サントリーホールディングス会長・新浪剛史「日本は高付加価値のモノづくり力で勝負を!」

『朝令朝改』で 次のプランの準備を!

 何が起きてもおかしくない時代に、「何かが起こったら、次の手を打つ。そのプランが駄目という時のために、次のプランも作っておく。そういうマルチシナリオプランニングの時代になった」とサントリーホールディングス会長・新浪剛史氏。

 米トランプ政権が4月2日に発表した『相互関税』政策は、世界中にショックを与え、混乱を巻き起こしている。

 米政権は何よりも自国の貿易赤字縮小を目指し、日本に対しては24%の相互関税を課し、個別の関税率を示していない全ての国や地域を対象に一律で10%の関税を課すとする。

 この関税策が発表されるや、各国の株式市場は暴落。その後、米政権が実行を延長し、『90日間の猶予』を発表すると株価も反騰したりと、市場は誠に荒っぽい動き。

 基本的に、高関税策は相手国の報復関税を引き起こし、貿易縮小、経済減退を招き、世界経済全体を委縮させる。

 現に、世界不況入りを示唆する数字が様々な形で示され、株安、債券安、ドル安の〝3安〟が現実のものとなっている。

 サントリーホールディングス(HD)はグローバル化を進め、現在、売上収益の5割超を海外であげている。海外にも生産拠点を持ち、各拠点から輸出入のネットワークを構築し、自由貿易の〝果実〟を享受してきた。

 今回の米トランプ政権の関税策によって、これらのサプライチェーンが打撃を受けることにもなりかねない。

 新浪剛史(1959年=昭和34年1月生まれ、66歳)は、三菱商事で社会人生活をスタートさせ、その後、コンビニのローソンの社長として同社の経営に当たり、2014年サントリーに招かれ、同社社長に就任。米ビーム社の買収(総額160億ドル=1兆6500億円、当時の為替相場での日本円換算)を手がけ、米国内での生産および販売を拡大させてきた。

 また、この間、経済同友会代表幹事に就任(2023年4月)し、賃上げの提唱など、生き方・働き方改革等を通じて、日本再生に熱心に取り組んでいる。

 社長就任後10年余が経った今年3月、本拠のサントリーHD会長に就任。後継社長には創業家出身の鳥井信宏氏(1966年=昭和41年3月生まれ、59歳)が就任した。

 会長職には、同じく創業家出身の佐治信忠氏(1945年=昭和20年11月生まれ、79歳)もいて、珍しい〝会長2人体制〟も話題を呼ぶ。

 同社としても、先行き不透明な時代を、新しい体制で生き抜こうということだ。

 新浪氏が改めて語る。 「何が起きてもおかしくはないという時代になったのですが、予想ができないということを、われわれ経営者は言っていられないわけですよね。決めなければいけませんから」

 経営者の仕事は決断である。新浪氏は、「何かが起こったら次の手を打つ。ある意味、朝令朝改的なことが必要になってきた」と語る。

『朝令暮改』という言葉は、朝、新しい令(ポリシー)を打ち出したのに、暮(夕方)にはそれを変更する慌ただしさを指すものだが、目まぐるしく状況が変化する今は、それでは間に合わず、『朝令朝改』が要求されるという新浪氏の時代認識だ。

 急変する事態に即応していくには、「それなりの準備をしておかないと対応できない」と新浪氏は強調。

 商品を運搬する海運ルートにしても、スエズ運河が使えるか、使えない場合はアフリカ最南端の喜望峰ルートを取るなど、変化する状況に対して様々な手を打つことが必要とされる。

 日々、サプライチェーンの状況が変わり、そこへさらに今回のような関税がかけられてくる。

「もしくは関税がかからなくなるケースも出てくるし、両方あるわけですよね。そういう意味で何が起きるかということを想像しても、その通りにならない可能性がある時に、すぐ次のプランが用意できているのかということ。それをマルチシナリオプランニングと呼んでいるんですが、これがコストがかかるわけです」

 新浪氏は、今後の経営を考える上で、全く新しい手法が必要だという考えを示す。その新しい手法とは何か?

野中郁次郎氏の 『失敗の本質』を参考に

 日本が誇る経営学者・野中郁次郎氏(1935年生まれ、今年1月逝去、享年89、一橋大学名誉教授)の著作『失敗の本質』を引き合いに、新浪氏が続ける。

「日本って、やはり(エネルギーなどの)経営資源がなかったら、プランAしか作れなかったと。プランAをやり抜くために、それこそ根性をかけてやれと、これが旧日本軍のやり方だった。野中さんがそれを踏まえて書かれた『失敗の本質』がいまだに続いているわけで、今はこれを変えるいいチャンスだとわたしは思っています。トランプさんによって、ウェイクアップコールを貰ったんだと」

 確かに、米トランプ政権の高関税策はコスト高を招き、インフレ経済になることが懸念される。世界景気後退のリスクが高まることが予測されるわけだが、一方で、日本および日本企業にある〝暗黙知〟を掘り起こし、既存のノウハウといった〝形式知〟との対話や議論が深まることで、新たな知識創造が生まれるのではないかということである。

 まだ言葉に言い表わされていない暗黙知は、〝職人技〟という言葉がある日本が得意とするところ。現在の混沌とした状況下で、それを活用していこうという氏の呼びかけだ。

米国ファースト政策が 当分続く中での対応は?

 第2次大戦終了から80年が経つ。この間、米国は世界の政治、経済をリードしてきた。

 戦後の安定した世界秩序を形成するために、米国は率先して『国際連合』をつくり、経済面では米ドルを基軸通貨にして自由貿易体制を構築した。いわゆる〝ブレトンウッズ体制〟である。

 経済価値の根源は金(ゴールド)にあるとし、金とドルの交換を可能にする〝金ドル本位制〟を敷き、各国の通貨とドルの間は固定相場制にした。

 世界最大の軍事力、経済力を背景に、米ドルを基軸通貨にしたが、この80年間でその優位性は変化していった。

 まず1971年のニクソン・ショック。戦後26年が経ち、ベトナム戦争で国力を消費した米国の経済は相対的にその地位が低下。ニクソン政権は、ドルの金本位制からの離脱、為替も変動相場制にし、実質的なドルの切り下げを断行、日本などに輸入課徴金を敷くことを決めた。

 それだけ当時の米国の国力が落ち、余裕がなくなり始めていたということ。今回のトランプ政権の高関税策も他国からの輸入を制限することが目的。そうやって自国産業を保護し、国内の製造業を復活させるということであるが、その走りは54年前のニクソン政権時の輸入課徴金と言っていい。

 日本からすれば、「何を身勝手な」と言いたくなる米国のMAGA(Make America Great Again、米国を再び偉大な国に)政策だが、トランプ政権は、自国第一主義(アメリカファースト)策で貿易赤字を減らし、自国の製造業を復活させると本気で考えている。米国は世界各国の振興に貢献してきたのに、「米国の富は海外に収奪されている」という被害者意識が今の米国で高まっているということ。

 その影響が随所で生じている。そうした中を日本企業はどう生き抜いていくか─。

社長在任10年余で 一番嬉しかったこと

 新浪氏が2014年10月に社長に就任して以来10余年が経つ。この間、一番嬉しかったことは何か? という質問に新浪氏が答える。

「われわれがグローバルに経営を展開している中で、それを担う人材が育ってきているということですね」

 同社の海外売上高比率は5割を超え、営業利益は6割を占める。海外に生産・販売拠点をつくるなど、グローバル化が進む。グローバルで活躍する人材はどう育ってきたのか?

「酒類・飲料分野でわれわれが買収した会社、サントリーグローバルスピリッツ(旧ビーム社、米国)もそうですし、オランジーナにしても、サントリーのやってみなはれ精神と利益三分主義といった創業精神を浸透させることができるようになったと」

『やってみなはれ』とは、創業者・鳥井信治郎の新しいことに挑戦するチャレンジ精神を言い表す言葉。

『利益三分主義』は、「事業によって得られた利益を『お客様、得意先』、『事業への再投資』、『社会への貢献』に役立てるという創業者・鳥井信治郎の考えを示している。

 社員への還元に関しては、『事業への再投資』、最近では、『サントリー大学』での人材育成、さらに産業界で率先して進める賃上げなどを実行している。

鳥井信宏・新社長と 二人三脚でやること

 同社はこの10年間で売上高を2倍超、営業利益を2.5倍に増加させた。

 ちなみに、2024年12月期は酒税控除後で3兆797億円(前年比4.3%増)、営業利益は3289億円(前年比3.7%増)となっている。

「これは過去の結果であって、それよりも見えない資産である人材ですね。なかなか数値では見えない人材、この人たちが育ってきました」

 新浪氏は、「ここが次に向けて、鳥井信宏新社長とわたしとで二人三脚をやる上で、大変重要な要素だと、このように思います」と語り、次のように続ける。

「(サントリーグループには)日本人のみならず、ノンジャパニーズの人もいます。多様な人たちが一緒になって、サントリーでやっていこうと。そういう有能な人材が育ってきたということだし、やはり重要なのは人だなと思っています」

米国が重要な市場であることは間違いない

 それではその『人』の潜在力・可能性をどう掘り起こしていくのか?

「それは、日本のやり方はこうだからと押し付けるのではなく、こういう考え方もあるよなと受け止める受容力だと思うんです」

 受容力。自分の考えを相手に押し付けるのではなく、相手と対話・議論し合いながら、解を見つけ出していく。包摂力、コミュニケーション力と言ってもいいかもしれない。

「受容力が出てきたなと。わたしが来た時は、サントリーはこうだから、こうでなきゃ駄目だという考えも強かったのですが今はそうではなく、外から見るとこうだねという視点が広くなった。国内で頑張った人が海外に行ったり。特に営業出身の人たちが海外を経験して日本に戻ると、また違うやり方で仕事をしてくる。こういう所がすごく良かったかなと思っています」

 受容力が高くなると、相手との共存共栄、つまり共生を図ることができる。

 そうした人材が育ってきたことに手応えを感じながら、新浪氏は次のように続ける。

「アメリカという国はイノベーションの塊ですから、アメリカを経験することがすごく重要だと考えています」

 飲料の分野では、ソフトドリンクにしても次から次へと新しいタイプの商品が開発される。

 例えば、RTD(Ready To Drink)と言われる飲料。栓を開ければ、すぐに飲むことができる飲料のことで、缶チューハイ、缶カクテル、缶ハイボールなどの低アルコール飲料を指す。

 また、アルコール度数『ゼロ』のノンアルコールドリンクも老若男女問わず人気が出始めるなど、飲料の世界も急速に変化。

 多額の投資(約1兆6500億円、2014年当時)で買収した米国の旧ビーム社(現サントリーグローバルスピリッツ)も、そうした開発競争の真っ只中にあるとして、新浪氏が語る。

「そういう変化の真っ只中にいないと、自身のイノベーションも上手くいかない。日本もR&D(研究・開発)はできる。しかし、新しい商品を開発するという意味で、やはりこの10年、アメリカに居たことの良さ、また厳しさを味わい、理解できるようになったことは大きい」

 人口約3億3650万人を抱える米国は様々な国から人が集まり、知恵を競い合い、発展してきた歴史を持つ。多種多様な化学変化を起こし、新しいものを生み出す国であり市場でもある。

 そうした米国の新商品開発力について、「すごいですね。どうしてこんなに面白い商品ができるのかと感心します」と新浪氏。 「われわれは〝おもろい〟をモットーにしているんですが、われわれの〝おもろい〟はまだまだですね」

 そうした土壌もあり、米国企業間のM&A(買収・合併)も盛んだ。今年に入り、米大手飲料のペプシコが健康志向のソーダブランド、ポッピを買収した。

「ポッピもおもろい商品なんですね。アメリカの大企業は自分たちで開発できなくて、新興企業をどんどん買うんです。われわれは両方やるべきだと思う」

 米国の真似をするのではなく、買うこと(M&A)と、自ら開発すること(R&D)の両方をやることが大事という考え方。

共助資本主義で 課題解決へ

 米国は製造業が衰退したとは言え、IT、AI分野で世界をリードする。逆に言えば、なぜ日本には、GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック=現メタ、アマゾン、マイクロソフト)のような存在が生まれないのかという疑問も出てくる。

 この点について、新浪氏は、「確かにGAFAMを目指すべきとは思いますが、本当にできるかというと、それは大変難しいと思います」と日本との産業風土(エコシステム)の違いを念頭にこう指摘。そして、日本の得意領域であるモノづくり(製造業)を、「もう一度ちゃんと作り直していくことが大事だと思います」と語る。

 米政権が各国に高関税策を突き付けている背景には、同国の製造業の衰退がある。米国のモノづくり力の低下をこれまで補ってきたのが、日本、韓国、ドイツといった国々である。日本はなぜ、モノづくり力が強いのか?

「やはり日本のコミュニティがモノづくりに適していると。助け合うコミュニティが強かったと。ただ、この〝失われた30年〟の間に、それが崩れてきた。だから、共助の精神が大事なんだと」

『自助、共助、公助』が大事と日本では昔から言われてきた。自助はもちろん基本だが、この混乱の時代を生き抜くには、互いに知恵や技術力を持ち寄って連携し、新しいモノを創り出すことが大事という氏の訴えだ。

「日本のモノづくりをもう一度見直す。それをやるには、上司、部下はもちろん、会社全体が一体となって、チームワークで助け合う。この日本のコミュニティの再生がすごく重要だと。そこに外国人をどうやって入れ込むかも大事。もう一度、長屋文化じゃありませんけど、助け合うと。GAFAMみたいに、誰かがものすごく大金持ちという世界ではなくて、助け合う。そして富の分配をしっかりやる社会をつくらなくてはいけない」

 オープンAIの登場で、製造業もどんどん変化し、そのスピードは加速する。しかし、最期は「人間と人間が意志の疎通をし合える、互いを思いやる、こういう社会をつくることが重要」と氏は語り、「その意味でも、賃上げもやらなければいけない課題」と強調する。

経済と安全保障が 結び付く中で…

 本稿の冒頭、今回のトランプ・ショックに限らず、グローバル企業は何かあった時に対応できるようにしておくことが大事ということに触れた。

「ええ、その前提には粗利が高いことが求められます。粗利がすごく高ければ、対応力があると。日本の企業はそこの部分で今まで体力がなかったんですよね。ですから粗利をいかに上げるかが大事。そして時には粗利の無いビジネスは止めるという判断も必要になってくると思います。粗利はイコール、お客様の評価であるということですからね」

 コモディティ(大量生産・大量消費)型の製造業ではなく、いかに付加価値の高い商品づくりに特化していくかが重要。

「あなたの製品でなきゃ駄目と評価される位の方向性をつくり出すことが大事」と氏は強調。

 今、米トランプ政権の高関税策で世界中が混沌とし、経済が減速、景気後退が到来しようとしている。大恐慌になると予測する向きもある。

 米国第一主義に徹するトランプ氏は自動車や半導体をはじめ、自国製造業の復活を目指す。

 現実には、日本の金型やバッテリー(電池)が無ければ、米国の自動車産業は成り立たないのだが、そうした事情に米政権は目を向けようとしない。とにかく自国の貿易赤字を減らすためだけの高関税策である。

 そして、安全保障政策でも、その国の防衛予算増額を要求する。それは、「自らの国は自らの手で守る」ことの覚醒を促す側面もあり、日本も旧来の政策を見直す必要がある。

「ですから、われわれ自身は関税の問題と同時に、地政学の情報収集を常にしていくと。民間企業もインテリジェンス(情報収集、分析)をやらなければいけない時代」と新浪氏。

「戦争にならないような状況をつくりながら、中国とどう付き合っていくか。そしてアメリカに東アジアやアジアの安全保障にどうコミットさせていくか。そのためには、われわれ自身が防衛力を含めて戦略大綱が必要になるし、地政学的な要素も必要になってくる」

 新浪氏は、『三極委員会』(前身は『日米欧委員会』)などで、世界の要人とも対話を重ねる。そうした立場で、「われわれは日本に本拠を持つグローバル企業」と自分たちを位置付ける。

「日本企業として、国とも一緒になって、この国を良くする。こういう大前提で経営をしていきたい」という氏の経営論だ。