日本電信電話(NTT)は、皮膚上の物体のバーチャルな動きをヒトに伝えるためには、触覚刺激を提示する箇所を皮膚上に離散的に配置し、順番にそれらの点を刺激して皮膚表面の動きを表現することが一般的であり、この離散点の空間間隔は情報提示の解像度に相当するものであり、動きの知覚速度に影響しないとされてきたが、それに反し、空間間隔が大きい場合は動きが遅く感じる錯覚を発見したと3月19日に発表した。

  • NTTが新たに発見した錯覚の概要。皮膚上を動く物体の速さの感じ方が、動きの提示の際の空間間隔によって変わるというもので、同じ速さで動く物体であっても、提示の空間間隔が大きい場合は遅く感じ、提示の空間間隔が小さい場合は速く感じるという
    (出所:NTT Webサイト)

同成果は、NTT コミュニケーション科学基礎研究所の宇治土公雄介氏(電気通信大学(電通大)大学院 情報理工学研究科 情報理工学域情報学専攻 研究員兼任)、電通大大学院 情報理工学研究科 情報理工学域情報学専攻の竹中祐子大学院生(研究当時)、同・広田光一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。

ヒトは日常生活において、触覚を通したさまざまな触体験を行っている。そのような触体験は、物体の質感・形状・動きの知覚など、ヒトの基礎的な感覚・知覚機能が支えている。今回の研究では、それらの中でも特に「動き」の知覚に注目した。

触覚研究における、動きを感じる速度(知覚速度)に関する先行研究の多くは、実物体を用いた実験によって行われてきた。しかしそのような状況下では、皮膚のせん断変形(物体表面のなぞった時のような、表面に沿って横方向に滑らせるような力が加わった時の皮膚の変形)、振動、位置の移動といった複数の手がかりが混在し、それぞれの影響を分離するのが困難なことが課題となっていた。

そこで今回は、それらの手がかりを分離した上でヒトの知覚速度を精密に調査するため、新たな触覚インタフェースを構築。この触覚インタフェースは広範囲かつ高密度な情報提示が可能であり、皮膚上の離散的な複数の点に対して順次情報を提示することで、皮膚表面における位置の移動の手がかりのみを提示できる。これを用いて、動きの知覚速度に関する詳細な調査が実施された。

  • 今回の研究の位置づけ。動きの知覚速度を調べた先行研究では主に実物体が用いられており、その場合は複数の手がかりが混在してしまい、それらの分離が困難だった。今回の研究では独自に構築した触覚インタフェースが用いられており、位置の移動の手がかりのみに基づく知覚速度が調査された
    (出所:NTT Webサイト)

新たな触覚インタフェースを構築するにあたり、ヒトの皮膚上に提示する情報を広範囲にわたり柔軟に操作する必要があった。そこで、過去の研究で開発した指先への高密度な情報提示が可能な触覚インタフェースを拡張し、手全体への情報提示に対応した触覚インタフェースが新たに構築された。

従来の一般的な触覚インタフェースでは、駆動部と提示部が一体化しているため、広範囲かつ高密度な情報提示が可能なシステムの構築は困難だった。それに対し、今回構築された触覚インタフェースは、空気圧によって圧覚を提示する仕組みを採用している。

具体的には、空気を圧送する駆動部と、送られた空気を用いて皮膚表面に圧覚を生じさせる提示部という、ふたつの独立したパーツで構成されている。このようにパーツを分離することで、提示部における情報提示位置の自由度を大幅に向上させ、指先から手のひらまでの広範囲において、3mm間隔という高密度な情報提示が実現された。この触覚インタフェースにより、広範囲において、情報提示の空間間隔などのパラメータを柔軟に操作できるようになった。

  • 広範囲・高密度な情報提示が可能な実験専用の触覚インタフェース。このインタフェースを使うことで、情報提示の空間間隔などのパラメータを柔軟に操作可能となった
    (出所:NTT Webサイト)

実験では、この触覚インタフェースを用いて、離散的に配置した点において順次皮膚に刺激を与えることで、皮膚表面における物体のバーチャルな運動が参加者に提示された。

参加者にはふたつの運動(基準運動と比較運動)が提示され、どちらの運動がより速く感じられたかを回答するという内容だ。基準運動における離散点の空間間隔は3mmまたは6mmだった。一方、比較運動の離散点の空間間隔は3mmに固定されていた。参加者の回答に基づき、基準運動と同じ速度に感じられる比較運動の速度を特定した。これにより、基準運動の知覚速度を定量化され、離散点の空間間隔が知覚速度が与える影響が調査された。

離散点の空間間隔は情報提示の解像度に相当するものであり、動きの速さとは独立して決定できるため、空間間隔は動きの知覚速度に影響しないと考えられてきた。しかし実験の結果、空間間隔が広くなるほど、動きが遅く感じられる錯覚が生じることが確認された。具体的には空間間隔が2倍になると、0.75倍程度に遅く感じられたという。

今回の研究成果は、動きを触覚で伝える際に空間間隔を意識した情報提示設計を行うことで、一般的な触覚インタフェースにおける動きの知覚速度を最適に制御できる可能性が示されているとする。研究チームは今後は、触体験を支える他の基礎的な感覚・知覚機能(形状知覚など)に関する研究も進め、XRにおける世界初の触体験の実現に貢献することをめざすとしている。

  • 実験条件および結果。(A)実験で参加者に伝達した動き。情報提示する皮膚位置を離散的に移動させて、指先から手のひらにかけての物体のバーチャルな等速運動が伝達された。(B)情報提示する空間間隔の条件。(C)実験結果。情報提示の空間感覚が大きいと、0.75倍程度と動きが遅く感じられるという結果となった
    (出所:NTT Webサイト)