はじめに

電力変換アプリケーションの多くは、広い入出力電圧範囲に対応する必要があります。アナログ・デバイセズは、そのようなアプリケーションに対応できる製品として、4つのスイッチを使用する昇降圧レギュレータ(以下、4スイッチ昇降圧レギュレータ)を提供しています。その中でも「LTM4712」を使用することで、大電流に対応しつつ高い効率を実現できるようになります。

LTM4712は、完全統合型のμModuleレギュレータとして実現されています。高度な3Dパッケージに、コントローラ、パワーMOSFET、パワー・インダクタ、コンデンサが収容されており、これを活用することでコンパクトな設計と堅牢な性能を実現できます。このレギュレータは、広い入出力電圧範囲にわたって、高い電力密度と効率、優れた熱性能を発揮します。本稿では、同製品の汎用性に注目し、様々なトポロジで利用可能であることを示します。実際、同製品を使用すれば、降圧(ステップダウン)、昇圧(ステップアップ)に加え、負の電圧を必要とするアプリケーション向けの反転昇降圧の構成も実現できます。

4スイッチ昇降圧レギュレータを降圧用途で使用する

アナログ・デバイセズは、40Vに近い入力電圧と4Aを超える最大負荷電流に対応可能な降圧μModuleレギュレータ製品を複数発表しています。図1は、それらの製品についてまとめたものです。これらのレギュレータは、電圧と電流の範囲に制限があるとも言えます。それに対し、4スイッチ昇降圧レギュレータであるLTM4712を降圧μModuleレギュレータとして使用すると、他の製品と比べて動作範囲を拡大し、システム設計を簡素化することができるようになります。

  • 40Vに近い入力電圧と4A以上の負荷電流に対応可能な降圧μModuleレギュレータ

    図1. 40Vに近い入力電圧と4A以上の負荷電流に対応可能な降圧μModuleレギュレータ

特別な調整を行うことなく降圧レギュレータとして簡単に構成することができ、VIN>VOUTである場合、同ICのコントローラはパワーMOSFETであるM3を常にオフにし、同M4を常にオンにします(図2)。

一方、パワーMOSFETであるM1とM2は、標準的な降圧レギュレータと同様に動作して出力をレギュレートします。この場合、LTM4712は、M4によって伝導損失が増加するのにもかかわらず、降圧μModuleレギュレータ「LTM4613」よりも優れた電力効率を達成します(図3)。これは、パワーMOSFETとインダクタに関する技術の進化によって実現されています。

表1は、強制空冷を使用しない場合の熱性能を比較したものです。LTM4712の効率の優位性を示したものであり、降圧レギュレータ「LTM4613」よりも多くの電力を供給しても、フットプリントは同程度ながら、より低い温度で動作することがわかります。

  • LTM4712を降圧レギュレータとして使用する例

    図2. LTM4712を降圧レギュレータとして使用する例

  • 降圧モードにおける効率と出力電流能力の比較

    図3. 降圧モードにおける効率と出力電流能力の比較。(a)は5V出力時の効率、(b)は12V出力時の効率を示したもの

  • 降圧モードにおける熱性能の比較

    表1. 降圧モードにおける熱性能の比較(TA = 25℃、強制空冷なし)

4スイッチ昇降圧レギュレータを昇圧用途で使用する

アナログ・デバイセズは、40Vレベルの出力に対応する昇圧μModuleレギュレータも提供していますが、製品としては4Aの最大出力電流に対応する「LTM4656」のみです。それに対してLTM4712を昇圧レギュレータとして使用すると、より多くの負荷電流に対応することができるようになります。

  • LTM4712とLTM4656の比較

    図4. 40V出力に対応する昇圧レギュレータ。LTM4712とLTM4656の比較

LTM4712をVIN < VOUTのアプリケーションで使用する場合、M1は常にオンになり、M2は常にオフになります(図5)。

M3とM4は、一般的な昇圧レギュレータと同じように動作して出力を自然にレギュレートします。出力短絡保護の機能を備えていない標準的な昇圧レギュレータとは異なり、この4スイッチ昇降圧レギュレータは同機能を潜在的に備えています。

具体的には、出力がグラウンドに短絡すると、M1とM2が降圧レギュレータとしてのスイッチング動作を開始し、入力から出力に流れる電流を制限します。短絡電流の最大値は、入力パスまたは出力パスに配置された抵抗RSENSEに流れる電流、またはインダクタのピーク電流のうち少ない方によって制限されます。従来の昇圧レギュレータの場合、起動時にVINが急速に上昇すると、制御されていない大きな突入電流が昇圧ダイオードに流れてコンデンサCOUTが充電されます。それに対し、4スイッチ昇降圧レギュレータは、VOUTが低い場合には必ず降圧モードで起動します。そのため、入力突入電流は、インダクタの電流をソフト・スタートすることで厳密に制御/制限されます。つまり、4スイッチ昇降圧レギュレータを採用すれば、従来の昇圧レギュレータを使用する場合よりも信頼性の高い昇圧機能が得られることになります。

  • LTM4712を昇圧レギュレータとして使用する例

    図5. LTM4712を昇圧レギュレータとして使用する例。出力短絡保護の機能を備えていることになる

図6は、LTM4712とLTM4656の効率と出力電流を比較したものです。また、表2では両レギュレータの熱性能を比較しました。これらを見れば、LTM4712を使用することで、より優れた効率、広範な出力電流、優れた熱性能が得られることがわかります。なお、どちらもフットプリントは16mm×16mmです。

  • 昇圧モードにおける効率と出力電流能力の比較

    図6. 昇圧モードにおける効率と出力電流能力の比較。(a)は24V出力時の効率、(b)は36V出力時の効率を示したもの

  • 昇圧モードにおける熱性能の比較(TA = 25℃、強制空冷なし)

    表2. 昇圧モードにおける熱性能の比較(TA = 25℃、強制空冷なし)

4スイッチ昇降圧レギュレータを負の電圧が必要な反転昇降圧用途で使用する

標準的な降圧レギュレータを使用すれば、負の電圧を生成するように構成することができます。それと同様に、4スイッチ昇降圧レギュレータも、負の電圧が必要な用途に向けて反転昇降圧の機能を提供するように構成することが可能です。その場合、M1とM2の状態は相補的に切り替わります(図7)。一方、M3はオフの状態、M4はオンの状態で維持されます。この場合、最大電圧VMAX = |VIN| + |VOUT|が、LTM4712の最大定格電圧である40Vを超えないよう注意しなければなりません。インダクタを流れるDC電流ILは、IL = IOUT/(1 - D)で決まります。ここで、DはM1とM2の相レグのデューティ・サイクルです。なお、ここではM1を1次スイッチとして扱います。

  • LTM4712を反転昇降圧レギュレータとして使用する例

    図7. LTM4712を反転昇降圧レギュレータとして使用する例

図8に示したのは、LTM4712を反転用途で使用する場合の回路例です。この回路は、24Vの入力電圧を基に-12Vの出力が得られるように設計されています。また、最大10Aの負荷電流を供給することが可能です。図9に、この回路の効率の実測結果を示しました。

  • LTM4712を反転用途で使用するための回路

    図8. LTM4712を反転用途で使用するための回路

  • -12Vを出力する場合の効率

    図9. -12Vを出力する場合の効率

反転昇降圧レギュレータを起動する際には出力電圧が0Vよりわずかに高くなることがあります。4スイッチ昇降圧レギュレータを反転モードで動作させる場合にもこれと同じ現象が生じます。

図10は、4スイッチ昇降圧レギュレータを反転モード用に構成した場合に出力電圧が起動時に反転するメカニズムについて示したものです。入力電圧が印加された際には、4つのMOSFETがスイッチング動作を開始する前に、入力電流が2つの経路を通じて出力コンデンサを逆向きに充電し始めます。2つの経路のうち1つは、M1とM2の両端に配置されたデカップリング・コンデンサCINを介する経路です。もう1つは、CINTVCCの経路です。CINまたはCINTVCCがCOUTよりもはるかに大きい場合、反転した出力電圧が高くなる可能性があります。

ただ、μModuleレギュレータの内部にはクランプ回路が潜在的に形成されています(図11)。図中のVSD3とVSD4は、それぞれM3とM4のソース‐ドレイン間電圧を表しています。-VOUT > VSD3 + VSD4である場合、M3とM4のボディ・ダイオードが導通して充電電流を引き継ぎます。これら2つのボディ・ダイオードが潜在的なクランプ回路として機能するということです。また、最大反転出力電圧はVSD3 + VSD4になります。

  • 起動時の充電電流の経路

    図10. 起動時の充電電流の経路

  • 4スイッチ昇降圧レギュレータに内在するクランプ回路

    図11. 4スイッチ昇降圧レギュレータに内在するクランプ回路

図12に示したのは、起動時における反転出力電圧の実測結果です。図12(a)では、COUT(330μF)に比べてCIN(50μF)は小さく、反転出力である-VOUTは約0.75Vになっています。CINの値を350μFに変更すると、図12(b)に示すように、反転出力である-VOUTは1.5Vになります。

CINとCOUTの比を調整すれば、正の出力電圧を最小限に抑えることができます。例えば、その比を小さくすると、内部のクランプ電圧(VSD3 + VSD4)に達する前の正の出力電圧が低下します。また、図8に示すように、クランプ用に順方向電圧の小さいショットキー・ダイオードを出力に外付けすれば、正の電圧を所望のレベルに制限することも可能です。

  • 起動時の反転した-VOUTの実測結果

    図12. 起動時の反転した-VOUTの実測結果。(a)はCINがCOUTに比べて比較的小さい場合の例(それぞれ50μFと330μF)。(b)はCINがCOUTに比べて比較的大きい場合の例(それぞれ350μFと330μF)

まとめ

4スイッチ昇降圧レギュレータは、特別な設定を行うことなく降圧レギュレータとしても昇圧レギュレータとしても使用できます。この4スイッチ昇降圧レギュレータ(μModuleレギュレータ)であるLTM4712は、既存の降圧μModuleレギュレータや昇圧μModuleレギュレータと比べて、効率、熱性能、出力電流能力が優れています。このことは、実測によって確認されています。また、LTM4712は、負の出力が必要なアプリケーション向けに、反転昇降圧レギュレータとして簡単に構成することができます。これについても、高い効率が得られることが実測によって確認されています。本稿では、その場合に出力電圧が瞬間的に反転する現象のメカニズムについても解説しました。その上で、それに対処するための設計上のガイドラインと解決策を示しました。

LTM4712の実装に関する包括的なガイダンスとしては、同製品のデータシートと評価用キットの設計情報が活用できるほか、設計ツール「LTpowerCAD」とシミュレーション・ツール「LTspice」もサポートしているので、これらのリソースを活用することで、多様なアプリケーションで性能を最適化するために不可欠な貴重な知見を得ることができるようになります。

本記事はAnalog DevicesのTECHNICAL ARTICLE「Configuring Four-Switch Buck-Boost µModule Regulators for Versatile Applications: Step-Up, Step-Down, or Inverting Output」を翻訳・改編したものとなります

参考資料