トリドールホールディングスは飲食ブランド約20を展開し、国内外に約2000店舗を出店するなど、成長を続けている。主力ブランドの丸亀製麺は「MARUGAME UDON」の名前で欧米やアジアに約300店舗出店。その他にも多くのブランドを海外でも展開している。
5月19日~22日に開催された「TECH+ Business Transformation Summit 2025 May. 課題ごとに描く『変革』のミライ」に同社の代表取締役社長 兼 CEOである粟田貴也氏が登壇。経済キャスターの瀧口友里奈氏との対談形式で、体験価値を提供する意味やCX(顧客体験)やEX(従業員体験)の考え方など、同社の成長の背景について語った。
つくる過程を見た感動が体験価値になる
トリドールホールディングスの主力ブランドである丸亀製麺は、単にうどんを提供するだけでなく、店内で製麺し調理する過程を見せることで顧客に体験価値を提供するというコンセプトで人気を得ている。粟田氏は、そのきっかけが四国の讃岐うどんの製麺所にできた行列を見たことだったと明かした。
「もともと焼鳥屋として創業し、競合店にない自分だけの強みを探しているなかで製麺所の賑わいに出会いました。お客さまがわざわざ行列しているのは、つくる過程を見ることが感動につながるからで、これが体験価値になると気付いたのです」(粟田氏)
「“丸亀うどん”ではなく“丸亀製麺”という名前にもそれが表れていますね」(瀧口氏)
「やりたいのは単なるうどん屋ではなく、製麺するシーンを体験価値として売ることですから、この屋号は強い意志を持って決めました。商品ではなく体験価値を売る、そういうミニテーマパークのような店をつくりたいと考えたのです」(粟田氏)
省人化、効率化でなくしてしまう部分こそが強み
一般的なチェーン店であれば、省人化、効率化を求めるところだが、店内での手づくり製麺を強みとする丸亀製麺には違うアプローチが必要になる。うどんづくりは職人の経験や勘に依存するところが多く、属人性が高いし、全国に展開するとなると地域によって気温や水質も異なるため、品質を担保するのが難しい。そのため単純に効率を求められないのだ。
「誰でも同じ品質が再現できるよう工場で冷凍麺をつくるのは効率的ですが、その省人化、効率化でなくしてしまう部分である調理こそが我々の売り物。自らの強みをなくすわけにはいかないのです」(粟田氏)
手づくりの価値を維持しながら品質を担保するために、粟田氏はスタッフに対して手づくりすることの価値を説いて回った。そして実際に店舗に行列ができるようになると、それがスタッフの成功体験となり、体験価値の重要性を共有できるようになったという。全店舗で手づくりをするには、製麺機などの設備投資も必要なうえ、人件費や光熱費も一般的な飲食店よりはるかにかかる。しかし体験価値を重視したことで客数は増え、売上が上がったことで実質的に固定費の比率は下がった。それが「丸亀製麺が生き残ってこられた理由」だと粟田氏は話した。
その一方で、DXによる効率化も進めている。
「ワークシフトの作成や受発注などの業務に追われると、お客さまに向かうという本来の仕事ができなくなります。目の前で手づくりしてお客さまに喜んでいただくという、我々の目的が果たせなくなってしまうのです。そこでバックオフィス業務には徹底的なDXを図っています」(粟田氏)
具体例として挙げられたのは、AIによる需要予測だ。どのタイミングで何人の顧客が来店するかを予測することで、ワークシフトや受発注を適切にできるようにする。それにより空いた時間をCXに充てようという考えだ。
CXのエンジンはEX
感動こそがCXの根幹だというのが粟田氏の考えだが、そのCXを支えるのはEXだ。スタッフが笑顔で楽しく仕事をしていればCXにつながる。そこで、スタッフが「店が大好き」と思えるような職場環境をつくることを目指しているという。
「少子高齢化でマーケットが縮小していく時代、働く人も減っていきます。しかし体験価値を売ってきた我々の行くべき道は省人化ではありません。体験価値を売るには人手をかけなければいけないのです。店の環境を良くすれば、離職が少ないとか、家族も同じ職場に働きに来るとか、人を集めることができます。そうすれば状況を好転していけると思っています。お客さまの感動であるCXが高まればより早い成長ができるはずで、そのためにCXのエンジンとなるスタッフのEXを高めようと取り組んでいるのです」(粟田氏)
粟田氏は、店舗やブランドのファンをつくることも重視している。うどんを手づくりしていることをまず知ってもらい、そこにある真摯な思いをメッセージとして送り続け、店舗での体験価値を高めるとともに、アプリでの顧客との交流も推進している。アプリのアンケートでは、肯定的な意見が増えてきているという。
「店舗だけではなく、オンラインの接点もつくられているんですね。タッチポイントをどう増やすか、これは重要ですね」(瀧口氏)
「例えばお腹が空いたときに我がグループの店舗を想起していただけるということが大切だと思います。お客さまの選択肢の1つになるためには、店舗もオンラインも含めて、タッチポイントをしっかり持っておかなければならないのです」(粟田氏)
海外展開のきっかけは、ある店舗との出会い
「食の感動で、この星を満たせ。」をスローガンに掲げ、店舗網を全世界に広げている同社だが、最初の海外店舗は丸亀製麺のハワイ・ワイキキ店だ。粟田氏がたまたま見かけた空き店舗が通りに面したガラス張りだったことからインスピレーションが湧いたという。
「ここに製麺機、ここに茹で釜を置けば、通りを歩く人からよく見える。これなら、うどんを知らない人でも我々が提供したい感動体験に興味を持ってくれるのではないかと思ったわけです。慣習も違うので我々の考える感動体験が通用するかどうか分からなかったのですが、開店してみたら当初から大行列ができたんです。海外であってもインサイト、人の本能のようなものには大差はないのではないかと感じて、そこから海外展開を始めました」(粟田氏)
うどんをつくる過程や製麺機などの機械が好奇心を刺激し、売上につながった。粟田氏はそうした好奇心を刺激することが潜在的なマーケットを開拓することにつながり、消費の冬の時代にもっとも有効な手段になると考えている。それゆえ、出店を決める際には感動ポイントである手づくりの調理シーンが外から見えるかどうかを重視していると明かした。
感動体験の先に市場が広がっている
当初、ショッピングモールのフードコートなどにも多く出店していた丸亀製麺だが、その原点について粟田氏は「縁日の屋台」だと表現する。
「20年前のフードコートは今ほど賑わっておらず、店頭で実演販売していたのはたこ焼き屋さんくらいでした。それ以外は皆さんバックキッチンでつくって提供していたのです。そこに、店頭で製麺してうどんを湯がいて出したら売れた。まさに縁日の屋台方式がフードコートで大ヒットしたわけです」(粟田氏)
縁日の屋台のような感動体験にはインサイトがあり、そこに市場は広がっている。そういった機会を自分たちで創造していくべきだと粟田氏は話す。
「顕在マーケットは取り合いであるし、今後は縮小していく。そこに自分たちの未来はないのではないかと思いました。だから、時間はかかったとしても、手間をかけたとしても、まずは自分たちで機会をつくっていく努力を、これからも地道にやっていきます」(粟田氏)