東北大学と筑波大学は、次世代の低コスト宇宙輸送システムとして期待される「マイクロ波ロケット」において、ロケット前方(上方)からビームを照射する新方式「トラクターミリ波ビーム推進機」(TMiP)の推力生成実験に世界で初めて成功と6月3日に共同発表。ビーム源へ引き寄せられるような推力が発生したとしている。

  • TMiPによるマイクロ波ロケットの打ち上げ概念図。予め軌道上に投入しておいたビーム源搭載衛星からビームを照射し、ロケットを牽引する
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

同成果は、東北大大学院 工学研究科の高橋聖幸准教授、同・山田峻大大学院生(研究当時)、筑波大 数理物質系/プラズマ研究センターの南龍太郎准教授、同・假家強教授、東京都立大学大学院 システムデザイン研究科の嶋村耕平准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

大量の燃料を使用する現在のロケットは、高い打ち上げ費用が課題だ。その費用削減を目指し開発中のロケットに、周囲の空気を燃料とする「マイクロ波ロケット」がある。これは搭載燃料を削減でき、ビーム照射施設の建設という初期投資は要するものの、最終的な費用は従来の1/4以下にまで削減できる試算だ。

このロケットは、ロケットノズル前方の放物面ミラーで地上からの高強度ミリ波(マイクロ波の一種)ビームを集光し、その熱で集光点付近の空気をプラズマ化する。プラズマの熱が周囲の空気に急速に伝わることで衝撃波を発生させ、推力を生む。発生したプラズマはノズル出口から排出され、ノズル内へは換気で新鮮な空気が取り込まれ、ミリ波ビームの照射が繰り返される仕組みだ。

  • 提案されたトラクターミリ波ビーム推進機
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

実用化に向けた課題は、ミリ波ビームの繰り返し照射で生じる推力低下だ。ビーム照射後、ノズル内の残留プラズマが電離過程を繰り返すことで高密度プラズマへと成長。これがノズル前部で発生すれば高推力となるが、実際はノズル出口付近にもプラズマが残留し、地上からのビームも出口から入射する。そのため、新たな高密度プラズマの生成位置は出口付近にシフトし、やがては出口からもはみ出し、推力生成が困難となってしまうのである。つまり、プラズマを効率的に排気し、ビーム射線上に残らない機体設計が必要だった。

そこで東北大の研究チームは、ロケット前方(上方)からミリ波ビームを照射し、後方からプラズマ排気を行う新方式を考案。ビーム源にロケットが引き寄せられるように見えることから、TMiPと命名された。ロケットの加速に伴い、プラズマが後方へ高速排気され、残留プラズマがビームの射線を遮らない。そのため、繰り返しのビーム照射時の推力低下が緩和されると期待された。

なおTMiPでは、ビームをロケット前方から照射するため、軌道上にビーム源搭載衛星の事前配置が必要となる。これまでの研究では、主に数値シミュレーションで進められ、ビーム源へ向かう推力生成は未実証だったが、研究チームは今回、TMiPの推力生成実証実験を行うことにした。

実験用ロケット前部には、ミリ波ビームの透過性が高く、エネルギー損失を抑えるフッ素樹脂「ポリテトラフルオロエチレン」製ビーム集光レンズが取り付けられた。これにより、前方からのビームはロケット内の集光点付近でプラズマを生成。その熱がロケット内の空気に伝わることで高温ガスとなり、推力が生じる。また、ロケットの加速でビーム集光レンズ脇の吸気口から新鮮な空気が取り込まれ、プラズマはロケット下方に排気される。これにより、次のビーム照射準備が整う仕組みだ。

  • 開発機体の前方(左)と後方(右)。円筒状ボディ前面にフッ素樹脂レンズを装着し、前方からのビームをボディ内で集光する設計
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

  • TMiPのビーム照射実験とプラズマの様子。プラズマはレンズの集光点付近で生成され、ビーム源方向へ伝搬。パルス幅が長いとプラズマ前縁がレンズに到達し、さらにビーム照射を継続するとレンズ脇の吸気口からロケット外部へと流出し、推進効率が低下することが判明した。高推進効率達成には、プラズマ前縁の伝搬距離がレンズの焦点距離を超えない設計が必要と判明した
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

実験用ロケットを独自開発の振り子式推力測定装置に取り付け、筑波大 プラズマ研究センター所有の核融合用ジャイロトロンから28GHz、210kWのミリ波ビームを前方から照射、推力が測定された。今回は推力の基本的特性把握のため、ビームは単発照射である。その結果、集光点付近でプラズマ生成に成功し、加熱ガスが集光レンズを押し上げることで、ビーム源に向かう推力も確認された。

続いて、ビームのエネルギーとパルス幅、ビーム集光レンズの焦点距離を変化させ、プラズマの構造や推進効率が調査された。エネルギーの増大またはパルス幅の延長により、集光点付近で生成されたプラズマ前縁がビーム源方向へ長距離伝搬することが確認された。また、プラズマ前縁がレンズ到達後もビーム照射を続けると、レンズ脇吸気口からプラズマが流出し、推進効率が低下することも判明。このことから、プラズマ前縁の伝搬距離がレンズの焦点距離を超えない、つまり、伝搬距離を焦点距離で割った指標が1を下回ることが高推進効率を得ることが明らかにされた。

最後に、独自開発のビーム伝搬・圧縮性流体シミュレーターを組み合わせ、高推進効率の機体設計が模索された。その結果、円筒ボディを小径化すると、高圧ガスを狭いロケット内に封じ込めて高圧化でき、高推進効率を実現できることが示された。

研究チームは今後、パルスビームによる打ち上げ実証実験を行う予定だ。