SAPはこのほど、米フロリダ州オーランドで年次イベント「SAP Spphire 2025」を開催し、AI関連でコパイロットの「Joule」やエージェントなど、多数の発表を行った。同イベントで、AI担当グローバル責任者のWalter Sun(ウォルター・サン)氏に、SAPのAI戦略について聞いた。
SAPの生成AIの現在地
--SAPの生成AIの取り組みの経過を教えてください--
Sun氏: SAPは2023年9月に「Joule」をAIコパイロットとして発表し、AI戦略を本格化させました。
現在、AIエージェントが話題ですが、SAPは2024年6月の「Sapphire」で、すでにエージェンティック・ワークフローのデモンストレーションを行っています。オフィススペースの改装を例に、財務エージェント、調達エージェント、倉庫エージェントが協調してプロセスを進める様子を示しました。
私たちのAI戦略は常に「ビジネスユーザーに最新かつ最高の技術を提供する」こと。2024年6月の時点でエージェンティックAIが後に大きなトレンドになると予測し、それをデモすることができました。2025年第2四半期の段階で12のエージェントを用意しており、その数を年末には40にします。
平行して、Jouleのスキルも追加しています。2024年、SAPは全アプリケーションを対象に最も使われるユースケースの80%についてスキルを用意すると発表し、年末までに完成しました。
同じく2024年に「Joule Studio」を発表しました。Joule Studioは開発者向けツールの「SAP Build」の一部で、パートナーや顧客企業はこれを利用してJouleを拡張できます。自社の組織図や非SAPのツールなどの情報を活用し、例えば「組織図について教えて」といった質問に答えることができます。
今年のSapphireでは、Joule Studioを強化してカスタムスキルを構築できるスキルビルダー、ローコード/ノーコードでカスタムAIエージェントを構築できるエージェントビルダーも発表しました。SAPもエージェントを提供し、各LOB向けの製品も独自のエージェントがありますが、それでは補えないものについてはJouleで独自のエージェント構築できます。
SAPが考えるAIエージェントとは
--Jouleエージェント技術の特徴を教えてください--
Sun氏: Jouleエージェント技術は、SAPのシステムに組み込まれた形で提供します。それだけでなく、SAPは(エージェント間の通信プロトコルである)Agent2Agent(A2A)にも賛同しています。A2AはさまざまなAIエージェント間の翻訳を行うもので、ユーザーはSAP以外でA2AをサポートしているGoogle、Microsoftなど他のエージェントやエコシステムにもアクセスできます。
--マルチエージェントの具体的な活用例を教えてください--
Sun氏: 係争管理の「Dispute Management」の例を紹介します。例えば、日本からアメリカに100セットの木材を輸出したとします。太平洋を越えた後、90セットしか確認できなかったとなると、財務エージェント、キャッシュ回収エージェント、倉庫エージェントが協力して、「船で何セット配送したと主張したか?」「実際に請求したセット数は?」「どこに不一致があるか?」といった事実確認を自動的に行い、問題を特定します。
人間は創造的ですが、エージェントは事実的な処理が得意です。このような定型的な業務を自動化することで、ビジネスの効率を大幅に向上させることができます。
--マルチエージェント時代に競争環境はどう変化すると見ていますか? SAPのポジショニングをどう考えますか?--
Sun氏: A2Aプロトコルは競争のダイナミクスを変えつつ、企業間の新しいレベルの協力を生み出す可能性を秘めています。重要なことは、顧客が利益を得られること。われわれベンダーは顧客利益を確実にするオープンエコシステムを構築しなければなりません。
これはインターネットがHTTPプロトコルでオープンであることに似ています。もし各企業が独自のプライベートインターネットを持っていたら、今日のように機能しないでしょう。中央集権的なシステムは顧客にとって良いことです。
もちろん、SAPのエージェントエコシステムを使ってもらいたいですが、他社が構築したエージェントにアクセスしてやりたいことを実現してもらう、これをSAPは支援します。
AI開発・運用のための基盤「AI Foundation」
--Sapphireで発表した「AI Foundation」の役割を教えてください--
Sun氏: AI Foundationは、SAPのBusiness AIソリューションのオペレーティングシステムです。AI開発とオペレーションをよりシンプルに、効率よくすることを目的としています。
AI Foundationを構成する重要な要素が「Knowledge Graph」です。SAPは財務、サプライチェーン、オペレーションなど異なる事業分野に製品を持っているため、これらの関連性を理解する知識グラフを構築できます。例えば、サプライチェーンの在庫情報と出荷日程の関係性を把握し、一方が他方にどう依存するかを理解できます。
また、先ほどお話ししたJoule Studio、30以上の大規模言語モデルをサポートする「AI Hub」もあります。ここではNot Diamondとの提携により、顧客が利用したいユースケースに最適な言語モデルとプロンプトの最適化の機能も備えます。
SAPの基盤モデルをベースとしたTabular AIサービスも含まれます。言語モデルはスプレッドシートなどの処理が苦手です。そして、銀行口座や企業の財務情報など機密性の高い表形式データは一般的なAIモデルの学習データには含まれていません。そこで、表形式のデータに特化したAI技術としてTabular AIを開発しました。
このほか、文書情報抽出機能として、写真を渡すだけで自動的に内容を判別します。この技術は倉庫の輸送ノート、Concurのレシート、金融会社の請求書など、さまざまな用途で再利用できます。
AI検索エンジン「Perplexity」との提携で何が可能になる?
--SapphireではPerplexityとの提携も発表しました--
Sun氏: PerplexityはAI検索エンジンで、Perplexityとの提携により、これまでの内部RAGシステムを外部検索で拡張できます。
例えば、「SAP Sapphireに行きたい」とConcurシステムに依頼したとします。システムは「あなたの住所は知っていますが、SAP Sapphireが何かは分かりません」と応答します。これに対し、PerplexityがWebを検索して「SAP Sapphireは米国フロリダ州オーランドまたはスペイン・マドリードで開催される会議で、日程は……」という情報を取得します。その情報が内部システムに返され、「5月18日のオーランドへのフライトを予約してください」と続けることができます。
Perplexityとの提携により、Jouleが何でも対象にできる世界を実現します。Sapphireでは、Jouleがどこでも表示される世界をデモしました。買収したDAP(デジタル・アダプション・プラットフォーム)のWalkMeの技術を生かし、ユーザーの同意を得るとSAPを使っていない時でもJouleが表示されるという内容です。
--AI時代においてERPはどのように進化すると考えますか?-- {#ID5}
Sun氏: SAPは1972年から始まり、50年以上にわたって技術の進化と共に成長してきました。インターネット時代、モバイル時代を経て、今度はAI時代です。
重要なのは、新しい技術が登場しても既存のUIが完全に消えるわけではないということです。Windowsにコマンドプロンプトがまだ残っているように、ハイブリッドアプローチが現実的です。
Jouleにより自然言語で速いエントリーポイントを提供しますが、リクエスト時にはアプリケーションが背後で開きます。ユーザーはチャットを続けることも、マウスで従来のUIを使うこともできます。S/4HANAに習熟した財務スペシャリストは、自然言語を使う前に従来の方法を選ぶかもしれません。
私たちの仕事は、技術と共に進化し続け、顧客に最大の利益をもたらすことです。
AIに関わる3つの計画
--今後の計画と展望を教えてください--
Sun氏: 主な計画として3つお話します。
1つ目として、A2Aの活用を通じて顧客が広範囲にAIエージェントを活用できるようにすること。Joule Studioにより、APIとエージェントの両方でJouleを拡張できます。
第2に、Not Diamondとの提携を皮切りに、顧客のための自動モデル選択を支援します。顧客は自分たちの本業に集中すべきであり、どのLLMを選ぶかで心配をしたくないはずです。SAPが代わりに選択します。
第3に、Perplexityとの統合により、内部検索システムを外部検索で拡張し、より包括的なAIエコシステムを構築します。最終目標は「Jouleをどこでも、何にでも使える(Joule everywhere, Joule anything)」の実現。顧客が技術の詳細を気にせず、ビジネスに集中できる環境を提供することです。

