最新のIoT技術を使った物流システムやAIを活用した効率的な配送システム、自動運転技術によるロボット、トラック、ドローンの自動化などの技術革新により物流業界が新たな変革の時代に突入しようとしている。

こうした局面に対応する人材を育成すべく、慶應義塾大学新川崎先端研究教育連携スクエアの松川研究室は「高度物流人材」を育成するための「高度物流人材育成塾」を2024年10月に開講した。

第1期「デジタル化·データサイエンスコース」が終了を迎えた3月28日、その成果と今後の展開について発表するため、慶應義塾大学 新川崎タウンキャンパスにおいて修了式を一般に公開した。

  • 高度物流人材育成塾「デジタル化·データサイエンスコース」修了式の模様

世界的な物流変革に対応できる高度物流人材とは?

高齢化社会と労働人口減少を迎える我が国において、最新のテクノロジーを活用した物流システムの高度化と省力化は必要不可欠な産業基盤となる。その運用に向けては、最新技術に柔軟に対応できる高度な物流技術者の養成を戦略的に行う必要がある。特に、量子コンピュータの異次元の情報処理能力を活用できる人材は国際競争に生き残るためにも、日本独自の物流システム構築と絡めて戦略的な育成が求められる。

国土交通省はこうした人材を育成するため、2021年から経済産業省と共同で5回にわたり高度物流人材シンポジウムを開催。加えて2023年3月に、ワークショップ「物流起点の価値創造を実現する人材の育成に向けて」を開催し、求められる人材像の提言を行った。

提言では、高度物流人材を「デジタル化に対応し、データドリブンで思考する能力」「サプライチェーンを全体最適化の視点からマネジメントする能力」「社会変化に対応し、新技術導入や異分野連携を推進できる能力」の3つの能力を持つ人材と定義。こうした高度物流人材の育成と確保のため、慶應義塾大学新川崎先端研究教育連携スクエアの松川弘明名誉教授が開講したのが「高度物流人材育成塾」だ。

学術論文として発表できるレベルの回答を作成できる人材を育成

「高度物流人材育成塾」では、「デジタル化·データサイエンスコース」「サプライチェーン·サイエンスコース」「物流先進技術コース」の3つのコースを用意。

「デジタル化·データサイエンスコース」では、最新のデータサイエンスの知識を物流分野へ活用できる能力の養成と量子コンピュータの原理と基礎知識、最適化モデルの実践などを行う。「サプライチェーン·サイエンスコース」では、流通におけるサプライチェーン構成する製造、物流、販売から運用機器、経路まで業界を俯瞰的に捉え、効果的なマネジメントを実行できる能力を養成する。「物流先進技術コース」では、社会情勢に対応した新技術導入や異業種間連携を可能とするネットワークコネクション構築など、課題に柔軟に対応できる企画・提案能力の養成を目指す。

  • 内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局「量子未来社会ビジョン」の未来社会における量子技術によって創出される価値(量子技術活用イメージ)より(公式Webサイト)

今回、開講された「デジタル化·データサイエンスコース」では、量子コンピューティングの基礎知識養成が主要な題材となっている。量子コンピューティングは、大規模な物流課題解決のための計算式においてパラメータや変数が30を超える場合、古典的なコンピュータでは総当たりで100年かかるところ、現実的な時間で高精度な結果出力を可能とする高いポテンシャルを秘めた最新技術。政府も「量子未来社会ビジョン」を掲げ戦略的に技術者の養成と利用者の拡大を目指し活動している。

  • 慶應大学 名誉教授 松川弘明氏

講座は2部制で、2024年11月から3月28日まで全12回行われた。講師は1部を慶應大学の松川弘明名誉教授、2部をノアソリューションの統合企画室長 嶺野和夫氏が担当した。

1部では、データサイエンスのための最適化問題と数理最適化の学習で、概論からの組み合わせ最適化、レイアウト問題などの解説と自演、プロジェクトスケジューリング問題や生産・物流スケジューリング問題などの現実的な課題をベースとした演習を行う。2部では量子コンピュータの基礎、アニーリング型量子コンピュータ、組み合わせ最適化問題のアプリケーション開発手法の学習、実践適用のための巡回セールスマン問題への取り組みなどを行った。

  • ノアソリューション 統合企画室長 嶺野和夫氏

「デジタル化·データサイエンスコース」で得られた成果とは

同日開催された記者会見で、松川名誉教授は昨年10月より開講した「デジタル化·データサイエンスコース」で得られた3つの成果を発表した。

第1の成果は、文系・理系関係なく受講生が文章から最適化モデリング構築を行い、数式に定式化してPythonプログラムで課題解決できるようになったこと。最終報告会では事例研究の学術論文として発表できるレベルの回答を作成可能な人材が育ったことが紹介された。

第2の成果は、即戦力として現場でデータ最適化による問題解決手法を実践し最適化方法をチームメンバーと共有しチーム全体として成長していくスタイルを確立できたこと。

第3の成果は高いポテンシャルを持つ量子コンピューティング技術の原理や基礎を学び、量子アニーリングなどの計算手法を実体験し、本格的な実用化前に大規模最適化問題に取り組むことができる人材を養成できたことだ。

今後開催を予定している「サプライチェーン・サイエンスコース」のカリキュラムは既に作成が完了しており、Wallace J. Hopp氏の「Factory Physics」を参考に数式などを用いた解析と事例分析を多く盛り込んだ内容となっているという。「物流先進技術コース」のカリキュラムはさまざまな意見を聞きながら作成中とのことだ。

「Logistic 4.0」に到達した物流業界の今後の展望

修了式の前には、物流業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略、事業再構築などのコンサルタントを行うローランドベルガーの小野塚征志氏による基調講演「物流革命をリードするイノベイター」が開催された。同社はドイツ・ミュンヘンを拠点として33カ国に52のオフィスを持つ国際的なコンサルティング企業。同氏はロジスティクス・サプライチェーン分野のコンサルティングを担当しており、経産省の部会の委員や国土交通省の物流検討会の構成員なども歴任している。

  • ローランドベルガー 小野塚征志氏

小野塚氏は、物流業界が現在「Logistic 4.0」の段階に進もうとしていると語った。同氏によれば「1.0」は輸送の機械化、「2.0」は荷役の自動化、「3.0」は管理・処理のシステム化、そして「4.0」は、物流の装置産業化だという。「Logistic 4.0は、倉庫のロボット化や自動運転技術による省人化、企業の垣根を超えた協業による業務効率化を表している。

  • 物流革命をリードするイノベイター(報道資料より)

小野塚氏は、荷主と運送会社のマッチングサービスを無償提供し、車両運行データを基にファイナンスサービスで利益を得る中国企業や、調達・生産・納品の統合管理プラットフォームサービス企業が提供するリアルタイム物流シミュレーションサービスなどを紹介。高度なシステム化は、運送車両を開発するメーカーや荷主などの別業種が効率化のために物流業界へ参入する機会にもなっているという。

  • 物流業界は「Logistic 4.0」(報道資料より)

「受講者全員に200点」賛辞が送られた修了式

修了式では、塾の責任者であり講師である松川名誉教授による最後の訓示があった。同氏は、中間テストの自社データを活用した最適化モデル構築の実践で短期間にもかかわらず大きな成果を出したことについて、「全員に200点を差し上げたい」と生徒たちへ賞賛の言葉を贈った。

  • 修了式の模様

次いで、高度物流人材育成塾を後援する国士交通省から、物流·自動車局 鶴田浩久局長より祝辞があった。同氏は2024年問題など物流問題がクローズアップされたタイミングで受講した生徒たちの問題意識と先見性を称えた。

鶴田氏は、「物流業界は他の業界より5年遅れて労働時間の規制を開始したが、業界全体で危機意識を共有することができた」と述べ、縦割り行政など言われる役所でも経産省、国土交通省、農林水産省などで有意義な協力関係を持つことができたことを述べ危機に臨んで団結することの重要性を語った。

また、同氏は高齢化と生産年齢減少による深刻な人手不足問題に対しても高度物流人材が先陣をきって価値を発揮し新たなビジネスイノベーターになってもらいたいと今後の活動に対する期待を語った。

  • 国士交通省 物流·自動車局 局長 鶴田浩久氏

今後の高度物流人材育成塾は、「デジタル化·データサイエンスコース」第2期を2025年10月に開講、「サプライチェーン·サイエンスコース」の第1期を本年10月開講、第2期を2026年4月に開講、「物流先進技術コース」第1期は2025年10月開講、第2期は2026年4月に予定している。