東京大学は、キングペンギン(別名:オウサマペンギン)の背部に小型ビデオカメラを装着し、深度100m超の暗い海中で餌の魚を捕らえる様子を世界で初めて動画で撮影することに成功。その捕食様式などを解明したと、5月28日に発表した。
同成果は、東大 大気海洋研究所(AORI)の上坂怜生特任研究員、同・坂本健太郎准教授、同・佐藤克文教授、フランス国立科学研究センター シゼ生物学研究所のチャールズ・アンドレ・ボスト研究部長らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国生態学会が刊行する生態学を扱う学術誌「Ecology」に掲載された。
キングペンギンは、地球上で2番目に大きいペンギンで、南緯40〜60度の亜南極域に生息する。鳥類ながら深度100m超の暗い海中に潜り、餌を採る驚異的な能力を持つ。先行研究により、同ペンギンが暗い海中で餌を採ることはわかっていたが、実際にどのように獲物を捕らえるのか、具体的には、逃げ回る魚を追いかけるのか、もしくは止まっている魚に静かに近づいて捕らえるのかといった捕食方法は不明だった。これは映像記録がなく、潜水深度などの記録だけでは魚の動きやペンギンと魚の間の駆け引きが把握できなかったためだ。
キングペンギン以外のいくつかの種類のペンギンにおいて、餌を捕らえる瞬間の様子はこれまで動画で撮影されていたが、それらの種は深く潜らず、太陽光が届く明るい深度での撮影が可能だった。
研究チームは今回、インド洋南部のケルゲレン諸島に生息するキングペンギンの背中にLED光源付きの小型ビデオカメラを装着し、暗い海中での捕食行動の動画撮影を試みることにした。
海中では可視光のうち、赤色の光(波長の長い光)は吸収されやすいため遠方まで届きにくい。そのため、魚やペンギンなどの視覚は赤色をほとんど知覚できないと考えられることから、今回のLED光源には赤色が採用された(そのため、撮影映像は赤い画面となっている)。
キングペンギンは、捕食の0.5〜1.5秒前(泳ぐスピードで換算すると魚の1〜3m手前に相当)に首を餌の方向に向けてターゲットを定め、その後首を伸ばすようにして一気に魚をついばんでいた。この時魚は、くちばしに捕まる瞬間までペンギンの接近に気づいていないか、または捕まる0.1秒前という、逃げるには遅すぎるタイミングで回避行動を取っていた。これらの事実から、魚に気づかれることなく忍び寄るキングペンギンの能力が示唆されるとした。
今回ビデオカメラが装着されたペンギンは、約1時間半の映像中で136回の捕食を試み、そのうち118回(86.8%)の成功率で魚を捕らえていた。捕食の成功率は映像によってのみ正確に調べられる数値であり、今回の研究によって初めてキングペンギンの優れた捕食能力が解明された。
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ビデオカメラを装着したキングペンギンと餌の魚を捕らえる瞬間の様子。(a)小型ビデオカメラを背部に装着したキングペンギンのイラスト。(b)実際の映像の切り抜き(左列)とペンギンの首の位置を分かりやすくしたイラスト(右列)。各コマの右下の数字は、捕食の瞬間から何秒前かを表す。この捕食イベントでは、2コマ目(捕食の0.83秒前)にペンギンが首の向きを変えて魚に狙いを定め、3〜4コマ目で魚を捕らえている。LEDの色には、ペンギンや深海の生物がほとんど知覚できないとされる赤色が採用されたため、画面が赤い
(出所:東大 AORI Webサイト)
ビデオカメラのセンサで記録された潜水深度の変化から、キングペンギンは深度100〜150mまで一気に潜水後、潜水の中盤で上昇と下降を数回繰り返していた。この深度記録と餌採りのタイミングを比較した結果、大半(81.6%)の捕食イベントが上昇中に行われていたことが判明。つまり、多くの場合、キングペンギンは上昇中に魚を下方向から捕らえていることになる。
上昇しながら魚を捕獲した後は、再度魚が多く生息する一定の深度まで下降し、再度上昇することで効率よく捕食しているため、上昇と下降を繰り返していることが推測されるとした。より深く暗い下方向から近づくことは、魚に気付かれにくいメリットのほか、明るい海面を背景にすることで魚を見つけやすいといった効果も利用している可能性があるとしている。
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(a)キングペンギンの潜水深度の変化。同ペンギンは、5分程度の潜水後に海面で休憩し、再び潜水を繰り返す。灰色の領域は映像が撮影されていた時間帯を示し、この間に深度50mを超える潜水が12回あった。黒点と赤点はそれぞれ捕食イベントの成功と失敗を表す。(b・c)2つの潜水の中盤の拡大図で、どちらの潜水でも上昇と下降を繰り返しているが、捕食イベントが上昇中に集中していることがわかる
(出所:東大 AORI Webサイト)
キングペンギンが生息する亜南極海域には、ミナミゾウアザラシやナンキョクオットセイといった大型動物も生息し、同じ魚を餌とする。しかし、それぞれ体格や泳ぐスピード、小回りの利きやすさが異なるため、捕食方法にも違いが見られる。
たとえば、ミナミゾウアザラシは長時間深く潜水してゆっくりと魚に忍び寄り、ナンキョクオットセイは逃げる魚を素早い動きで追いかけて捕まえる。一方でキングペンギンは、上昇と下降を繰り返しながら、魚に気づかれないように静かに近づいて捕らえる、独自の捕食方法を用いていた。この方法は、体が比較的小さく小回りが利くキングペンギンにとって、特に有利なやり方である可能性が示唆されるとした。
今回の研究は、キングペンギンが多くのライバルたちと競合しつつ、過酷な海中でどのように生き延びてきたのかを解明する手がかりになるという。また、今回の成果は、同じ海域で同じ餌を食べる複数種の動物たちが、どのように共存しているのかを理解するための重要な一歩となることが期待されるとしている。