DXの波が押し寄せるなか、経理部門にも変革が求められている。経理と情報システムはどのように連携し、企業の競争力強化に貢献できるのか。従来の「守り」の姿勢から「攻め」へと転換していくために求められる視点とは。
3月18日に開催されたオンラインセミナー「税制改正大綱解説とこれからの経理部門の在り方 2025 Mar. ~2024年できなかったことを今年はできる年になろう~」にて、経理のプロフェッショナルとIT戦略のエキスパートによる白熱したクロストークが行われた。
登壇者は、マネーフォワード 執行役員/グループCAO 松岡俊氏、IS経理事務所 代表/CPAラーニング講師 葛西一成氏、そしてecoBiz 代表取締役社長/アビームコンサルティング Director 進藤広輔氏の3名。経理に必要なITスキルとは何か、システム導入プロジェクトの進め方、そしてシステム導入時のトラブル事例と対策について語り合った。
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(左から)IS経理事務所 代表/CPAエクセレントパートナーズ CPAラーニング講師 葛西一成氏、マネーフォワード 執行役員/グループCAO 松岡俊氏、ecoBiz 代表取締役社長/アビームコンサルティング Director 進藤広輔氏
求められるのは「ビジョンに基づいてロジカルに考え抜く力」
ディスカッションの冒頭では、経理部門と情報システム部門の共通点として、「仕事ができて当たり前」「守りの姿勢になりがち」という特徴が挙げられた。しかし、現代では「この『守り』の姿勢から『攻め』への転換が求められている」と葛西氏は指摘する。
進藤氏は「今、事業部門にITスキルを求める必要はない」とし、「論理的に自分たちが何をしなければならないか、何を目指していくべきかというビジョンや戦略に基づいて考え抜く力を蓄え、それを効率的に事業に結び付けるためにシステムがどうあるべきかを経理の目線で語れるようになっていれば十分」と述べた。また、「技術の変化は速いので、そこに事業部が時間を割くのはあまり意味がない」とし、むしろいかにシステムを自分たちの仕事に役立てるかを考え抜く力が重要だと強調した。
松岡氏も「ITスキルというとプログラミングができるというイメージになりがちだが、専門家と連携していくことが重要。経理部門としてどういうことを成し遂げたいのか、その戦略をロジカルに考える力と、情報システム部門と会話ができる最低限の知識が必要だ」と補足した。
タブーに踏み込め - 保守的思考からの脱却法
葛西氏は「経理はどうしても保守的な視点・現状維持視点から抜け出せないパターンが多い」と指摘し、いかに経理部門のマインドセットを変革するかという問題提起を行った。
これに対し進藤氏は、「自分のなかや組織のなかにあるタブーに気付いているはず。そこにあえて踏み込むことが大事」と回答。「これは今までやってきたやり方があるから触れてはならない」という暗黙のルールに対し、お互いが疑問を感じている点があれば、会話し合う時間を設けていくことの重要性を説いた。
松岡氏は「経理のリーダーからも担当者の背中を押してあげることが必要」と述べ、「万が一うまくいかなくても、責任は自分が取るという姿勢で応援することが重要」であるとした。
ペインポイントから着手せよ - システム導入成功の鉄則
「日本企業の多くが業務プロセスを可視化できていない。属人的な業務運用になっているため、人によって同じ業務でもかかる時間が違っていたり、難しさを感じているところが違っていたりする」と指摘する葛西氏。システム導入プロジェクトを成功させるための第一歩として、「徹底した業務の棚卸しが必要」だと強調する。
進藤氏はさらに、システムを「既存の業務を効率化するためのシステム」と「新しい業務・ビジネスを展開するために必要となる未知のシステム」の2つに分け、特に経理の場合は前者の割合が多いと説明。そのうえで「業務改革の観点で近視眼的なアプローチになってしまうと、周辺領域と合わせて考えたときには逆に非効率になってしまう」と警鐘を鳴らした。
業務棚卸しの進め方について、松岡氏は「一気に全てを変えるというよりは、ペインポイントの大きいところから一歩一歩変えていくやり方がおすすめ」とした。自身の経験からも「受け取った請求書の処理作業が他社と比べて効率が悪いことが明確に分かったため、まずはそこから改善した。その結果生まれた余裕を使って次の優先度の高い課題にアタックしたことで、結果的に残業が大幅に減った」と具体例を挙げた。葛西氏も「連結決算が遅れているなど、痛みのあるところから業務の棚卸しをしてみることも有効」と補足した。
次に重要なのが「あるべき姿(To-Be)」を描くことだ。進藤氏は、ゼロからTo-Beを考えるのではなく、既存のパッケージをベースにTo-Beを考えていく方針を推奨する。
「世の中に出ているシステムやパッケージは、グローバルスタンダード・ベストプラクティスが機能として盛り込まれています。現状の業務とのズレを比較し、そのズレが本当に会社にとって必要なものなのかを評価することが重要です」(進藤氏)
松岡氏も「現状(As-Is)を整理するときに、譲れないコア要件や特徴は何かを踏まえたうえで、既存のSaaSを比較していく」ことの重要性を説いた。
「認識の相違」が最大の失敗要因 - 回避のための共通言語づくり
システム導入プロジェクトで最も多い失敗要因は「認識の相違」だと進藤氏は指摘する。
「事業部門は事業部門の感覚で、情報システム部門は情報システム部門の感覚で話をしていますが、両者の認識が合致していないケースが多いのです。代名詞で『それ』と議事録に書かれていますが、お互いがイメージしている『それ』が延々とずれたままだった実例もあります」(進藤氏)
解決策として進藤氏は「情報システム部門側が業務理解を深め、事業部門側の言葉で語れるように意識することが重要」と述べた。松岡氏は事業部門と情報システム部門のあいだに入って"通訳"をしてきた経験から、「お互いに歩み寄らなければ会話ができない。そこが失敗の大きな要因となっていたケースが実体験でもある」と付け加えた。
また「担当者が実は担当者相当の見識を持ち合わせていなかった」という失敗例も挙げられた。松岡氏は自身の経験から、「コアメンバーとして各事業部から集めた人員で要件を確定したのに、上長の判断で要件が変更になってしまったことがある」と明かした。これに対し葛西氏は「業務プロセスをしっかりと可視化して、全員の共通理解をつくる必要がある。『この人にしか分からない』という状態をいかになくすかが重要だ」と強調した。
カスタマイズについては、葛西氏が「営業部門などからの要請で追加機能開発が増えてしまう」問題を指摘。松岡氏は「本体のシステムがメジャーバージョンアップした際の更新費用など、アドオン開発によってどのような不具合が将来発生し得るかをプロジェクトメンバーから説明すべき」と、リスクを伝えることの重要性を指摘した。
「経理×情報システム」真の協働で企業価値を高める
「社員全員が論理的にものを捉える論理的思考能力を高めていくことが最も大事」と進藤氏は総括。さらに「経理部門と情報システム部門がお互いに理解し合っていないことを自覚することが重要だ」と指摘した。進藤氏は「『決算期の変更』というキーワードで見たときに、お互いが捉えられる景色には差がある。にもかかわらず『決算期の変更』という言葉だけで話が進んでしまう」という例を挙げ、コミュニケーションの難しさを説明した。
松岡氏も「経理部門と情報システム部門は性質的にも似ており、協働しなければならないのに、まだまだお互いに理解し合えていないところが多い。いかにそのギャップを埋めていくかを経理パーソンとしても考えていきたい」と述べ、ディスカッションを締めくくった。
経理部門がシステムを効果的に活用するためには、専門的なITスキルよりも論理的思考力や業務を俯瞰する力が重要であり、情報システム部門との相互理解を深めることが成功への鍵となる。システム導入はゴールではなく、企業価値向上のための手段である。「経理×情報システム」の真の協働の重要性を浮き彫りにした貴重な議論となった。