経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共同で作成し、2024年6月から公開されている「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」は、製造DX実現に向け、スマートマニュファクチャリングを構築するにあたって考えるべきことやその手順などを、デジタルソリューション導入前の企画段階に重点を置いて解説したものだ。

3月6日に開催された「TECH+セミナー スマートマニュファクチャリング 2025 Mar. めざす工場の姿をデザインする」に、NEDO 半導体・情報インフラ部プロジェクトマネージャである小川吉大氏が登壇。ガイドラインの内容を紹介し、自社にとって最適な変革シナリオのつくり方など、スマートマニュファクチャリング構築のためにすべきことを解説した。

ガイドライン策定の背景

小川氏は冒頭、「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」を策定した背景についてデータを交えて説明した。まず紹介されたのは、製造事業者が抱える経営課題のデータだ。品質管理の強化と不正防止、原料費や物流費のコストダウン要求への対応、短納期の要求への対応、環境に配慮した工場操業などが上位を占めており、QCDE(品質・コスト・納期・環境)に関することを課題としている企業が多い。また業務変革に対する課題としては、的確にニーズを把握する、素早い価格や納期の回答ができるといったことが上位になっている。ここから、経営や変革の課題を解決するには製造部門の改善だけでは難しいということが分かる。

  • 製造事業者が抱える経営課題と事業変革課題

一方、デジタル化の取り組み状況を見ると、各部門の機能や個別工程の改善が進んでいる企業は多いものの、それだけでは対象工程の部分最適にしかならないため、十分な成果につながっていないのが実情だ。部分最適の取り組みでは、経営課題や業務変革課題の根本的解決にはならない。製造部門だけでなく製造プロセス全体を俯瞰した全体最適が必要なのだ。全体最適が進まない理由としては、各部門の機能を総合的に検討できる人材の不足、変革のノウハウの不足などを挙げる企業が多いという。

  • 全体最適が進まない理由

「全体最適に向けた変革のためには、デジタルソリューションとものづくりの変革の両方を捉えた変革を進めるノウハウを持ち、各部門の機能を総合的に検討できる人材を育成していくことが必要です」(小川氏)

マニュファクチャリングチェーン全体を俯瞰したうえで変革シナリオ作成に臨む

こうした問題を解決するための手段の1つとして作成されたのが「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」であり、そのリファレンス部分は各事業者にとって最適な変革のシナリオ作成を支援するものとなっている。これに従えばシナリオ作成は可能だが、小川氏は「その際に自社のものづくりの全体プロセスの最適化を考えてほしい」と話す。

そのために重要なのは、マニュファクチャリングチェーンの中の、エンジニアリングチェーン、サプライチェーン、プロダクションチェーン、そしてサービスチェーンという4つのチェーンを意識することだ。チェーン全体を俯瞰してどこに取り組むべきかを考え、その取り組みが個別機能の改善だけでなく、4つのチェーンの業務連鎖を高度化し、全体最適になるよう考えることが必要である。さらに、情報連鎖をデジタル化することで、一段階上のプロセス革新につなげるところまで意識しておくことが望ましい。

  • マニュファクチャリングチェーンのイメージ図

変革シナリオの作成は、まず変革課題の決定から

シナリオを作成するには3つのステップがある。まずステップ1では、変革課題マップを使って重点課題を決定する。変革課題マップは、製造事業者のスマート化の事例の中で、共通性の高い重点課題を前述の4チェーンごとに抽出したものだ。例えばエンジニアリングチェーンにおいて開発サイクル短縮を目標とする場合の課題として、スピーディーな新製品立ち上げの仕組みの構築、的確にニーズを把握できる仕組みの構築などが挙げられている。ここから、変革したいプロセスや目標に応じた課題を選んで決めていけばよい。

重点課題を決める際に重要なのは、何を実現すべきかを明確にすることだ。例えば、経営目標達成に必要な課題を抽出するなら、自社が掲げるKGIとKPIから考えるのが有効だろう。KGIとして売上の伸び率、受注額の向上を最終目標とし、KPIとして開発サイクル短縮、開発リードタイム短縮といった中間目標を設定している場合なら、スピーディーな新製品の立ち上げの仕組みの構築が重点課題になる。またKPIとして機会損失の極小化や納期遵守率の向上を中間目標としているなら、素早い価格・納期回答ができる仕組みが重点課題になる。課題への取り組みが、どのKGIに対してどのような効果を生む可能性があるかを明確にしたうえで、重点課題を取捨選択することが重要なのだ。

環境変化も考慮すべき点だ。例えば地政学的リスクやパンデミックなどに対応するには、サプライチェーンの主要在庫が見えるようにするなど問題を迅速に検知できる仕組みの構築が重点課題になるだろう。さらに、自社の生産システム特性についても、工程特性と需給特性から課題を抽出することができる。例えば需給特性が繰り返し受注生産であり、仕様の異なるオーダーが混在するような場合には、価格や納期を素早く回答する仕組みの構築が重点課題であるし、製造部門で工程の負荷にばらつきがあるなら、負荷をコントロール仕組みが課題となる。このように、自社の状況を考慮したうえで、実現すべき目標に重点を置いて変革課題を決定することが重要だ。

目指すべきレベルを決め、実現方法を決定する

ステップ2では、目指すレベルを決める。同ガイドラインではその目安として5段階のレベルが設定されている。レベル1は情報の標準化で、システム化のために必要な情報を共有する準備ができているレベルだ。レベル2は情報・データの蓄積、そしてレベル3はデータによるプロセスの連携ができるレベルとなる。そしてデータを解析して最適な生産行動を行えるのがレベル4。レベル5は、解析やシミュレーションの結果に応じて現実のプロセスを制御できる、つまりデジタル空間と現実世界の双方向の連携ができるレベルだ。

「どの項目をどのレベルで実現することが自社にとってのスマートマニュファクチャリングなのかを検討し、自社に合ったレベルを決めてください」(小川氏)

  • 「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」で示されているレベル

最後のステップ3では、実現方法を決定する。ここでは、ステップ2で設定したレベルにおけるシステムと業務のイメージを整理し、現状との違いを明確化することで、システム改革の対象を決めていく。例えば現状がレベル2で、開発計画と実績のデータベースがあるとした場合、レベル4を目標として、工程全体への遅延の影響を予測し、タスクの優先順を変更しながら日程計画を作成できるようにするには、スケジュールシミュレーション機能のあるプロジェクト管理ツールを追加すればよいということになる。

「このステップで重要なのは、実現したいことに必要なソリューションをイメージすることです。そうすることで、ベンダーと具体的なツールの要求仕様に関する話ができるようになります」(小川氏)

プロジェクト推進体制の構築

変革のシナリオ作成と同様に、プロジェクトを推進する体制の構築も重要だ。ここでは開発・生産・営業横断のプロジェクトとすることで、全体最適を目指す体制をとることが望ましい。そのために、各部門から集めたメンバーにより現状と将来を語るところから着手するのが1つの方法になる。また、役員や権限を持つ各部門のリーダーも加えることで、企業全体の公式な取り組みと連動させることも有効だ。さらに、次世代メンバーを入れることも考慮しておきたい。長期間、継続的に変革を行うためには、10年後の事業を担う中堅や若手が重要な存在となるためだ。

最後に小川氏は改めて、デジタルソリューションによる変革のゴールは1つではないことを強調し、事業規模やサプライチェーン上のポジションなど、自社の置かれた環境を踏まえて「最適な変革の筋道をいかに描いていくかが重要である」と話し、講演を締めくくった。