世界最大級の光学望遠鏡の補償光学システムにVicorの電源モジュールが採用
Vicorは、地上天文学の政府間研究機関であるEuropean Southern Observatory(ESO、ヨーロッパ南天天文台)がチリのアタカマ砂漠に建設を進める世界最大級の光学望遠鏡「ELT(Extremely Large Telescope)」向け補償光学システムに、自社の電源モジュールが採用されたことを発表した。
同システムを手掛けるのはイタリアのMicrogate。同社はプロスポーツやレースイベント向け高精度タイム計測器などで実績を有する企業で、今回、ELTという巨大望遠鏡向けのモータ制御システムの開発を推進してきたという。
超大型望遠鏡に必須となっている補償光学技術
ELTは、1.4mの六角形の鏡を798枚組み合わせた直径39mの主鏡が搭載されるが、そのままだと、光が大気を通過するとき、大気のゆらぎの影響を受け波面収差が生じ、その結果、画像の鮮明さが損なわれるため、「補償光学」と呼ばれる技術で大気の揺らぎを高速に測定することで、補正を行う必要がある。最近では、望遠鏡そのものからレーザーを照射し、見たい天体の近くに疑似的に星を作ることで補正を実現するようになっている。
Microgateは、ESOと提携し、ELT向けアダプティブミラー(副鏡)の共同開発を推進してきたという。主鏡が捉えた光は、このアダプティブミラーへと反射され、アダプティブミラーが物理的に変形することで、いわゆる平らな光の波面を復元することを可能とする。この際、Microgateでは高性能の非接触型リニアモータを使いミラーを機械的に変形させ、入射する波面を物理的に操作することで大気ゆらぎによる歪みを補正する技術を開発。ESOのELTプロジェクトでは、この操作をリアルタイムで制御することが求められるため、すべての装置とソフトウェアをMicrogateが提供しているという。
限られたスペースと熱の制約を解決するDC-DCコンバータモジュール
アダプティブミラーのメインを担うM4ミラーは直径2.4m、厚さ約1.9mmで、専用の特殊ガラスで作られており、ミラーを変形させるための力を発生する高精度の電流制御ドライバと、永久磁石と対になったボイスコイルモータを備えているという。また、ミラーの表面全体では5,316個のモータが30mmの間隔(軸間距離)で配置されて、操作されるとする。
これらのモータのコイルが発生する磁場の上に物理的にアダプティブミラーは浮いており、個々のコイルの制御電流でミラーを局所的に変形させ、その形状を補正することで、その実現にはモータコイルと同じ数のナノメートル単位の精度を実現する、高感度な静電容量式センサ(位置センサ)が活用されるほか、約100kHzの周波数で動作する電子システムを使うことで、1ミリ秒でミラーの形状を完全に再構成することを可能としたという。
その一方で、補償光学システムにおいて高精度な制御とともに放熱処理が重要となるという。局所的な大気のゆらぎを防ぐために、露出したすべての表面の温度を周囲温度に近い状態に保つ必要があるためだが、使用可能なスペースには限度があるため、その制約を解決できるソリューションが必要であったという。
Microgateでは、このシステムの電力供給にVicorのDC-DCコンバータモジュール「DCM3623シリーズ」を採用することで、それらの課題の解決を図ったという。電源システムの基板は、ガス冷却式コールドプレートの裏側に取り付けられ、各モジュールは最大36のモータチャネルに電力を供給することで複雑な配線を不要にしたという。
なお、Microgateのハードウェアエンジニアであるゲラルド・アンゲラ氏は、Vicorのモジュールを選択した理由について、「コンパクトで信頼性が高く、回路基板上のスペースをほとんど取らない」という点を評価して採用を決めたと説明している。