「2025 F1日本グランプリ」が、2025年4月4日~6日に三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催される。その中でも注目を集めているのが、Oracle Red Bull Racing(オラクル・レッドブル・レーシング)だ。日本グランプリの開催を前に、同チームのCIOであるマット・カデュー(Matt Cadieux)氏が取材に応じた。

  • オラクル・レッドブル・レーシングのCIOのマット・カデュー(Matt Cadieux)氏

    オラクル・レッドブル・レーシングのCIOのマット・カデュー(Matt Cadieux)氏

20PBのデータを分析し、意思決定に活用

オラクル・レッドブル・レーシングは、2024年シーズンにドライバーズタイトル4連覇を達成したマックス・フェルスタッペン選手の活躍が期待される一方で、日本人ドライバーの角田裕毅選手が日本グランプリ直前に、同チームに電撃昇格。初戦となる日本グランプリでの活躍にも注目が集まっている。

そのオラクル・レッドブル・レーシングを支えているのが、オラクルのOracle Cloud Infrastructure(OCI)である。レッドブル・レーシングは、2021年からオラクルと連携し、レース戦略の立案、エンジン開発、ファンサービスの提供などにおいてOCIを活用している。

たとえば、2024年シーズンにおける実績をみると、OCI上でのシミュレーションはレースごとに約60億回に達し、年間では1500億回以上のレース戦略シミュレーションを実行。レースごとに毎秒100万回のモンテカルロシミュレーション(ランダムサンプリングを繰り返し実行することで、ある範囲の結果が発生する可能性を算出する計算アルゴリズム)を行ったという。

チーム内に蓄積しているデータは20PBにのぼり、これらのデータを活用した分析と、それをもとにした明確な意思決定が、ドライバーに優位性をもたらしている。

カデュー氏は「レッドブル・レーシングは、オラクルが持つクラウドやAIといった新たなテクノロジーを先行的に利用し、これを競合に対する強みとしてきた。パワートレインの設計だけでなく、レース中のライブシミュレーションにより、データドリブンによる分析と意思決定を行ってきた。ピットに入るタイミング、タイヤ交換の判断などには、さまざまな計算が必要になる。また、レース中にも天候が変化したり、マシンにアクシデントが発生したりするため、それに合わせて即座に戦略を変更し、新たな状況に対応していく必要がある。それを支えているのがOCIであり、パフォーマンスや信頼性、コストの観点でも優位性がある」と評価した。

コスト面でも大きな効果があるOCI

レッドブル・レーシングは、2021年にレース戦略インフラをOCIに移行して以来、シミュレーションの速度を25%向上させ、戦略的な優位性をチームにもたらしているという。

レース開始前と、レース中にOCIでシミュレーションを実行し、マシンのパフォーマンスやトラックコンディション、競合他社のアクションの変動にも迅速に対応。データドリブンによるレース戦略の立案を行っているのが特徴だ。

2025年シーズンからは、新たにOCI Compute A2およびOCI Compute A4 Flexシェイプを活用してシミュレーション速度を10%向上した。毎週、多くのシミュレーションを実行して、より広範なシナリオをテストし、レース当日の意思決定を改善できるようにしているという。

カデュー氏は「日本グランプリで活用しているITインフラやツールは、他のレースと同じものだが、日本でのレースに合わせたアップデートを行っている。年間を通じてマシンが進化しているように、シミュレーションやアナリティクスも進化している。日本のレースに合わせて進化したものを活用し、それに伴い意思決定も進化している」と語る。

その一方で、同氏は「シミュレーションや分析は、シーズン中に複雑化していく。それに従って必要なリソースを増やし、使用した分だけを支払うことになる。オンプレミスでは、運送コストや設定コスト、電源確保や熱への対策などが必要になるが、OCIによりクラウドに接続するだけで利用でき、世界中のOCIのリージョンに接続することで、遅延を最小化できるメリットは大きい」と述べている。

また、最新のテクノロジースタックを活用するとともに、Kubernetesのパワーと柔軟性を利用していることも、シミュレーションプラットフォームをスケールアップしながら、厳しい支出規定のもとでのコスト抑制を実現することにつながっていると明らかにした。

カデュー氏は「コストに対する規制が厳しい中で、OCIがもたらすメリットはコスト面においても大きな効果がある。OCIというインフラがあることで、エンジニアはマシンに集中できる。ドライバーはデータドリブンの考え方をしており、それによって優位性を確保することを考えている。レースエンジニアは、クラウドやAIを活用して、ドライバーが即座に行動できるベストアドバイスをもたらしている。オラクルがテクノロジーパートナーとして支えている点は、ドライバーにとっても心強いものである」と断言した。

一方、オラクル・レッドブル・レーシングでは、Oracle Advertising and Customer Experienceを使用し、ファンとの距離を縮めるためのエンゲージメントプラットフォームを構築している。これは「オラクル・レッドブル・レーシング・パドック」と呼ばれるもので、サービスの1つとして、シムレーシングを提供。

ファンはOCIを使用したオンライン版F1レースコースを走行し、自分のパフォーマンスをフェルスタッペン選手と比較することができる。こうした取り組みにより、ロイヤルティメンバーシップは、950%以上も向上させることに成功しているとのことだ。

AIチャットボットにLLMとRAGを組み合わせて活用

オラクル・レッドブル・レーシングは、2025年シーズンにおいて、2つの新たな取り組みを開始している。

1つ目は生成AIの活用である。オラクルとの連携により、AIピットウォールチャットボットを開発。FIA(国際自動車連盟)が定めたレギュレーションを正しく理解し、管理、対応するために活用している。

たとえば、他チームのレギュレーション違反を指摘する用途での活用がある。レース終了後、他チームのペナルティに対して抗議をする時間は、30分間しか与えられていない。これまでは、その短い時間の中で、何千ページにもおよぶ歴史的な規制の裁定を手作業で見直して、抗議内容を整える必要があった。

AIピットウォールチャットボットは、LLM(大規模言語モデル)とRAG(検索拡張生成)を組み合わせることで、過去のすべてのレギュレーションをクエリし、リアルタイムで回答を生成することが可能になるという。

カデュー氏は「レース中になんらかの出来事が発生した際に、ドライバーやマシンがペナルティを課せられる可能性がある。エビデンスを集めて、これをもとに自分たちを守ることができるほか、他のチームがルールを破ったときに、それに気付き、的確に指摘できる体制を整えることが可能。AIピットウォールチャットボットを使用することで、レギュレーションに適応する能力が劇的に向上できる」と期待を口にしている。

現時点では実験段階とするが、同氏は「開発の進捗は順調であり、レース中に価値を享受できる日を楽しみにしている」と力を込めた。まずは、スポーティングレギュレーションに対応しているが、次のステップとして、テクニカルレギュレーション、フィナンシャルレギュレーションへの対応を想定しているとのこと。

オンプレミスとクラウドのツールを標準化してインフラを簡素に

2つ目はインフラの簡素化への取り組みだ。現在、英国の拠点を通じて、オンプレミスとクラウドを稼働させているが、ここで活用するツールなどを標準化するとともに、簡素化することでコストダウンも図る考えだ。

対象となるのは、カーセンサーモニターやダッシュボードディスプレイ、ガレージコンピュータなどで構成するトラックサイドインフラで、これらをOracle Virtualization、Oracle Linux、Oracle Cloud Native Environmentで稼働。Kubernetesのコンテナ管理も容易にできるようになる。

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Oracle Linuxの活用により、オラクル・レッドブル・レーシングのIT部門はOCIで使用するコードと、ローカルで使用するコードを標準化し、同じオペレーティング環境を使用して、トラックサイドや工場、リモートなど、あらゆる場所を結んだ作業を簡素化できるという。

カデュー氏は「オラクル・レッドブル・レーシングのIT部門は、決して多くの人員で構成されているわけではない。だが、インフラが煩雑になり、やらなくてはならない作業が増えていた。標準化とシンプル化によって作業を効率化して作業の重複を排除し、柔軟性を向上させ、コスト削減と時間節約に貢献できる。何か課題が発生した際にも、トラブルシューティングを迅速に行うことが可能だ。OCIとオンプレミスをシームレスに活用できる環境が整う」と述べた。

現在、すべてのF1チームは、2026年シーズンからの大幅なレギュレーション変更に向けて、新たなハイブリッド型パワーユニットの設計、開発などを進めているところだ。レッドブル・レーシングは新たにフォードと提携し、パワーユニットの開発を進めており、ここでも、OCIを活用しているという。

同氏は「新たなパートナーとともに、ゼロから開発をスタートしている。仮想空間において設計しており、さまざまなシミュレーションを実行している。そのためには数万のCPUカードが必要になり、それをOCIで確保している。オンプレミスでこれをやろうとした場合、そもそもどれぐらいのリソースが必要になるかということがわからず、そこに時間がかかってしまっただろう。しかも、わずか1年で求められるリソースが大きく変化することも明らかだった。オンプレミスのデータセンターでは、すぐにキャパシティに問題が発生し、電源容量も自社で確保するには容易ではなかっただろう」と話す。

そして、カデュー氏は「OCIであれば、小さくはじめて、必要に応じてスケールアップすることができる。ITがボトルネックとなって、エンジニアリングの進行に遅れが出るということがない。オンプレミスでは不可能だったワークロードをOCIで実行でき、エンジニアが必要な環境を迅速に用意できる点は、新たなパワートレインの開発において大きなメリットを生んでいる」と、そのメリットを語った。

世界最高峰の自動車レースであるF1を、OCIの最新技術を活用したマシンが疾走し、レースを高い次元に引き上げることで、激しい戦いをさらに盛り上げている。