2つ目に「知識と行動のためのアーキテクチャ」が欠けているとのこと。
「LLM(大規模言語モデル)は“知る”ためのアーキテクチャを持つが、“行動”のアーキテクチャが必要だ」という。そこでは、リアルタイムAPIの呼び出し、複数サービス間の調整、決済、取引、セキュリティなどが含まれると見る。
3つ目は、「エコシステムの構築」。
サービスプロバイダーとユーザーの両方のニーズを満たす、App Storeのようなエコシステムが必要、とした。
大切なことは、AIと人間との協働関係だ。Cheyer氏は次のように語り、講演を締めくくった。
「生成AIは、Webやモバイルと同等か、それ以上に重要な革命をもたらすだろう。現在はまだ初期段階だが、投資収益率は実現し始めており、利用事例はあらゆる分野で拡大している。AIだけでは不十分であり、AIを使わない人間はAIを使う人間より生産性が劣る」