北海道大学(北大)は3月26日、モンゴルのゴビ砂漠に位置する白亜紀後期(約9500万年~8960万年前)の「バヤンシレ層」から、獣脚類恐竜「テリジノサウルス類」の仲間としては初めて二指性の手を持つ新種として「デュオニクス・ツクトバアタリ(Duonychus tsogtbaatari)」を発見したと発表した。
同成果は、北大 総合博物館の小林快次教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。
テリジノサウルス類は、白亜紀(約1億4500万~6600万年前)にアジアや北アメリカに生息していた、植物食性または雑食性の獣脚類恐竜だ。このグループは、長い首と小さな葉状の歯、そして3本指の手と大きな鉤爪を持つ独特の形態で知られている。
今回発見された新種の恐竜の学名はDuonychus tsogtbaatariであり、「2つの爪を持つ、(キシグジャヴ・)ツクトバートル博士に捧げられた恐竜」という意味だ。なお、ツクトバートル博士は、長年にわたり古生物学に多大な貢献をしてきた、モンゴル・ウランバートルにあるモンゴル科学アカデミー古生物学研究所の元所長である。
デュオニクスは、他のテリジノサウルス類には見られない第3指の欠如による二指性に加え、背骨や肋骨の構造などにも独自の特徴を持つことから、新属新種であることが明らかになった。そして系統解析の結果から、デュオニクスはテリジノサウルス科の派生的なクレード(系統樹において、共通の祖先とそのすべての子孫を含むグループのこと)に位置付けられ、同じ地層から発見された他の3種のテリジノサウルス類(エルリコサウルス、エニグモサウルス、セグノサウルス)とは異なるクレードに属することが確認された。
デュオニクスはテリジノサウルスの中では中型であり、体重は約260kgと推定された(尺骨に基づく推定では268kg、第2中手骨に基づく推定では259kg)。このサイズは、同じ地層から発見されたエルリコサウルス(約278kg)とほぼ同程度だが、エニグモサウルス(約567kg)やセグノサウルス(約1469kg)などよりは軽量である。また、骨格の詳細な分析から、発見された個体はまだ完全に成長しきっていない若い個体だったことも明らかにされた。
なおデュオニクスが有する他のテリジノサウルス類には見られない特徴として、爪がほぼ90度に鋭く屈曲している点も挙げられ、この独特な形状から、この恐竜は直径約10cmまでの枝や植物の束を掴むことが可能だったと推測された。さらにその手の構造は、植物を「かき集める」や「引っ掛けて引き寄せる」といった動作に適していたことも示唆されている。これらのことから、この恐竜がモンゴルのバヤンシレ層に生息していた恐竜たちの中でも、従来の想定以上に多様な生活を送っていた可能性が示唆され、恐竜の生態や行動の理解に新たな視点がもたらされたとした。
なお今回の発見により、獣脚類の中で少なくとも5回、異なるグループで「第3指の減少または消失」という進化が独立して起きたことが明らかになった。その5つのグループとは、「アヴェテロポダ類」の中の「アロサウルス上科」、ティラノサウルス科、「アルヴァレズサウルス科」、「オヴィラプトロサウルス類」、そして今回のデュオニクスを含むテリジノサウルス科である。
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前肢の短縮化と第3指の消失を示す、主要な獣脚類の簡略系統樹。アロサウルス上科(Allosauroidea)、ティラノサウルス上科(Tyrannosauroidea)、アルヴァレスサウルス類(Alvarezsauria)、テリジノサウルス類(Therizinosauria)、およびオヴィラプトロサウルス類(Oviraptorosauria)における、前肢の短縮化と機能的な第3指の消失が示されている。(出所:北大プレスリリースPDF)
これら5つのグループの中には、指を減少させることで特定の機能に特化したものもおり、異なる恐竜たちは食性や生活様式に応じて、前肢や指の構造を変化させていたことが明らかにされた。また今回の新しい知見は、恐竜の進化の多様性を示すだけでなく、異なるグループで似たような形態が独立して進化する「収斂進化」の優れた例でもあるとしている。
研究チームは今後の期待として、“恐竜の進化と適応戦略の新たな解明”を挙げる。デュオニクスの発見によって、獣脚類における指の減少進化が、単なる形態変化に留まらず、特定の生態的役割に適応するための重要な進化的戦略だった可能性が示唆された。今後、さらなるフィールド調査や既存標本の再分析を通じて、他のテリジノサウルス類や関連獣脚類においても同様の特徴が発見されれば、指の減少進化が収斂進化としてどのように複数の系統で独立に起こったのか、より詳細に検証できる可能性があるとしている。
特に、機能形態学的なアプローチやバイオメカニクス的な解析を加えることで、指の減少が摂食行動や環境適応に与えた影響を定量的に評価することが期待される。さらに、モンゴル・バヤンシレ層が“恐竜進化のホットスポット”として注目を集める可能性もある。同層からはすでに複数のテリジノサウルス類が確認されており、新たな発見や未記載標本の再評価によって、この地域の恐竜群集の構造や、同時代の生態系全体の理解が進むことが期待されるとしている。