富山大学は、極低電圧で駆動する「エキサイプレックスアップコンバージョン型有機EL」(ExUC-OLED)において、ドナー・アクセプター(D/A)界面にスペーサーを挿入することでエネルギー移動効率を制御し、従来は困難だった材料の組み合わせでも高効率の発光に成功したと6月6日に発表した。
同成果は、富山大大学院 理工学研究科の深澤亮祐大学院生(研究当時)、同・大学 学術研究部 工学系の森本勝大准教授、同・中茂樹教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する光学材料の応用を扱う学術誌「ACS Applied Optical Materials」に掲載された。
ExUC-OLEDは、D/A層界面でのキャリア再結合で電荷移動錯体「エキサイプレックス」を形成。そのエネルギーは発光材料(エミッター)の三重項エネルギー準位へ移動し、エミッター内で2つの三重項励起子の衝突により高エネルギーの一重項励起子を生成する「三重項-三重項アップコンバージョン」(TTU)を経て、蛍光発光を可能とする。発光に必要な電圧はエキサイプレックス形成分のみで、発光材料のエネルギーギャップより低い電圧での駆動を実現。先行研究では、1.47V駆動の報告もある(通常約4V)。
しかしExUC-OLEDの性能は、エキサイプレックスのエネルギー(EEx)とエミッターの三重項エネルギー準位間のエネルギー移動効率に大きく依存する。そのため、高い効率の維持には、D/A材料の組み合わせが限定される課題があった。
近年、D/A両分子が空間的に離れていてもエキサイプレックスが形成され得ること、その距離の制御でEExを調整できる可能性が示された。これは、電荷分離状態のエキサイプレックスにおける電荷間クーロン引力が、距離で変化する現象を利用したものだ。この知見は、ExUC-OLEDにおけるD/Aの組み合わせの制約緩和と、材料選択の自由度向上につながる。
そこで研究チームは今回、その検証としてD/A界面へのスペーサー挿入によるエネルギー移動制御と性能向上をめざすことにした。
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α,β-ADN、PTCDI-C8、HFl-NDIで構成されたExUC-OLEDのデバイス構造(a)、エネルギーダイヤグラム(b)、化学構造(c)、定電流(500mA/cm2)発光時のスペクトル(d)、発光輝度-電圧特性(e)、EQEblue-電流密度特性(f)、電力効率-電流密度特性(g)
(出所:富山大ニュースリリースPDF)
まず、TTU発光材料「α,β-ADN」をD、HFl-NDIとPTCDI-C8をAとして組み合わせた2つのExUC-OLEDが評価された。両デバイスは約1.4Vの低電圧で青色発光したが、発光領域の外部量子効率には大差があった。HFl-NDIデバイスの0.40%に対し、PTCDI-C8デバイスは0.00083%。これは、D/Aの組み合わせによる形成EExが異なり、α,β-ADNの三重項エネルギー準位(1.7eV)へのエネルギー移動効率に差が生じたためだ。PTCDI-C8ではEExが低すぎ、エネルギー移動が起こりにくかったと推測された。
そこでPTCDI-C8デバイスに注目し、D/A界面にBCP製スペーサー(厚さ0、3、6、9nm)を挿入したデバイスが作製・評価された。スペーサー厚が増すに連れ、エキサイプレックス発光のピーク波長の短波長(高エネルギー)側へシフト。このEEx増加は、スペーサー層によるD/A間距離の拡大で電荷間クーロン引力が減少したためで、クーロンの法則による予測とよく一致したという。
PTCDI-C8デバイスの場合、スペーサーによるEEx増加が、α,β-ADNの三重項エネルギー準位へのエネルギー移動を効率化すると期待された。デバイスの外部量子効率測定の結果、スペーサー厚3nmで最大の外部量子効率(6.4×10^-2%)を達成。これはスペーサーなしの場合の約77倍であり、スペーサーによるEExの適切な調整がエネルギー移動を促し、性能を劇的に改善することを明確に示している。
一方、スペーサー厚を6nmまたは9nmに増やすと、外部量子効率が再び低下。これは、スペーサーが厚すぎるとD/A分子間の相互作用が弱まり、エキサイプレックス形成が阻害され、発光材料層内での不要なキャリア再結合が増加するためと推定された。つまり、エネルギー移動効率の最適化には、スペーサー厚の精密な制御が不可欠であることが判明した。
さらに、厚さ3nmのスペーサーとして、電気双極子モーメントの異なるBCP、TPBi、TmPyPB、UGH-2を用いたPTCDI-C8デバイスが評価された。ExUCは動作したが、スペーサー材料によりデバイスの外部量子効率は異なる値が示された。特に、双極子モーメントが大きい材料ほど高い外部量子効率が得られる傾向が確認された。この結果は、スペーサー材料の分極特性がエキサイプレックスの形成やエネルギー移動に影響する可能性を示唆し、スペーサー材料の選択がさらなる性能最適化の重要な要素となる。
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(a)スペーサー材料の化学構造。(b)異なるスペーサーを有するExUC-OLEDのEQEblue-電流密度特性。(c)EQEblue-スペーサー材料の電気双極子モーメント
(出所:富山大ニュースリリースPDF)
今回の研究で確立された界面スペーサー技術は、ExUC-OLED設計におけるD/Aペアの選択肢を飛躍的に拡大するとのこと。この技術により、エネルギー移動効率に加え、色純度、寿命、コストなど、多彩な要求を満たす材料をより自由に組み合わせ、目的に最適な高性能ExUC-OLEDの開発が可能になるという。
研究チームは今後、今回の知見を基に、多彩なD/A組み合わせにおけるスペーサー効果の詳細な解明や、双極子モーメントなどを考慮した高性能スペーサー材料の設計・開発を進め、ExUC-OLEDのさらなる高効率化と普及に寄与したいとしている。