
「難しい国内の保険市場でも勝負できる」─こう話すのは富国生命保険社長の渡部氏。高い運用力と業界屈指の健全性で知られる富国生命。「最大たらんよりは最優たれ」の社是の下、他社との差別化経営を続けてきた。長きにわたるデフレから、緩やかなインフレに向かう流れの中、国内でも契約者にとって魅力的な商品を提供できるとして、海外に目線を置く他社とは違い、国内市場を深耕していく考えだ。
「最大たらんよりは 最優たれ」の社是に
─ 渡部さんは1986年の大学卒業ですが、富国生命を志望した動機は?
渡部 私は元々、生命保険会社を志望していたのですが、ある時、大学の構内で生命保険会社の説明会があることを友人に聞いたんです。そのパンフレットには、富国生命の社是「最大たらんよりは最優たれ」、そして「運用の富国」という強みが強調されていました。
当時はちょうどバブル経済の入口で、日本企業はおしなべて規模の拡大、大きいことがいいことだと言っていました。その中で「最大たらんよりは最優たれ」という社是に惹かれたのが一番大きかったですね。
説明会を聞き、新潟で面接を受けたのですが、担当の方ともうまくコミュニケーションができて、内定をいただきました。
保険会社なら、どこも間違いないだろうという時代でしたし、「ザ・セイホ」と言われて、巨額のジャパンマネーを運用して世界から注目されていました。そうした様々な理由から入社したという経緯です。
結果的に他に受けていた会社は、ほとんどが倒産してしまいました。富国生命はバブル経済の時にも規模を追わず、割高な株式や不動産を買わなかったことで、今も生き残っている。
私が選んだ理由が、今につながっていることを感じます。自分でもいい選択だったと思います。
─ 経営理念の重要性を感じさせる話ですね。
渡部 ええ。「最大たらんよりは最優たれ」は、第4代社長の佐竹次郎が言った言葉ですが、創業時から、その精神はDNAとして根付いていたということだと思います。
─ どの時代、どんな環境になっても生き抜く基本軸になっていると。
渡部 会社は、設立された経緯があり、それで成り立っていると思います。それがなくなったら、別に富国生命でなくてもいい、ということになってしまいます。
もちろん、時代に合わせて会社が変わっても、その精神が脈々と受け継がれて、今も生きていると思います。それをしっかりつないでいくことが大事だと考えています。
─ 富国生命は創業以来、「相互会社」の形態を貫いていますが、このよさをどう考えますか。
渡部 当社は相互会社で来ていますが、戦後間もなく社外取締役の方に入ってもらっていますし、バランスシート(貸借対照表)などがわかる人が社長を務めてきたことで、ガバナンスもしっかりしてきていますし、形式よりも実質面でしっかりやってきた会社だと自負しています。
もちろん、さらにガバナンス、コンプライアンスは強化する必要はありますが、今の時代背景の中でも株式会社化せずとも、しっかりやっていけると考えています。
リスクを取るために 自己資本を厚く
─ 米国の政治経済の動き、地政学リスクなど混沌とした時代ですが、その中での相互会社の役割をどう考えますか。
渡部 我々は23年11月に100周年を迎えましたが、「ザ・ミューチュアル」、つまり共感・つながり・支えあいの3つを軸に、次の100年に向け進化する次代の相互扶助を体現することを目指しています。
我々は元々、極めて相互扶助的なところからスタートしている相互会社です。デジタル、AI(人工知能)が進んでも、人と人のつながり、お客様と営業職員の接点は変わらずしっかりと作っていきます。
ただ、時代は変わっていますから、デジタルやAIで補完し、フェイス・トゥ・フェイスの営業を進化させることが、我々の取り組むべきことだと考えています。
─ 渡部さんは資産運用畑の経験が長いですが、その仕事から得たことは?
渡部 我々は運用に強い会社だという評価をいただいています。
私の前任の米山(好映・現会長)がリーマンショック、東日本大震災の中をカジ取りしてきましたが、どんなことがあっても確実に保険金をお支払いするということで、自己資本の充実に注力してきました。
おかげ様で、自己資本は1兆円超まで積み増すことができ、自己資本比率も業界全体で見ても、一番高いというところまで来ています。
収益を上げるためにはリスクを取ることが必要ですが、そこに資本の裏付けがなければ、ただリスクを取るだけになってしまいます。ですから我々は、この資本の裏付けが最も重要だと考えて仕事に取り組んできました。
自分たちで考えたことができるバックボーンを持っているということが、当社の経営の一番肝の部分だと思います。資産運用を担当していれば、この相場ではこういうことがしたいという考えが必ずあると思いますが、それができるかできないかは、その会社が持つ体力次第です。
─ 運用には奇策があるわけでなく、会社としての体力が重要だと。
渡部 ええ。明日の株価は誰にもわかりません。もっと大きなトレンドで考えて、ある方向に資産を動かしたい時に、動かしても大丈夫かどうかということが、生命保険会社の運用の重要な要素だと考えています。
─ 富国生命では海外での運用比率はどのくらいですか。
渡部 約3割です。日本銀行による異次元緩和の中で、国内で投資リターンが取れない状況にありましたから、一定程度収益を上げるには外貨建て運用を行うことが必要でした。我々は、そのリスクを十分吸収できるための資本がありますから。
─ 今、上場している株式会社に対しては「物言う株主」など、市場からの圧力が強まっています。この動きをどう見ていますか。
渡部 株式会社は資本効率が求められます。例えば我々の自己資本についても「過剰資本だ」という指摘を受けるだろうと思います。
しかし、我々は相互会社であり、最重要のステークホルダーはご契約者です。収益を上げ、それをしっかり配当還元するという方針をしっかり説明させていただいていますから、ある程度の自由度を持って経営ができています。
元々、保険はそこまで大きく利益の上がる仕事ではありませんが、リスクを落としていけば、一定の収益は上がります。例えば「変額保険」などお客様にリスクを取ってもらうような商品を扱うなど、そうした方向性を取っている企業もあります。
しかし我々は、自身が資本を厚くして、保険のリスク、資産運用のリスクを取って収益性を上げて、配当でお返ししています。それが相互会社の機能だと考えて実践しています。
おそらく、株式会社であれば収益性が落ちるため、株主は納得しないでしょう。そこでROE(株主資本利益率)を高めるために、利益の出る商品を扱うということになると、本来の保険会社の機能を制限することにもつながりかねません。
利益をベースとした 経営を貫いて
─ これまでの仕事の中で印象に残る出来事は?
渡部 1つはリーマンショックです。ちょうど課長から副部長になるかという時でした。
日経平均株価が7000円台になり、為替も1ドル=75円台まで行き、50円までの円高が進む可能性はゼロではないという見方がマーケットにありました。
さすがに、そこまでの事態になると、十分な健全性を持つ当社であっても、なかなか厳しいという議論をしていました。日々その日のマーケットを見ながら、当社の含み損はどうなっているかを検証し、対応をしていました。
周囲からも、仕事をしている中で一番厳しい経験だという声が出ていましたし、私自身も仕事のプレッシャーで夢を見ることはないのですが、あの時だけは「計算が違っていた、まずい」という夢を見ましたね。
ただ、様々な手立てを打った結果、十分対応ができ、赤字にもならずに決算ができました。元々、体力があったからこそ、必要な対応ができたのだと思います。この経験で、自分なりに最悪の事態が起きた場合、どう対処するかという訓練ができたと思っています。
─ 今に生きる教訓になっていると。前任の米山さんから学んだことは何ですか。
渡部 米山からは、保険会社の人間として、常に最悪の事態をイメージし、会社として、自分としてどう対処するかを考えなさいと言われてきました。
米山を見ていて感じたのは、同調圧力に屈しないということです。決して自分の信念を曲げない、ぶれないんです。そして業界の問題についても、必要であれば意見もしてきたという点もすごいと感じます。
─ 富国生命はこれまでも他社との差別化を進めてきましたが、渡部さんは第10代社長として今後をどう考えていますか。
渡部 富国生命が業界の中で他社と差別化できているのは、米山を始め、歴代社長のキャラクター、経営方針、姿勢などが大きいと思っています。
創業者の根津嘉一郎、第3代社長の小林中も出てきたわけですが、創業時の精神を一貫して、100年変わらずに来たということです。
初代の根津と、2代目社長の吉田義輝という資本家と相互扶助の精神がミックスして、今の風土がつくられていますし、歴代の経営トップは保険会社として売上ではなく利益を重視して経営してきた。
ボトムラインをベースに経営し、相互会社経営を貫く精神が生きていて、今の富国生命があると思っています。
国内市場はまだまだ 深掘りできる
─ 社長として、どんな会社を目指していきますか。
渡部 社長就任前まで、私は運用部門を担当し、資産運用で最優の会社になることを目標にしてきたのですが、おかげ様で運用利回りは伝統的な生命保険会社の中で最も高いなど、いいところまで来ることができたと思うんです。
今後は社長として、引き続き最大である必要はなく、最優の生命保険相互会社になることを目指していきます。我々のステークホルダーはご契約者、職員、地域社会です。このステークホルダーそれぞれにとって最優の会社を目標にしています。
─ 具体的にはどう取り組みますか。
渡部 職員に対しては給与水準をしっかり上げていくこと、ご契約者には配当還元を加速することで実質的な保険料負担を下げていく。これまでデフレ下でも続けてきた我々のビジネスモデルが改めて評価していただける局面だと思います。
金利が上がってきましたから、円金利の貯蓄性商品で、競争力のある予定利率が設定できてくると、営業職員がお客様との接点をつくる上での強みになると思っています。
─ 国内市場の深掘りはできるということですか。
渡部 そうです。他社の海外進出などが伝えられていますが、当社はそこまで経営資源が豊富なわけではありませんから、ある程度、戦力を集中させる必要があります。
これまでデフレ、異次元緩和下でも一定程度事業ができていたわけですが、インフレ、金利が戻ってくることは、我々にとって非常にポジティブな環境変化です。難しい国内の保険市場でも勝負できると考えています。
─ 若年層を中心に「保険離れ」なども言われます。この対応は?
渡部 デフレの時代に保険の見直しが過度に進み、保険料をできるだけ安くというお客様の考えから、死亡保障などが敬遠されてきました。
今後さらに物価が上がると、さらに見直しが進む可能性もありますが、世帯主さんに何かあった場合に必要な保障額に対して、ご加入いただいている保険金額が達していない「プロテクションギャップ」が明らかに拡大しています。
金利が付く中での貯蓄性商品、置き去りにされてきた死亡保障などをしっかり掘り起こしていくことで、最優の生命保険相互会社を目指す当社であれば、国内で成長することができると考えています。
保険会社は収益を最大化するのではなく、お客様にきちんと保障を提供できることこそがビジネスモデルだということを着実に進めていくことが大事だと思っています。