システムの運用や管理が情報システム部門の主業務だった時代は終わりを告げつつある。今、情報システム部門には“攻め”の姿勢が求められているのだ。
3月7日に開催された「TECH+セミナー 情シスの業務改革 2025 Mar. 2025年度を見据えた最後のアプデ」に、元・富士薬品 情報システム統括部 統括部長の河中啓之氏と、富士薬品 情報システム統括部 IT企画推進部 部長の岩田裕樹氏が登壇。「DX推進に向けた『守りのIT』から『攻めのIT』への転換」と題して、同社の情報システム部門の変革の変遷を語った。
“御用聞き”を脱却するために
富士薬品は1930年創業、2030年に創業100周年を迎える複合型医薬品企業だ。研究開発、製造、販売を一貫して行う製販一貫型企業であり、国内に1200店舗以上のドラッグストアや調剤薬局を展開。配置薬事業では国内に245営業所を展開している。
講演ではまず、2018年~23年に情報システム部門改革の責任者を務めた河中氏がその詳細を説明した。
2018年当時を振り返った同氏は「会社の目標である複合型医薬品企業を目指すには難しいシステム構成であり、システム面だけでなく業務面でも、このままではマイナスの影響が出てしまう」と懸念したことを明かした。体制としても、既存システムの運用と一部改善を行うための最小限、わずか22名の体制で、「事業部門から言われたことをやるという発想が主だった」と話す。
「悪く言えば、御用聞き、下請け体質でした。また、事業部門と対立しているようなところもありました。着任当初、この体制でよく回しているなと思ったほどです」(河中氏)
そこで河中氏はまず、本来IT部門が担うべき役割であるIT戦略や資産管理を進める上流のITマネジメント機能と、ITアーキテクチャやリスク管理、ソーシング管理を考える下流のITマネジメント機能にリソースをかけられるよう、保守運用領域をアウトソースする方向へ転換することを目標とした。同時に、DX時代を見据えた経営に貢献する「攻めのIT」への変革を計画。2019年には目指すべき姿としてITグランドデザインとロードマップを描いた。このグランドデザインでは将来のシステム配置についても考慮し、競争領域であるフロントエンドと、非競争領域であるバックエンドを共通基盤でつなぐ構成としたという。
脆弱な体制を転換
この段階で河中氏は「おおよそ5カ年ほどで(守りのITから攻めのITへ)変化できるのではないか」と考えていたそうだが、実際に取り組み始めると、予定通りには進まなかった。
「ロードマップに書かれていない課題も多く見つかり、想定外が多かったこともあります。しかし、想定外はどこにでもあることです。問題は、それをさばける体制がなかったことにありました。変革を実行すべき体制が脆弱だったのです」(河中氏)
この課題に気付いた河中氏は改めて、体制づくりに着手した。2022年度にはIT中期経営計画を策定。ITは管理手段・処理手順だという従来の考え方を見直し、ITは収益化手段・改革手段・顧客サービスであるという位置付けに変えた。中期経営計画を基に、ミッション・ビジョンも設定したという。その狙いについて同氏は「きちんと文章化し、組織内外に宣言することで、情報システム部門の役割を経営側へもコミットメントしたいという意図だった」と説明する。
では、どう変革を実行するのか。河中氏はロードマップを再設定するにあたり、情報システム部門のリソースを考慮した取り組み方ができるよう、経営層にも相談し、優先順位の設定をしたという。
「事業もシステムもリソースが限られており、一度に手を動かすことはできないということを経営層に向けて、宣言しました」(河中氏)
また、ちょうど同時期には社内でDXプロジェクトが立ち上がり、全社のDXで目指すべき姿も明示された。これを踏まえた上で、DXを推進するための新たなIT統合ロードマップがつくられた。その基本は、DXと、DXを支える基盤整備や基幹システムのモダナイゼーションまでを広く「攻めのIT」とし、老朽化対応や運用を「守りのIT」とする2軸から成る。投資や費用についてもGartnerが提唱する「IT投資分類フレームワーク」を参考に、変革や成長を「攻め」、運用を「守り」として、この2軸で整理したそうだ。
3つの柱で体制を強化
では、具体的にはどのように体制を強化したのか。河中氏は3つの柱を示した。
1つ目の柱は「既存メンバーのスキル強化を目指した教育計画の作成と実行」だ。DXを推進するためには「従来の場当たり的な教育ではなく、学び方を変える必要がある」(河中氏)との考えから、「アジャイル・ラーニング」を採用。情報システム部門だけでなく、事業部門もデータを活用できる組織に変革できるよう、人材育成の方針を整えた。
また、既存メンバーが適切に評価されることも重要なことから、2021年から「ITスペシャリスト制度」の運用を開始した。これを既存の人事制度で設定されている役職と並列の関係にし、資格保有の有無などでスペシャリストに認定されれば、処遇にも反映するかたちを採ったという。
「これが既存メンバーのモチベーション向上につながりました」(河中氏)
2つ目の柱は「重要領域の内製化に向けたキャリア採用など社員体制強化」だ。これにも前述のITスペシャリスト制度が寄与している。この制度が他社との報酬差の改善につながり、ひいては求職者からもしっかりとした制度がある企業だということが評価されるようになったことで、キャリア採用を順調に進めることができたそうだ。
3つ目の柱は「ベンダースキーム、プロセスの見直しによるコスト最適化の推進」だ。これまで社員の負担になっていた運用管理をベンダーにアウトソースし、社員のリソースを「攻めのIT」に投下できる体制を整えた。さらに構想・計画から要件定義までの「上流工程」の見直しを実施。事業部門と役割の見直しを行い、情報システムに対して事業部門がオーナーとなり、責任を持つことを明確にした。
「上流工程を事業、システム、ベンダーが一体となって進めることが重要だということを 浸透させていきました」(河中氏)
3つの柱以外にも、PC-LCMや開発プロセスの見直し、クラウドへのデータ集約といった取り組みを行ったことで、2023年には45名体制となり、主要な機能のマネジメント体制を整備することができた。
永続的な成長のための決断とは
情報システム部門変革の仕上げとして、河中氏が挙げたのが「成長するための世代交代、次世代のリーダーを育成し継承する」ことだ。同氏は「リーダー候補は育ってきたが、まだ経験不足である」と感じていたものの、「自分がいつまでもメインで残るよりも、側面からの支援に変えよう」という気持ちの変化があり、2024年11月に富士薬品を退職。セカンドキャリアとして、「ふくい企業価値共創ラボ」へ参加することを決めたという。
「組織を強くするためには、永続的な成長が必要です。組織には頼りになる人材がいます。彼らに託してみようという思いになりました。現在は福井県に住み、週に1日大学で学び、4日間は地元企業の支援をする生活をしています。ふくい企業価値共創ラボに参加して半年になりますが、DXやシステム開発と同じで、現場を知る、課題を知ることの重要性を日々学んでいます」(河中氏)
“両利き”の情報システム部門を目指して
講演の最後には、河中氏から後任を託された岩田氏が登壇。改めて富士薬品の情報システム部門改革を振り返った上で、今後の計画について話した。
同社では今、事業やチャネルの壁を越えて、顧客に適切なサービスを提供するため、さらなるDXを進めている。岩田氏は今後のIT組織には「IT技術の専門性と事業理解の“両利き”の存在になることが求められている」とし、「事業と対等に接し、全社最適な視点と適正なリソースにより、スピード感をもってサービスを提案、提供できる組織を目指す」と述べた。
そうした組織を実現するためには、スキルの向上と機会創出が不可欠だ。スキルの向上に関しては、ITスペシャリスト制度のさらなる変革や、担当領域の枠を超えた事業内容の勉強会の開催を計画している。また、新たなビジネスに取り組む機会を創出するために、業務のIT化やパートナーとの協力強化によって省力化を進めたい考えだ。さらに、活発に事業部門を巻き込んだPoCを行えるような場の提供も検討しているという。
「創業100周年に向けて、情報システム部門もワンステップ先に挑み、進み続けるアクションを続け、変革し続けたいと思います」(岩田氏)





