資生堂は、CXのさらなる進化を目指して2021年にデジタル・IT戦略機能子会社である資生堂インタラクティブビューティーを立ち上げた。経済産業省からDX注目企業にも選ばれた資生堂。資生堂ジャパンの取り組みでは、優良顧客の獲得や売上の増加、LTVの向上といった成果もすでに出ている。

5月19日~22日に開催された「TECH+ Business Transformation Summit 2025 May. 課題ごとに描く『変革』のミライ」に、資生堂ジャパン チーフストラテジーオフィサー 兼 資生堂インタラクティブビューティー 共同代表取締役社長の笹間靖彦氏が登壇。資生堂インタラクティブビューティーが取り組んでいるCX戦略について説明した。

共通IDプラットフォームにより、包括的CXを目指す

講演冒頭で笹間氏は、資生堂ジャパンのCXについて、「これまでは店舗ごと、あるいは商品ごとの設計だった」と述べた。しかし、昨今ではデジタルインフラの進化により、店舗に行かなくても情報の取得や商品購入が可能になり、ソーシャルメディア上では情報も氾濫している。こうした時代に対応するため、同社ではデータドリブンでリアルとデジタルを統合し、顧客それぞれに生涯寄り添うような包括的なCXへと進化させようとしている。

その実現のために、同社は2022年に「Beauty Key」と呼ばれる共通IDプラットフォームを構築し、店舗やブランド、商品ごとにバラバラだったデータを一元管理できるようにした。

「1つのIDによりお客さまのあらゆる行動データを取得し、お客さまに新たな素晴らしい体験を提供する。そういうループをつくり上げることが、我々のCXのゴールです」(笹間氏)

  • 資生堂が目指すCX

  • 資生堂の実現したい世界のイメージ図

資生堂ジャパンのCXをリードするデジタル・IT戦略機能子会社を設立

こうした取り組みのなかで、複数の課題に直面した。まず、従来の会員制度の規約では、店舗をまたいだデータ共有ができなかった。また、購買データや行動データ、肌の状態を測定したデータが分散しており、統合的な分析ができない状況だった。さらに、データ分析環境が未整備で、デジタルマーケティングやデータ分析ができる人材も不足。また、ソーシャルメディアやCRMのアクティビティが増加するにつれ、そのためのコンテンツ素材も大量に制作する必要があるなど、課題は山積みだったという。

こうした課題の解決のため、資生堂グループのデジタル・IT戦略機能子会社として設立されたのが資生堂インタラクティブビューティーだ。この会社にはデジタルマーケティングを構築するDX、インフラ整備を担当するIT、デジタルに特化した人材を育てる人材育成の3つの部署を置いた。

「資生堂ジャパンの新たなCX戦略をリードし、ビジネスの在り方、目指す方向を変えていくのが資生堂インタラクティブビューティーです」(笹間氏)

これに伴って、新規顧客の獲得を至上とする従来の考え方も変更し、データに基づいて本当に必要な新規の優良顧客を獲得し、LTV拡大によって売上を増やす方針とした。同時に、新製品に偏重した広告投入も抑え、顧客からの支持の高い商品を継続的に育成。店舗だけではなくデジタルも統合して顧客との接点を強化することにした。

目的は「顧客体験ループ」を築くこと

これらの活動を支える基盤となるインフラの整備にも取り組んだ。まず、Beauty Keyによるデータの一元活用を可能にするため、店舗を横断してデータを使えるように規約を更新した。そして顧客エンゲージメントを高めるものとして、肌の状態の測定やメイクのシミュレーションなどを行う「Beauty-Tech」と呼ばれるビューティー体験を開発。これらから集まる大量のデータを分析する基盤の整備やデジタル人材の育成にも取り組んだ。これと並行して、長期愛用者を育成するロイヤリティプログラムの更新、店舗で活動していた美容部員を「オムニ美容部員」としてデジタルの世界でも活動できるようにしたり、CRMのコンテンツを大量に制作するため一部を内製化したり、データ分析チームをつくったりと、トップラインを上げるための取り組みも行っている。

これらの目的は、顧客との関係性を深める「顧客体験ループ」を築くことだ。このループで、顧客の体験をデータとして取得し、それを基に新たなサービスを広げ、そこで顧客が体験したものをさらにデータとしてストックし、顧客への新たな提案の質を向上させる。ただ現在の顧客の購買行動は、興味から比較、購入、サポートというような定型的なかたちではなくなっている。そのため、顧客の興味を惹くSNSやコンテンツライブ、肌の分析、カウンセリングなど、リアルとデジタル両方のタッチポイントごとにデータを収集。そのインプットとアウトプットが相互に作用するような仕組みをつくった。

  • 顧客体験ループのイメージ図

こうして自社だけでなくパートナーも含めたデータを整理すると、どんな体験が継続購入や購入回数増加につながるのかという購買行動のドライバーを把握できるようになった。例えば肌測定について見てみると、オンラインで測定した顧客の年間購入金額は未測定の約2倍、店舗で測定した場合は約2.5倍、両方で測定した場合は約4倍にもなる。つまり肌測定がドライバーになっていることが分かったのだ。

実際のアクションにつなげるために、CRM戦略はブランドごとに立案している。戦略の第一歩は優良顧客を定義することだ。ここでは単に購入金額だけを見るのではなく、使用している商品のカテゴリや購入頻度、継続年数などを考慮する。優良顧客が決まれば、そこへのパス、つまり優良顧客になるパターンを発見し、複数のパスのなかから注力すべきパスを選定し、それをKPIに設定する。優良顧客が増えているかどうかはつねにモニタリングし、パスの選定を何度もやり直すことで成果につなげている。

CX進化の取り組みが質の高い成長につながる

笹間氏は「成果の手応えは得ている」と話す。実際に、Beauty Keyの会員の購入金額は非会員の2倍、唾液から体質を判別してアドバイスをする「Beauty DNA Program」の利用者の購入金額は非利用者の約30倍という結果が出ている。また、どのブランドも継続会員数は増加し、ブランドによってはベースメイク購入者をスキンケアに移行させる引き上げ率が1.5倍になるなど、全体として成長を続けている。

「全ての主要ブランドが売上を2桁以上伸ばすなど、CXを進化させる取り組みが質の高い成長につながっていると感じています。DXへの投資分はこの数年で取り戻した状態です」(笹間氏)

これらの取り組みのなかで資生堂ならではと言えるのが、オムニPBP(パーソナルビューティーパートナー)と呼ばれるデジタルの領域で活動する40人ほどの美容部員だ。Instagramのフォロワーは合計で100万人を超え、1人で10万人以上のフォロワーを持つメンバーもおり、SNSでの投稿は広告換算で考えると相当の価値に上っているという。彼女らが自ら企画、設営、放映まで行うライブコマースでは、1日で最大1000万円を大きく超えることもあるそうだ。

「こうした活動は、資生堂インタラクティブビューティーと資生堂ジャパンが共同で行っています。資生堂インタラクティブビューティーを牽引者に、引き続き質の高いCXを目指していきます」(笹間氏)