リスキリングの重要性が叫ばれて久しい。情報システム部門においても、リスキリングや新しい教育のかたちが模索されている。では今、情シス部門はリスキリングをどのように捉え、どう体制を整えていくべきなのか。

3月7日に開催された「TECH+セミナー 情シスの業務改革 2025 Mar. 2025年度を見据えた最後のアプデ」に、元KOSE 情報統括部 部長/DX推進部長で現在はecoBiz 代表取締役社長の進藤広輔氏が登壇。「情シスに求められる真のリスキリングと教育の姿~求められる情シス改革と新たな価値創出~」と題して、リスキリングや教育に対する考え、自身の取り組みを紹介した。

企業教育は何のためだったのか

講演冒頭、進藤氏は「リスキリングの必要性が世の中で叫ばれているが、その実態はどうなっているのか。リスキリングがなぜ必要とされているのか。リスキリングの前後に何かしらの営みが必要なのか否か。こういった点が議論にあがっていない」と指摘した。

例えば、学校教育の場合、教育は生徒全員に平等に与えられる。その目的は、健全な人格の育成・完成にある。一方、企業における教育は業務品質の向上が目的であり、「設備投資だと言える」とした上で、「(今求められている)平等、公平、多様性は企業の教育と相性が良いものなのか」と投げかけた。

「従来の会社や情シス部門での教育、個人に対して行われる教育は何のための教育だったのか。私は自分でも経験しましたし、若い方にも取り組んでいただきましたが、その解を出すのは難しいというのが、現状です」(進藤氏)

情シスを取り巻く課題には“真の原因”がある

では今、なぜ情シスにリスキリングや新しい教育が求められているのか。従来の情シスに求められていたものは、システムの障害を減らし、低コストで運用することや効率化、すなわち業務を安定した状態で継続できる環境の整備だった。しかし今の時代に必要なのは、ビジネスへの直接的な貢献だ。そのためには従来の教育では習得できなかたスキルを身に付けていく必要がある。そこでリスキリングが求められているのだ。

  • 情シスに求められるものの変化

ここで「どう教育をしていくか」を考える前に、進藤氏が課題に挙げたのは、組織や業務の在り方だ。

進藤氏によると、企業において情シスはコーポレート部門に置かれ、コストセンターとみなされることが多く、「極めて専門性が高いにもかかわらず、他の部門と横並びであった」と話す。また、部のなかにある課も、扱うシステムと仕事が明確な縦割り組織になっているケースが多かったという。

また、業務内全体の7割を占める定型業務は、同氏曰く非競争領域の業務だ。アイデアを出す、新しいビジネスを考えるといった非定型業務に使える時間は3割程度である。しかし今、求められているのはこの競争領域の業務だ。

では、組織のかたちを変え、業務時間配分を逆転させれば、それだけで良いのだろうか。

進藤氏は情シスの抱える課題は「さまざまな問題が構造的に組み合わさって生み出されている」と指摘する。

その1つが「共通の価値観」に対する問題だ。これは、組織理念の共有が曖昧なことにより起こる。もう1つは「戦略」にまつわる問題だ。IT戦略やDX戦略といった機能戦略がチームの方針としてはっきりと示され、それを実行することがコミットメントされていると言い切れる部署は多くないはずだ。

同氏はさらに、「こうした問題には真の原因がある」と言う。共通の価値観がチームにシェアされていないのは、そもそもマネジメント層が組織運営についてしっかりと学べていないのが原因だ。IT戦略やDX戦略は本来、企業戦略と密接につながっているべきものだが、実態はどうだろうか。

「明らかになっている課題の裏に潜んでいる原因を追究しなければ、大きな問題の解決にはなりません」(進藤氏)

  • 情シスが抱える課題と真の原因

マインド、人、組織、仕事を変えるために

これからの情シスにはスピードや柔軟性を意識したビジネスへの直接的な貢献が求められる。そのためには、組織や情シスの配置、人それぞれが変化をすることが必要だ。

進藤氏は情シス組織の在り方として、3つの例を挙げた。1つ目は「完全内製パターン」だ。このかたちの場合、業務とIT戦略は一致しやすいが、人件費の高騰・固定化が課題となる。2つ目は「ベンダー主導」だ。この場合、専門家に任せる範囲が大きく、内部にナレッジが貯まらないという課題がある。同氏が推奨するのは3つ目の「Co-Work」だ。これは業務知識の豊富な社員と専門性を有するベンダーが手を取り合い、共に業務を進めていくかたちを指す。ここでのポイントは「社員とベンダーの関係性」である。

「このケースでは、皆で車座に座り、一緒にやっていくという感覚が重要です。お互いがしっかりとビジネスの課題を認識し合うことが求められます」(進藤氏)

また、情シスの機能をどのように配置するのかも重要なポイントだ。同氏は「理想形は会社の規模やフェーズで異なる」とした上で、2つのパターンを提示した。

1つは「中央集権的な情シス機能」である。これは情シス部門以外のITリテラシーがそれほど高くない組織に有効なかたちで、情シスがITに関する機能を一元管理し、全体最適をコントロールする。ただ、このかたちではITやシステムに関する業務が多くなり、事業部サイド、つまりビジネスの知識を身に着ける時間の確保は難しいという課題がある。

もう1つは「分散配置的な情シス機能」だ。これは情シスの機能を少しずつ事業部に分けていくイメージであり、業務との密接な関係性が生まれるため、情シス側にはビジネスの知識が、事業部門側には情シスが有する専門的な知識が伝播していく。

「これからの企業に求められるものを考えると、分散配置型が望ましいのではないでしょうか」(進藤氏)

では、人の在り方はどうか。従来の情シスは「テクノロジーをどれだけうまく扱えるかが求められていた」と同氏は話す。これからはテック系の知識や経験だけでなく、ビジネスの知識、マネジメントの経験を身に付けていくことが必要だろう。

「テック系からビジネス系へ知識を切り替えていくことがリスキリングの要になります。また、リスキリングの結果として、その切り替えが可能なのかどうかについても、きちんと評価していかなければいけません」(進藤氏)

今、情シスが変革するべき4つのこと

進藤氏は、情シスが今、これまでの慣習から脱却し、変革すべきものとしてマインド、人、組織、仕事の4つを挙げた。なかでも特に重要なのがマインドだ。同氏によると、これまで安定的な稼働を求められてきた情シス部門では、守りの要素が強くなりがちで、チャレンジ精神が湧きづらいという。そこから奮起し、「まずはやってみよう」というマインドを持つことが必要だ。その上で、個人のスキルを明確化し、組織をフラットでオープンなコミュニケーションがとれる状態にすることが求められる。

さらに、仕事の仕方も変わるだろう。従来のようにシステムを開発・運用するだけでなく、事業部門と共に、開発の前段階にあるビジネスを生み出すプロセスから取り組んでいく必要がある。

「この4つの脱却から、新しい情シスの姿をつくりあげましょう」(進藤氏)

教育やOJTをどう変えたか

講演後半、進藤氏が過去に取り組んだ社内教育の具体的な改革策が示された。

同氏がリスキリングや教育において最も大切だとするのが目標設定だ。すぐに手が届くような目標ではなく、段階的にグローバルなポジションでどのような人材になれるかを明確に示す必要がある。

また、リスキリングを促す環境の整備も欠かせない。ここでのポイントは自社に閉じないネットワーキングだ。外部のハイパフォーマーの存在を知り、対話することで目指す姿にはさまざまな可能性があることが分かるという。

社内においては、リスキリングに必要な経営資源の確保もすべきことの1つである。ヒト、モノ、カネ、時間、情報それぞれを確保する上で、同氏が繰り返したのが「その道のプロ」という言葉である。その道のプロに講師を任せ、その道のプロの既存のアセットを活用し、その道のプロから情報を収集する。これにより、より効率的なリスキリングが可能になる。

求められるスキルが変化するのであれば、当然教育のプロセスも変化する。従来、情シスはITスキルなど、情シスとして必要な専門スキルの習得・強化が優先されてきた。しかし今必要なのは、「いかに早い段階からビジネススキルを獲得するか」だと進藤氏は説く。

そこで同氏が行ったのが、段階的な内製化である。リスキリングの開始時にはその道のプロを教育者とし、生徒は選抜された一部のメンバーとした。これが1つ目のステップだ。この過程でつくられたコンテンツをアセット化し、2つ目のステップでは、1つ目のサイクルで生徒だったメンバーが教育者となる。ここで生徒となるのは全社員だ。

「この2つのステップでリスキリングのための教育を内製化しました。ぜひ皆さん参考にしてみてください」(進藤氏)

  • リスキリング教育の段階的な内製化のイメージ図

このようなリスキリングの場を実現するには、教育に充てる時間を生み出すことも必要となる。そこで進藤氏が採り入れたのが一部業務のアウトソーシングだ。定型業務を外部に委託することで、社員は競争領域に関わる非定型業務に使う時間を増やすことができる。

また、情シスの新人教育のスタイルとして一般的なOJTの仕組みも抜本的に見直したそうだ。従来、プロジェクトにおける一部のテストケースや、部分的な定期運用などを新人に“お手伝い”させていたが、「これで一体、何が身に付くのか」という疑問から、プロジェクトのかたちを改めた。そこで推進されたのがミニプロジェクトである。プロジェクトの全フェーズを新人や若手中心のメンバーで遂行できるサイズのプロジェクトとすることで、どの取り組みにおいても自分で考えて推進するスタイルとした。

情シスへ贈る3つのキーワード

最後に進藤氏は「情シスへのエール」と称し、「打ち破れ“現行踏襲”」「“なりたい自分”の確立」「可能性は無限大」という3つのキーワードを示した。

  • 情シスのキャリアパス、ロールモデルの例

「自分の将来を信じて、日々の業務に向き合っていただきたいと考えています。また、目指すべきキャリアパスやロールモデルはさまざまだということを知ることも大切です。企業側には、社員がそう思えるような環境を用意していくことが求められています。そのプロセスの全ての積み重ねが、リスキリングや真の教育につながっていくのです」(進藤氏)