欧州宇宙機関(ESA)は2025年3月29日、火星探査車「ロザリンド・フランクリン」の着陸機の開発と製造業者として、欧州の航空宇宙大手エアバスを選定したと発表した。打ち上げは2028年、火星への到着は2030年を予定している。

  • 火星に着陸するロザリンド・フランクリンの想像図
    (C)Airbus

この計画はもともと欧州とロシアの共同ミッションとして進められ、着陸機もロシアが開発する予定だったが、ロシアのウクライナ侵攻により協力が打ち切られた。その後、欧州中心の計画として再始動した。

暗礁に乗り上げていたロザリンド・フランクリン

ロザリンド・フランクリン(Rosalind Franklin)は、欧州初となる火星探査車で、火星表面から最大2mの深さまで掘削できるドリルを搭載しており、地中の新鮮な土壌サンプルを採取・分析して、火星における生命の兆候や痕跡を探すことを目的としている。

同探査車は当初、ロシア共同プロジェクトの火星探査計画「エクソマーズ」の一環として開発が進められていた。

エクソマーズ計画は2段階のミッションから構成されており、2016年にひとつめのミッションとして、周回機「トレース・ガス・オービター」(TGO)と着陸実験機「スキアパレッリ」が打ち上げられた。スキアパレッリは着陸に失敗したが、TGOは無事に火星周回軌道に投入され、現在も運用が行われている。

これに続くふたつめのミッションが、火星の地表にロザリンド・フランクリンを送り込んで探査を行うというものだった。欧州は探査車本体の開発を担当する一方、ロシアは探査車を火星の地表に送り込むための着陸機「カザチョーク」の開発と、それらを打ち上げるロケットを提供する予定だった。

ロザリンド・フランクリンの開発は、欧州の航空・宇宙大手エアバスが担当し、すでに2019年に完成していた。一方、カザチョークの開発は、着陸時に使うパラシュートの開発が難航したほか、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響も受け、完成と打ち上げが大幅に遅れた。

その後、2022年の秋に打ち上げが設定されたものの、同年2月に起きたロシアのウクライナ侵攻により、作業は中断された。

そして最終的に、ESAは同年7月、ロシアとの協力関係を正式に打ち切った。

新たな着陸機を開発、2028年打ち上げへ

その後、ESAは、エアバスなど欧州の産業界、米国航空宇宙局(NASA)と協力し、カザチョークに代わる新しい着陸機の開発を含む、ロザリンド・フランクリンの打ち上げに向けた新しい計画を始動させた。

2024年4月には、欧州の航空宇宙大手タレス・アレーニア・スペースがミッションの新たな主契約者となり、探査車を火星に送るため5億2,200万ユーロの契約を獲得した。そして3月29日、ESAとタレス・アレーニア・スペースは、ロシアのカザチョークに代わる着陸プラットフォームの開発と製造業者としてエアバスを選定した。エアバスとの契約額は1億9,400万ユーロとされる。

着陸機は、ロザリンド・フランクリンを搭載した状態で火星の大気圏に突入し、まずパラシュートによって減速したあと、最終的にロケット・エンジンの噴射によって秒速3mまで減速し、火星の地表に安全に着陸する。

着陸後には2本のスロープを展開し、探査車はそれを使って火星の地表に降り立つ。このスロープは、探査車の前と後ろにあたる位置に装備されており、周囲の地面の状況などを踏まえ、火星に降り立つのに安全だと判断したほうのスロープを使う。

  • 火星に着陸した着陸機と、ロザリンド・フランクリンの想像図
    (C)Airbus

なお、もともとのカザチョークは科学観測も行えるよう設計されていたが、欧州製の新しい着陸機は、開発期間の短縮のため設計を簡素化し、探査車を運び地表に展開することのみを目的とした設計になる。着陸技術を検証するためのカメラやセンサーは搭載するものの、太陽電池などは装備せず、着陸後、数日で動作を停止するとしている。

一方、ロザリンド・フランクリンは、すでに製造済みであるため、現在は保管・保守やアップグレードが続けられている。

アップグレードには、火星で探査車を保温するための「放射性同位体ヒーター・ユニット」(RHU)の搭載や、着陸後に探査車がすぐに自律状態に移行できるようにする新しいソフトウェア・モードが含まれるという。

RHUはNASAから提供されるもので、放射性物質プルトニウム238を使う。このヒーターによって極寒の火星の夜を生き延びるのが容易になる。この技術は欧州にはなく、もともとはロシアから提供される予定だった。なお、NASAの探査車のような発電までは行わず、走行や搭載機器の動作には太陽電池で発電した電気を使う。

打ち上げに使うロケットも、米国のロケットが使用される予定で、新しい打ち上げ予定日は2028年に設定されている。具体的な日程は、現在複数のミッション・プロファイルの検討が進んでおり、2028年9月から10月の間に打ち上げて着陸する案と、同年12月に打ち上げ、火星フライバイを1回行ったのちに着陸する案がある。いずれの場合でも、火星の砂嵐の季節を避けるため、火星到着は2030年になるという。

着陸機を開発する、エアバス・ディフェンス・アンド・スペースUKのカタ・エスコット氏(マネージング・ディレクター)は、「ロザリンド・フランクリンを火星表面に着陸させることは、国際協力による大きな挑戦であり、20年以上の作業の集大成です。このミッションは、英国の宇宙に関するノウハウを大幅に強化し、太陽系に対する私たちの総合的な理解を深めることになるでしょう」と述べている。

参考文献