半沢淳一・全国銀行協会会長に直撃!金利上昇、デジタル化の進展、そして「貸金庫」問題にどう対応していくか?

「日本は拡大均衡、価値創出型の成長モデルへと移行する大きなチャンス」と話すのは、全国銀行協会会長に就いた、三菱UFJ銀行頭取の半沢氏。米トランプ政権による高関税策や地政学リスクがある中だが、企業業績を含め、経済は比較的堅調。そして日銀の利上げで「金利ある世界」が戻る中、個人、企業にどう向き合うか、銀行に求められる責任は重い。さらに「貸金庫」をどう考えるかなど課題が山積する中でのカジ取りは。

日本経済を成長軌道に乗せるための支え手として

 ─ 米トランプ政権による高関税策や、ロシア・ウクライナ戦争を始めとする地政学リスクがある中ですが、世界経済の先行きをどう見通していますか。

 半沢 足元の環境認識としては、世界経済は巡航速度の成長軌道に向かっていると見ています。今後についても、労働市場は堅調ですし、欧米の中央銀行も丁寧に金融政策を打って経済の下支えをしています。ですから基調としては緩やかな成長ペースを維持できると思います。

 ただ、読み切れないのが、米トランプ大統領による関税の引き上げ政策です。これがどの程度のものになっていくのか、関税措置の応酬になって、自由貿易が停滞してしまうのかどうか。

 また、トランプ大統領の施策はインフレ的なものが多く見受けられます。そうなるとインフレ、物価が高止まりする一方で、あまり想定したくはありませんが景気が悪化してくるとなると、スタグフレーション(不況下の物価高)の懸念については注視する必要があります。

 ─ 一方で日本経済についてはどう見ていますか。

 半沢 日本も基調としては悪くないと見ています。企業業績の改善、物価の上昇を踏まえた上での賃上げの加速などを踏まえて、家計、企業ともに資産運用や投資を積極化させています。

 その結果「失われた30年」と呼ばれた縮小均衡から抜け出す形で、拡大均衡、価値創出型の成長モデルへと移行する大きなチャンスだと思っています。この緩やかな景気回復と、物価の上昇基調を踏まえて、金利についても漸進的にこれまで上げてきていますから、今後も余地があると思っています。

  銀行業界としては、これまで以上にお客さま、社会にしっかり向き合い、サービスの質、課題解決力、提案力でしっかり貢献していきたいと思っています。

 ─ 全国銀行協会として、この1年、どのような方針で活動していこうと考えていますか。

 半沢 大きな方針を「日本の成長加速と社会課題解決に貢献し、活力あふれる未来への礎を築く1年」としました。

 実現のための3つの柱として活動方針を定めています。第1に「インベストメントチェーンの活性化を通じた『成長と分配の好循環』の加速」です。これはまさに政府が進めている「資産運用立国」への貢献を強める取り組みです。

 第2に「安心・安全で利便性の高い、時代に即した金融インフラの実現」です。

 手形・小切手の電子化への対応の他、CBDC(中央銀行デジタル通貨)やステーブルコインといった新しい決済手段など、資金決済システムの将来像についても検討を始めるタイミングだと考えて、着手しています。

 第3に「健全かつ強靭な責任ある金融システムの維持・高度化」です。

 今、金融犯罪の手口が多様化、巧妙化しています。個別行でしっかり対応をしていくわけですが、共同領域についは銀行業界全体で取り組むことによって、全体の底上げを図ることにつながります。

「金利ある世界」で 個人、企業にどう対応?

 ─ 金利については、久方ぶりに「金利ある世界」が戻ってきました。個人、企業にとってプラスとマイナスの両面あろうかと思いますが、銀行業界としてどう対応しようと?

 半沢 個人では、典型的なのが住宅ローンです。長きにわたる低金利の中で、変動金利を選んでいる人が8割おられます。漸進的な金利引き上げとはいえ、一定程度影響してくるというのは方向性としてあります。

 ただ、住宅ローンでは、金利引き上げの方針が出されてから、引き上げになるまで数カ月かかります。

 また、会員行のほとんどの商品では、5年ルール(金利が上昇しても5年間は住宅ローンの返済額が変わらない措置)と125%ルール(金利が上昇しても返済額が125%を超えて増加しないようにする措置)という激変緩和措置が入っており、直ちに返済負担が大きくなるとは見ていませんが、今後の方向性を考えると、返済負担の状況については、よく見ていく必要があります。

 一方で、銀行間競争の中で、お客さまの預金金利を引き上げる動きもあると思います。また、銀行業界として、インフレを上回るような運用商品を提供していくための取り組みをしていくことも大事だと考えています。

 企業については、直接的には借り入れコストの上昇による財務負担の問題がありますが、今見ていると投資マインドは非常に旺盛で、企業業績も堅調です。

 このマインドが大きく崩れるとは思っていませんが、一部投資を絞る動きが出てくる可能性はあると見ています。そこは銀行業界として、その状況を踏まえた対応をする必要があります。

 ─ 特に中小企業にとっては大企業以上に負担が大きいのではないかと思いますが。

 半沢 確かに気になるのは中小企業です。コロナ禍から積み上がってきた債務と、原材料高、人手不足が重なるような形で、倒産件数が増え始めています。経営が厳しくなっている企業に対しては、しっかり丁寧に見ていかなければいけないという問題意識を持っています。

 ─ 企業の投資マインドが旺盛ということですが、金利ある世界の中でさらなる成長を図る企業に対しては、どのようにサポートする考えですか。

 半沢 日本は労働人口の減少で、マーケットが大きく伸びることが難しい中で、グローバルを展望すると米国を始めとして需要が拡大する国への進出をどうするか。

 またDX、GXなど構造変化に対してどうしていくかといった様々な経営課題に対して多くの企業が取り組もうとされているので、我々はお客さまとコミュニケーション、分析し、提案力を上げることが問われます。

 そして多様なファイナンス策を考えることで、企業の皆様の国際競争力強化、企業価値向上にいかに貢献するかという意味で、非常に重要な局面に来ていると思っています。

生成AIなどデジタルにどう向き合うか

 ─ 生成AI(人工知能)を始め、テクノロジーの進展によって業務、サービス両面でさらなるデジタル化が求められると思いますが、その対応は?

 半沢 私どもの仕事のあり方、生産性、効率性を大きく引き上げ、それが経済全体、我が国、我々の生活の改善にもつながる可能性があります。

 AIについて言えば、我々銀行業としては、相当スピード感を持って動いているつもりですが、技術の進歩が本当に早い。経営陣、担当者ともに情報を集めて把握し、実際に業務に実装していくことが非常に重要だと思っています。

 従来のDX、AIでも業務効率化に取り組んできましたが、生成AIではさらにその範囲が広がることを想定して動かなければなりません。

 一方で、生成AIについては、セキュリティの問題やハルシネーション(生成AIが事実と異なる回答をしてしまうこと)のリスクもしっかり認識して、場合によっては国際的なルールづくりにも参画していくことも必要だと思っています。

 こうしたリスクを管理しながら、デジタル、AIの機能をしっかり生かすことで、新しいサービスの創出、さらなる業務効率化につながると考えています。

 ─ 日本の決済システムの将来像について、現時点で何か考えはありますか。

 半沢 まだ、そこまで方向性は見えていません。ただ、言えるのは今の日本の決済システムは非常に使い勝手がいいということです。そうなると、様々な技術を取り込んで変えていく意識が弱くなるのではないかということを、個人的に危惧しているんです。

 海外は、使い勝手が悪かったものをDX、AIで進化させようとしています。日本の使い勝手を上回る可能性もあり、結果として日本が「ガラパゴス化」してしまう恐れもありますから、そうならないように国際的な動きをしっかり見極めた上で、方向性を検討していくことだと思います。

「貸金庫」事件を受けて業界としての対応は?

 ─ 2024年に三菱UFJ銀行で元行員が貸金庫から顧客の資産を窃取していた問題が明らかになった他、19年にみずほ銀行でも同様の事案があったことがわかりました。銀行業界として、この貸金庫にどう向き合っていきますか。

 半沢 銀行業界全体としては、やはり再発防止、不正、不祥事の発生を抑止する取り組みを徹底するということに尽きると考えています。

 我々を取り巻く経営環境が変化し、業務が広がっていく中で、法令遵守意識の徹底が十分できていたのかを踏まえた上で、時代に即した管理体制の高度化に取り組んでいくことが必要です。

 すでに全銀協、業界レベルでも動き始めていますから、しっかりと取り組んでいきます。また、自民党金融調査会による緊急提言、それを踏まえて金融庁が監督指針に貸金庫の項目を追加する方針だとお聞きしています。

 その際にはおそらく、マネー・ローンダリング対策なども踏まえた貸金庫ビジネスのあり方も必要になってきます。金融庁の監督指針の内容、会員行と密に連携しながら検討を深めていくことが大事になります。

 一方、個別行としては、被害に遭われたお客さまを始め、関係者の皆様にご心配、ご迷惑をおかけしたことについて、本当に申し訳なく思っています。

 その中で、私どもは再発防止策を作り上げ、しっかり取り組み、浸透させることで信頼回復に努めていくことだと考えています。さらには内部通報だけでなく、様々な「気づきの声」を吸い上げるような仕組みをつくっていきたいと思っています。

 ─ 人材教育をどのように強化しようと考えていますか。

 半沢 人材教育の面では、法令遵守意識の徹底に加え、健全な職業倫理の醸成、浸透を図ることが大事です。

 当社には「行動規範」がありますから、その研修も行っていますが、正しく考え行動する、立ち止まって考え実行するということを徹底していきます。こうした取り組みで、皆様からの信頼回復に努めていきたいと思っています。

 ─ 今、銀行業界ではサービスのあり方を見直す中で、店舗についても相談に特化した軽量店舗を増加する動きも目立ちます。物理的に貸金庫を設置できないケースもあるのではないかと思いますが。

 半沢 それは本当に悩ましい問題です。今、これが解ですということを申し上げることはできませんが、私は4つの要素があると考えています。

 1つ目はお客様のニーズ、2つ目は管理体制を高度化したことによるコストも踏まえた事業採算、3つ目は、我々が貸金庫の中身を把握することが難しいといった、貸金庫固有のリスクを踏まえてどう対応するか。

 そして4つ目が従来とは異なるチャネル戦略です。

 例えば、これまでは駅前のビルの1階に店舗を構えていたものを、ショッピングモールの中に軽量店舗を構えるといった形でチャネル戦略が変わってきています。これらの4つの要素を総合的に考えて、どうしていくかということが大事になります。

 ─ 銀行業界のみならず、多くの企業が組織として個人の犯罪にどう対応するかが問われています。考えを聞かせて下さい。

 半沢 人材教育をしっかりするというのは大前提だと思います。法令遵守の意識もそうですが、職業倫理に立ち返るところから進めることが求められると思います。

 一方で、不正に手を染める機会を作らないことが大事です。そして、動きがあった時には牽制、モニタリングをしていくということの合わせ技ではないかと思っています。

 その方法もAIなどのテクノロジーを活用しながら、牽制をより深めていく可能性もあるのではないかと思っています。

 ─ 常に時代の変化に合わせた新しい考え方を取り入れることが大事だと。

 半沢 ええ。テクノロジーだけでなく、時代時代に即した管理体制の構築、人材教育をしていかなければなりません。そして、その取り組みを継続的に見直していかなければならないということだと考えています。