【政界】「石破おろし」はやんでも経済の先行きは混沌 「トランプ関税」に翻弄される石破政権

世界に波紋を広げる「トランプ関税」が日本も大きく揺るがしている。米国は貿易赤字が大きい約60カ国・地域を対象にした「相互関税」を4月9日に発動させた直後、90日間停止した。当面、日本への関税は5日に導入された10%となる。国内産業への影響は避けられそうになく、内閣支持率が低迷する首相・石破茂にとって、関税対応が重くのしかかる。家計を直撃する物価高も重なり、「国難」をどう乗り越えるのか。石破政権の総合力が問われる。

首相は1人しかいない

「誰に話せばトランプ大統領に伝わるか分からん……」

 石破は4月4日、トランプ米政権による「相互関税」実施の発表と自動車の追加関税の発動を受け、与野党党首と国会内で会談した際、トランプとの電話会談を調整していると説明しながら、そうつぶやいた。

 それまで、外相の岩屋毅が米国務長官・ルビオに、経済産業相の武藤容治も米商務長官・ラトニックらに対し、日本をトランプ関税から適用除外するよう求めてきた。しかし、トランプ関税の発動方針を崩すことはできず、思わず本音を漏らしたようだ。

 石破は党首会談で「国難であり、政府・与党のみならず、野党も含めて超党派で検討、対応する必要がある」と強調した。そして、トランプとの直接交渉に意欲を示しつつ、「私や閣僚が訪米するときは国会日程などに配慮して欲しい」と野党党首に協力を要請した。

 立憲民主党代表の野田佳彦表は「石破首相自身がトランプ大統領に直談判をすることが大切だ」と協力を惜しまない姿勢を示した。その上で「発動するかどうかは別としても、毅然とした交渉をするためには対抗措置も考えておいた方がいい」と語った。

 日本維新の会共同代表の前原誠司は会談後、適用除外に向けて速やかに石破がトランプ大統領と首脳会談を行うべきだと指摘し、「誰がやっても大変だが、首相は1人しかいない。国民の生活を背負っている。どうしたら人間関係をつくることができるか考えて交渉して欲しい」と強調した。

 会談では、「日本政府には米国との直接交渉を進めるとともに、米国以外の国との連携も強化して欲しい」(公明党代表・斉藤鉄夫)、「トップでしか解決できない。しっかりと下調べや準備もした上でトランプ大統領と直接会談をやって、事態を打開するしかない」(国民民主党代表・玉木雄一郎)などの意見も相次ぎ、石破が指導力を発揮すべきときだという雰囲気に包まれた。

またも持論を封印

「このようなことになったことは極めて不本意。極めて遺憾であります」

 石破は4月7日の参院決算委員会で、トランプ政権が全ての輸入品に一律10%の関税を課したことについて、そう語った。「引き続き我が国に対する関税が引き下げられるよう強く言っていかねばならない」とも述べ、農産物やエネルギー、自動車、液化天然ガス(LNG)などに関する日本の対応方針をパッケージにまとめて「ディール(取引)」材料にする考えを示した。

 そして、「必要なのはフェアということ。公平・公正に今まで日本はやってきたし、地道に努力してきた。これから先も日本の姿勢として必要だ」と訴えた。

 ところが、その日の夜に行われたトランプとの電話会談では午前中の勢いはなかった。関税措置の見直しを直接要請したものの、トランプに「日本は自国を開放しなければならない」と迫られた。石破は「極めて不本意」といった批判的な発言を封印。そして「公平・公正」を訴えることはせず、ディール材料のパッケージを提示することも見送った。

 もっとも、予定されていた30分ほどの電話会談では、パッケージの中身を一つひとつ説明する時間はない。逆に、それ以上のことを要求されては交渉が暗礁に乗り上げてしまう。

 まずは対立を避けながら、担当閣僚を決めて交渉を継続させる方がダメージは少ないと判断したようだ。石破は担当閣僚による交渉継続を提案し、トランプもそれを受け入れた。

 トランプ政権にはこれまで関税措置の見直しを求めて75カ国以上からコンタクトがあったという。他の国に先駆けて石破が電話会談にこぎつけたことは成果といえる。政府高官は「トランプ大統領が担当閣僚選任を受け入れたので、まだ交渉の余地はあるということだ。これから長い交渉になる」と語った。

 石破は翌8日、全閣僚で構成する総合対策本部の初会合を首相官邸で開き、「相互関税は、あらゆる産業に大きな影響を与えかねない」として、政府を挙げて対応するよう指示した。具体的には①関税措置の内容を精査し、影響を十分に分析する②措置の見直しを強く求めるなど外交面の取り組みを進める③国内産業への影響を勘案し、資金繰り対策など必要な対策をとる─ことなどだった。

強まる減税圧力

「国難とも言えるこの状況を何としても乗り越えないといけない。全力で取り組む」

 関税措置に関する対米交渉の担当閣僚に起用された経済再生担当相の赤沢亮正は4月8日、決意を語った。官房長官の林芳正は同日の記者会見で、赤沢を起用した理由について「所管分野の状況や本人の手腕や経験などを踏まえて首相が判断した」と強調した。月内にも訪米して米側の交渉担当者である財務長官・ベッセントらとの協議に入りたい考えだ。

 重役を担う赤沢は、石破の最側近だ。運輸省(現国土交通省)出身で、日米航空交渉に携わったことがある。ただ、国会議員になってからは内閣府副大臣、財務副大臣などを歴任したものの外交交渉・通商交渉の経験は少なく、手腕は未知数だ。与党からも「また首相は身近な人を選んだ。『政府一丸で』という感じではない。大丈夫だろうか」との声が漏れる。

 トランプ関税第2弾は発動から13時間ほどで軌道修正され、90日間停止されることになった。林は10日の記者会見で「詳細をよく精査したい。これまで様々なレベルで我が国の懸念を説明するとともに、関税措置の見直しを申し入れてきた。前向きに受け止めている」と歓迎する意向を表明した。

 ただ、全ての国・地域に適用する一律10%の関税は維持された。鉄鋼・アルミニウムや自動車など品目別に導入された関税も同様だ。林は「引き続き措置の見直しを求めていく」と強調した。

 とはいえ、日本経済、特に中小企業の多い地方経済が打撃を受けることへの不安は払拭されていない。与党内には、今夏の参院選を前に、経済対策を速やかにまとめるべきだという声が強まった。

 野党からも「トランプ政権が発足し、間違いなく関税を軸とした政策を展開してくることは予想できた。対応が遅すぎる」「世界的な恐慌になる入り口ではないか。思い切った経済対策を打たなければ国民生活は守れない」など、政府への不満・注文が噴出。国民生活への影響を軽減させるため、消費税減税を求める声も拡大した。

 これまで石破は国会答弁などで「消費税は全世代型社会保障制度を支える重要な財源と位置づけられており、引き下げを行うことは適当ではない」と慎重だったが、軌道修正を余儀なくされかねない。

 そのため、与党内で全国民に一律3~5万円の給付金を支給する対策案が急浮上した。消費税減税よりも即効性があるとされるからだ。経済対策の財源の裏付けとなる2025年度補正予算案を編成し、今国会に提出する案も検討された。

 ただ、石破政権の幹部は「まずは打撃を受けるところを速やかに手当てすべきだ」など慎重姿勢を崩さなかった。政府は全国1000カ所に特別相談窓口を設置するなどして、トランプ関税が国民生活に及ぼす影響を見極めながら、影響の大きいところから対応する方針だ。

 そもそも、参院選前に現金給付を行えば「選挙目当てのバラマキ」といった批判につながりかねない。しかも、予算成立から1カ月も経たないうちに補正予算案を編成するのは異例で、国会提出しても成立させるまで時間がかかる。与野党の論戦が激しくなれば、終盤国会は大きく混乱する。慎重にならざるを得ない。

長期政権を睨む?

「首相は『国難突破』を掲げて衆院を解散するのではないか……」

 ある自民党関係者は、そうつぶやいた。石破が3月上旬に首相公邸で開いた懇親会に出席した衆院1期生に商品券を配っていたことが発覚し、内閣支持率は急落している。与党内では25年度予算を成立させた後の石破の退陣論が囁かれてきた。とても石破が衆院解散に打って出るような環境にはない。

 しかし、予算成立後も与党内に表立った「石破おろし」の動きは見られない。トランプ関税という暴風が吹き荒れる中で、石破を首相の座から引きずり下ろして「政治空白」をつくっては国民の不安はさらに広がる。与党への風当たりが一層強まるからだ。

 そうした状況でも「解散論」がくすぶるのは、大胆な経済対策を打ち出し、支持率低迷から抜け出したいという思いがありそうだ。補正予算案を編成したら、成立させるまで自民党内の「石破おろし」を封じることもできる。

 しかも、国民が物価高に苦しむ中で、野党側も経済対策には真っ向から反対することはできず、反発して内閣不信任決議案を国会提出すれば衆院解散の大義にもできる。石破が「解散カード」を切る可能性はゼロではない。

「国難」といえば、17年9月に当時の首相・安倍晋三が、歯止めのかからない少子高齢化や、核実験・ミサイル発射を繰り返す北朝鮮などの「国難突破」を掲げて衆院解散・総選挙に踏み切ったことがある。安倍は国難突破解散で勝利し、長期政権の足場を築いた。石破も長期政権を睨んでいるのかもしれない。

 いずれにせよ、この「国難」を突破するには総力戦でトランプとの交渉に臨むしかない。石破の指導力が問われることになる。(敬称略)

【政界】複雑怪奇な国際情勢の中 石破首相に求められる『日本の針路』