米Amazonは2025年4月29日(日本時間)、衛星インターネット計画「プロジェクト・カイパー」の、最初の運用衛星27機の打ち上げに成功した。カイパーは地球低軌道に3,000機を超える衛星を配備し、地球上のあらゆる地域にブロードバンド・インターネットを提供する壮大な計画で、同様のサービスを展開するスペースXの「スターリンク」に挑む。
プロジェクト・カイパーとはなにか
プロジェクト・カイパー(Project Kuiper)は、Amazonが2019年に発表した衛星インターネット・サービスで、地球低軌道に3,236機もの衛星を配備し、世界中に高速・低遅延のブロードバンドを提供することをめざしている。
世界には、インターネット接続が不十分な地域が多く存在し、情報格差(デジタル・ディバイド)の解消が大きな社会課題となっている。カイパーのサービスは、教育や医療、経済活動を向上させるとともに、災害時の通信インフラとしても役立つ。
カイパーとは、太陽系外縁部にある天体の集まりの「カイパー・ベルト」に由来している。衛星の開発、製造、運用はすべてAmazonが行っており、ワシントン州レドモンドに専用の大規模な施設を新設し、衛星の量産・運用体制を整えている。
2023年10月には、2機の試作衛星「カイパーサット1」、「同2」を打ち上げ、技術実証を行い、その成果を踏まえて運用衛星の開発に取り組んだ。
運用衛星は試作衛星から大幅にアップグレードしており、フェーズドアレイアンテナ、プロセッサー、太陽電池アレイ、スラスター、衛星間光通信システムなど、あらゆるシステムのパフォーマンスを向上させたという。そして日本時間4月29日8時01分(米東部夏時間28日19時01分)、運用衛星の最初の27機が、フロリダ州ケープ・カナヴェラル宇宙軍ステーションから打ち上げられた。
打ち上げには、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の「アトラスV」ロケットが使用された。アトラスVにとって史上最も重いペイロードの打ち上げとなり、ブースターを5本装着した最も強力な551構成が用いられた。
ロケットは順調に飛行し、高度450kmの軌道に衛星を投入。打ち上げ翌日にAmazonは「すべての衛星との通信を確立し、初期の運用が順調に進行している」と発表した。衛星は今後、それぞれが装備しているホール・スラスターを使い、運用を行う高度630kmの軌道に上昇する予定となっている。
eコマースとAWSクラウド、最新の衛星技術を結集
カイパーの運用衛星の設計には、最新の衛星技術が結集されている。
たとえば衛星間光通信リンク(OISL)は、赤外線レーザーを用い、衛星間で100Gbpsのデータ転送を可能にしている。2023年の試作衛星の実証試験では、1,000km離れた距離で安定した通信を達成したという。この機能を使うことで、衛星群がメッシュネットワークを形成し、地上のゲートウェイを経由せずにデータ転送ができ、遅延を低減しスループットを向上させることができる。
また、衛星の外側には、反射光を散乱させる誘電体ミラー・フィルムをコーティングし、地上からの可視性を低減している。低軌道のコンステレーション衛星は、太陽光の反射が目立ちやすく、天文観測に影響を及ぼすと批判されてきた。この工夫はそうした批判に応えるものだ。
運用終了後には軌道離脱を行い、スペース・デブリ(宇宙ごみ)の発生リスクを最小限に抑える配慮もされている。
さらに、ユーザーが使う通信端末も、従来の衛星通信アンテナよりも大幅に小型化・低コスト化している。標準モデルは約28cm四方で厚さ2.5cm、重量2.3kg未満であり、最大400Mbpsの通信速度を提供する。さらに、約18cm四方の超小型モデルは100Mbpsをサポートし、IoTやモバイル用途に適している。これらの端末は、生産コストを400米ドル以下に抑えているとされ、価格面ではスターリンクの端末より購入しやすくなる可能性がある。
そして最大の強みが、Amazonがもつ消費者向け製品の開発経験とグローバルな物流・販売網である。スペースXのスターリンクが通信サービスに特化しているのに対し、Amazonはeコマースでの豊富な実績、ノウハウ、顧客基盤、ブランド力を活かし、市場拡大が見込まれる。
また、Amazon Web Services (AWS)のクラウドコンピューティング網とカイパーの衛星ネットワークを統合することで、遠隔地でのクラウドサービスやIoTソリューションを強化し、企業向けの高信頼性ネットワークを提供することもできる。
グローバルなパートナーシップもカイパーの戦略の柱だ。これまでに、米国のベライゾン、日本のスカパーJSAT、NTTなど、複数の通信事業者と提携を発表しており、各国や地域ごとの市場ニーズに対応する。また、一般の消費者だけでなく、企業や政府機関へのサービス提供も視野に入れている。
立ちはだかるスターリンクの“壁”と、カイパーの課題
もっとも、スペースXのスターリンクの壁は厚い。現在、スターリンクは8,000機以上の衛星を運用し、500万を超える顧客にサービスを提供している。ほぼ毎週の衛星打ち上げでネットワークを急速に拡大するなど、衛星数、顧客基盤、打ち上げ頻度で圧倒的な先行者優位性を築いている。
一方、カイパーは開発の遅れや打ち上げスケジュールの制約から計画が遅延し、2024年のサービス開始目標を2025年に延期した経緯がある。米連邦通信委員会(FCC)からは、2026年7月までに、全衛星数の半分にあたる1,618機の衛星を軌道に乗せることが求められており、それを満たすためには、今後2年間で毎月数十機の衛星を打ち上げる必要がある。
Amazonはこれまでに、前述のように専用の工場で衛星の量産体制を整えたほか、打ち上げに関しても、ULAによる45回の打ち上げのほか、Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏が経営する宇宙企業ブルー・オリジン、欧州のアリアンスペース、さらに競合のスペースXとも、計30回以上の打ち上げ契約を結んでいる。
今後、衛星の製造と打ち上げが順調に進み、そのうえでAmazonが強みを活かしたサービスを展開できるかどうかが、カイパーの事業の成否を握る鍵となるだろう。
参考文献